第124話 美香の標準能力
◇◇◇エレン目線◇◇◇
なんで、僕は怒ってしまったのだろう。
とにかく走った。誰にも見つからないところまで。
もう、ミカエラさんの顔なんて見たくない。
たしかに彼女の心は女神様のように寛大で、人を良く見ている。
「僕は……、なんで……」
立ち止まった場所。どこなのかわからない路地裏。
吹き抜ける風が冷たい。汗をかいた服が冷えて、寒く感じる。
「温かいスープが飲みたい……」
「ん?」
誰かの声が聞こえた。気のせいだろうか。
コツコツ、僕の近くにやってくる人。長身で、黒髪。獣人じゃない。
「なんだ。エレンか……。その様子じゃ、あんまいい方向に向いてないみたいだな」
「大輝さん……。すみません。さっきミカエラさんと喧嘩してしまって……」
「喧嘩……か……」
大輝さんは僕の隣に座る。空間から透明な液体が入ったペットボトルを二本。
そのうちの一本を渡された。僕はキャップを開けて飲み始める。
「ミカエラは……。美香は昔っから優しくてさ……。どんなことでも許してしまうんだ」
「だから、あんなパンだけでも、平気で……」
「まあな」
「でも、なんでそのことを知っているんですか?」
あの時、あの場に大輝さんはいなかったはず。だけど、全て理解している様子だった。
人は見たものしか理解できない。聞いたことしか覚えられない。
なのに、大輝さんは……。
「今君はなぜこれまでに起こった状況を理解しているのか。気になってるだろ?」
「は、はい……」
「俺な……。血で覚えた情報を全部共有状態にできるんだ。だから、相手が見ている情報も全て理解できる。俺さ、ずっとミカエラの血を飲んでただろ?」
大輝さんが血を飲む行為を始めて三日。大輝は連日ミカエラさんの血を飲んでいた。
それはつまり、大輝さんはミカエラのことを熟知しているということ。
ならば、全てに理由が付く。大輝さんは、ミカエラの情報を全て把握しているということに。
「ってことだ。俺に嘘は効かない。なぜなら、血の味に全て含まれているからな」
「大輝さんって、変わり者ですよね」
「言っとくが、俺よりもミカエラの方が変わり者だぞ?」
「あはは。それは、もはやどっこいどっこいでは?」
「それ言われたら困る。何も言い返せない」
大輝さんは魔法紙を取り出した。この魔法紙は、昨日寝る前に作ったようで……。
人の血のデータを可視化する機能がついているとのことだった。
そこに、大輝さんはミカエラさんの血を垂らす。
紙はそれに反応し、霧のスクリーンを生み出した。
『エレン……大丈夫かな? どうしよう……』
『ミカエラさん。落ち着いてください』
『だけど、シリルさんもあの時何か言ってくれれば……』
スクリーンには、セリンさんの家でドギマギしている仲間の姿。
足が揃っていない。全て僕のせい……。
「そんなことはないさ」
「それはどういうことですか?」
「俺の方が聞きたいさ。ほらここには人族やエルフ、ドラゴニュートとかがいないだろ? 一種の独裁国家。王は自分の好きなようにしか動かしていない。悪いのはエレンでも、ミカエラでもない」
「国を治めている人……」
その考え方はなかった。僕は悪くない。
たしかに、ないものねだりをした自分は正常な思考ができていなかった。
僕は、立ち上がる。ミカエラさんに謝りたい。また仲良くしたい。
そんな気持ちが、心の奥底から込み上げてきて全身が熱くなった。
「僕、ミカエラさんに謝ってきます!」
「よく言った。もちろん、メウスにも謝ってきなよ。俺も腹減ったから、一緒に行こうか」
「はい!」
僕は大輝さんと一緒にセリンさんの家へ向かった。
中に入ると、誰もいない。少しすると、みんなが戻ってくる。
最後に入ってきたのは、ミカエラさんだった。
「その……! ミカエラさん!」
「なに?」
「さっきは絶交するなんて言ってすみませんでした……!」
「なんで謝ってるの。もちろん、さっきは驚いたけど……。きっと、エレンなら寂しがるかなって」
「え……」
ミカエラさんは全てを理解していた……。
そんなこと、起きるはずがない。
テーブルには、追加のパンが置かれている。
そして、ミカエラはその中で一番小さなパンを手に取った。
「エレン。肉食べたいんでしょ? これ、騙されたと思って食べてみて」
「は、はい……」
僕はミカエラさんから受け取ったパンを食べる。
瞬間口の中に広がるなにか。ひき肉の香り、甘い肉汁。
ただのパンだと思っていたのが、ハンバーグを包んだような。
夢中になって食べる。こんなパン。これだけじゃ足りない!
「ビーガン文化だからこその売れ残りだね。これでエレンの食事も困らないと思う」
メウスがそう言って、パンを食べた。
「わたくしも、できるだけ貢献してみせますぞ!」
「お二人ともありがとうございます」
僕は無限に頬張った。胃に溜まるとはなんだ。この大きさなら百個はいける。
売れ残ったパンはどんどんやってくる。
それが、嬉しくて……嬉しくて……。
「エレンが泣いてる……」
「泣きますよ……。ビーガン文化でも、肉はあるんですね……」
「そうだね……」
一度は後悔した。だけど、その後悔から生まれた希望は、すぐ近くにあった。
決して盲目になってはいけないということを、僕は理解した。
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