第115話 元・剣豪の指導
翌日、魔王城に来て初めて大輝が顔を出した。
彼は昨日から魔王の血しか摂取していない。
いくら血だけで活動できるとしても、栄養の偏りはあるはず。
だけど、彼の顔色に変化はなかった。
「大輝。本当に大丈夫なの?」
「まあ一応な……」
本当に問題ないのだろうか。
加えて、普通の人間である彼の身体の構造が知りたくなる。
気になり彼の腕を軽く握らせてもらった。
不思議なことに筋肉量は落ちていない。
今回大輝はエレンに用事があるようだった。
しかし、今日は珍しく寝坊気味のエレン。
大輝が部屋に入っていくと、そのまま頬を軽く殴った。
たったそれだけの行動で、エレンは飛び起きる。
私は即回復魔法を使用。これが大輝の力だとは思えない。
「おはようございます……。今、日は……」
「もう三割上がってるぞ。今日から訓練するんだから、早起きしなよ……」
「も、もう三割……。もう少しでお昼じゃないですか……」
幸いこの魔王城には時計がある。
しかし、それは魔王がいる部屋だけ。
それに、大輝は日の上り加減で伝えていた。
それだけこの世界は数字での判断が少ない。
大輝はしっかり理解した上で、エレンに伝えたのだろう。
と言うよりも、大輝は昔から数字に弱い。
たしか、数学の評価が最下位だったんだっけ。
国語も評価が低かったはず……。
どうやら大輝は戦闘と直接記憶したものしか能がないらしい。
「エレン。早く来い」
「は、はい!」
エレンは急いで着替え始めた。
今日の彼は、動きやすい水色の運動服スタイル。
これは、シャーロット領を出る時にお母様が仕立ててくれたものだ。
彼もこのデザインが気に入っているようで、お母様も喜んでいた。
「準備できました」
「よし、剣を持ってついてこい。中庭の場所は覚えたからな」
大輝はエレンを連れて、中庭に向かった。
長い廊下。だけど大輝は迷うことなく突き進む。
日本よりも異世界の知識が上回っているように見えた。
中庭には、周辺に木が植えられている。
そして、高いところにライトが設置されていた。
とても広くて、いつも真っ黒な雲に囲まれている魔界でも明るい。
そして、壁沿いに椅子も用意されている。
手入れも行き届いているので、魔王ラディルのお気に入りなんだと思う。
「さて、俺も剣を取り出してっと……」
大輝が剣を用意する。だけど、初めて見た時と色が違った。
青かった刀身は、少し赤黒くなっている。
だけど、大輝は気にしていないようで……。
小声で『この調子だな』と言っていた。
自分の剣が濁っているのに、なんで納得できるのやら。
「んじゃ。俺は守備に専念するからどんどん攻撃して来い!」
「は、はい……!」
エレンが大輝に飛び掛かる。
右からの横切り。だけど、勢いに負けて転げ落ちる。
大輝はその様子をひたすら観察。とても楽しそうだ。
続いて斜め切り。これも軽々躱す大輝は、少しにやけた。
その後もエレンの単発攻撃が続く。なのに一発も当たらない。
だけど、近接に縁のない私でもエレンの欠点が見えてきた。
エレンの動きがどれもワンパターンだ。
「やっぱりか……」
「どうしたんですか?」
「いや、そこからか……」
大輝は少し考え込む。二人ともそれなりの汗をかいている。
私は空間の中から水のペットボトルを取り出し、二人に渡した。
大輝はそれを簡単に開けて飲み始める。
対してエレンは握力がないのか苦戦している様子。
私は力の入れ方をエレンに教えて、三人で水分補給をすることにした。
先に休憩を終えたらしい大輝は、エレンの動きの癖を叩き込み始める。
誰かの真似をする。それが一番の近道を考えたらしい。
そこから、改善点を探し始める姿は真剣だった。
「ここを、こうして……」
だんだん彼の独り言が増えていく。
動きはエレンの動き。だけど、剣閃は鋭い。
そこから連撃技へと入っていく。
エレンが出しやすい手。そこも把握できるのは、前世が剣豪だったから。
戦いのデータも多い。それが、今活かされているようだった。
大輝の研究は続く。本当に身体が大丈夫なのか知りたい。
「よし。これで大丈夫だな」
「大輝。お疲れ。もう一本飲む?」
「おう。運動での喉の渇きは血じゃ賄えないからな」
そう言うので、私は水をもう一本投げ渡した。
片手でキャッチする大輝。まるで昔に戻ったみたいだ。
彼はボトルを開けると一気飲みした。
その後も剣の動きを研究。エレンの休憩が終わったタイミングで、訓練再開。
次は大輝が攻め。エレンが守備。
大輝はエレンの動きの癖を完全再現したうえで、確実に当てていく。
たった数分の研究で完全把握。本当に大輝は化け物だった。
「エレン。今俺は君の真似をした。だけどどうだ?」
「全然防げませんでした……」
「そうだ。君は攻撃も、守備も中途半端。基本人はどちらか片方しかできない」
大輝の指摘はそれだけ。私にはその指摘が理解できた。
エレンは自分の動きを完全に網羅されたことに、困惑の様子。
「エレン。君は攻撃と防衛。どっちかに専念した方がいい」
「攻撃と守備……」
「っと言いたいところだが……」
大輝は剣をしまう。その直後、城の外で爆発音が起きた。
「これ以上教える時間はなさそうだ」
大輝は『全員で魔王のところに行くぞ』と言い、中庭から離れた。
魔王の部屋。そこには兵士らしき人が大勢いる。
この展開は異常事態ということなのだろうか。
ラディルもかなり顔を引きつらせていた。
「この近くで小規模の攻撃を受けた。これから、その原因の究明。対処をお願いしたい」
「そ、それって戦争になるってことですか?」
「ええ。第一指揮はシリルにお願いしたい」
ラディルはシリルに指揮を任せることにしたらしい。
それに彼も反応した。シリルは少し緊張しているのか、顔がこわばっている。
そんな中でも、ラディルによる状況説明が続く。
城下町内部への侵攻は今のところなし。
ただ、かなり農業エリアで被害が出ているらしい。
ラディルによれば以前も同様のことがあったようで。
しばらくして、説明が終わった私たちは前庭に集まった。
これからシリルによる作戦会議が始まる――。
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