第112話 人殺し聖龍の血
◇◇◇大輝目線◇◇◇
前世から数えて、こうして捕まるのは何度目か……。
日本にいた時は必死に欲を抑えていた。喉は常に渇いていた。
俺は、日本の世界に馴染めなかった。
なのに……。
なんでミカエラは……。美香は馴染めたんだ……。
それだけが、ずっと引っかかっている。
妹はものすごく純粋無垢。すぐに受け入れ適応していく。
思考も柔らかい。冷静に判断ができて、誰にでも優しい。
まるで天使のような存在。そんな彼女と俺は何が違うのだろう。
鎖に繋がれた身体。自由が利かないのはわかっている。
手は背中で束ねられて、攻撃魔法の類は使用も許されない。
「ダイン。もう一度問う。本当に生まれ変わったのか?」
「ああ、本当だ。記憶からして、もうすぐ収容所に着くころだろ?」
「そうだ。しばらくここで黙っていろ」
「あいあい……」
俺はそのまま収容所へ入る。沢山の檻。そこには俺好みの血の香りが漂っている。
ここに収容されている人のほとんどが殺人を起こす。
そして、その殺人を多く重ねた人ほど、俺が求める味になる。
そんなことをミカエラに言ったら、怒られるよなと少し口角が上がった気もした。
「何を笑っている」
「いや。俺は昔から変わんないなってな」
「ダインはこれからも殺人を続けるのか?」
「まあな。ただ、無意味な殺しはしない。今の俺には大切な弟妹がいるんだ」
今の俺には、妹がいる。弟がいる。その長男として生まれたのだから、正しく行動しないといけない。
だけど、いつもそこでつまづいてしまう。正しいとは何なのか。間違いとは何なのか。
それが、二十歳になった今でも分からない。
もう少しだけ真面目に勉強すれば良かった。
前世から俺は勉強が苦手だった。高校も留年し、四年目でようやく卒業。
今は大学一年生というところで、昔のことを思い出してしまった。
タイミングとしては良くも悪くも、秤は傾かない。
日本でやり残したことは多い。容姿は違えど、こっちに来て妹には会えたのだが……。
「こんな不格好じゃな……」
思わず本音が漏れる。本当は苦しいんだ。
今の身体では、どこまで生きていられるかわからない。
拷問は続く。その度に魔法で損傷を無くす。自分の血を使えば無限に回復できる。
しかし、無限とはいえ限界はある。
「収容所に着いたぞ」
「ありがとさん」
「な、なぜ礼を言う」
「いや、俺の親戚が近いからよ……。彼はこれまでに沢山殺したみたいだ……」
俺にはわかる。彼がここにいることを。
そのまま俺は、収容所の管理人に受け渡された。
黒い石を積んでできた場所。ここに来るのは久しぶりかもしれない。
「――ディレスト」
拘束の効果を回避できる唯一の魔法。高速で動く身体。鎖が引きちぎれ、大量の血が舞う。
痛みなんて感じない。感じるのを忘れた。超回復で損傷した部位を完治させる。
収容所は広かった。走って走って走る。曲がり角を数回通り、異種族エリアに着く。
親戚の香りが非常に濃い。俺は大きな檻に入れられた生き物を見る。
「見つけたぞ! ダイン・ルーディス!」
「うげっ!?」
いくら完治したとはいえ、手枷は付いたまま。身体の自由は完全ではない。
しばらく進むと、匂いがキツくなる。少し泥が混ざったような匂いに……。
俺は白い龍のところで止まった。『こいつだ』と脳と記憶が言っている。
「ちょっと檻の中失礼する」
俺は身体を無理やりねじ込む。なんとか白い龍の檻に入ると、俺の視界が真っ暗になった。
どうやら俺は龍に食べられたらしい。まあそうだろう。俺の容姿は昔と違うから。
「ちょっと。出会い頭にそれはないだろ。離せ!」
「グおおおおお!」
「あ、そうか……。ルムミア語じゃ分からないよな。バルダ語に変更して……。これでどうだ?」
俺は言語を変更する。
この世界の共通言語であるルムミア語。
それは、俺が前世で母国語にしていたバルダ語の派生。
しかし、バルダ語には独特な訛りがあり、理解が難しい。
「きみ、バルダ語話せるの?」
「ああ話せる。久しぶりだな、リン」
「なんでぼっくんの名前を知ってるの?」
「さ、なんででしょうね……」
リンという龍は前世の遠い親戚。白い龍とはいえ性別はオスだ。
俺はこいつの血を貰いに来た。こいつの血があれば、確実に本当の力を引き出せるから。
「ダイン・ルーディス!」
収容所の管理人が追いつく。俺はリンの後ろに隠れた。
リンの身体は大きく、四足の龍。名目上聖龍だが、俺と別れる際に不要な人を殺すよう約束した。
「あの人は、なんて言ってるの?」
「俺の名前を呼んでる」
「なんて呼んでるの?」
「ダイン・ルーディス」
「え? きみダインなの?」
「そうだ。実際バルダ語で話しているだろ」
バルダ語は俺の前世の母国語。一番親しんできた言語だ。これは今の日本人である俺には少し難しい。
巻舌の単語が非常に多いので、正しく発音できるよう、記憶を頼りに練習した。
「俺は工藤大輝。ダイン・ルーディスの生まれ変わりだ」
「もう血は飲んだの?」
「もちろんだ。基本が頭ポンコツの不味い血だったけどな」
「美味しい血には出会えたの?」
「まあな」
脳は肥えているが、舌が間に合ってない。
懐かしいバルダ語も、血のデータも……。
他人が得た血を自分のものにする。
それを今もできるのか……。
「ダイン。ヨダレ出てるよ」
「なんかな……。喉渇いた」
「ぼっくんの血。飲む?」
「飲みたいのは山々なんだが……」
龍の血を飲むには俺なりのルーティーンがある。
直論で言うと、俺は龍の血は飲めない。
昔興味本位で飲んでみたが、これだけが飲めなかった。
ここで役立つのが、調合屋で作った『滅破の壊毒』だ。
知らないうちに禁忌の劇薬となっているとは知らなかった。
俺だけが作れる。たったそれだけが、幸運だったかもしれない。
「管理人。俺はここだ」
俺の声に管理人が反応する。彼は、檻の前で目を丸くした。
龍と同じ場所。そこに立っていることに驚いたのだろう。
加えて俺に懐いているように見えるのか、少しだけ青ざめていた気がした。
「い、いつの間に手懐けたのか!?」
「まあな。そもそもこいつは俺のもんだし」
俺すぐに言語を変更して、リンに『そうだよな?』と聞く。
「ぼっくんとダインは家族だもんね!」
「だな」
「何をこそこそと……! その龍はなんと?」
俺は言語修正をするまで待つようサインを出す。軽く深呼吸をし、答えを提示した。
「リンは家族だと言っている」
「な!? か、家族……だと……」
今の俺とリンの関係は、ものすごく複雑。
だけど、彼が家族と思っているのなら。助けたい。
前世では無差別に殺していた。
無意味と知ってためらったこともあった。
だけど、今の俺には助けたい人がいる。
力になりたい人がいる。
俺は強くなったのかな?
心の中で問いかけても、答えは見えてこない。
しばらく管理人とにらめっこをした。
お互い、笑うことはなかった。
でも、これでいいんだ。
俺は管理人に瓶とジョッキを用意するよう伝えた。
管理人は少しビビっていたが、俺が強く圧をかけると走っていく。
「ごめんな……」
俺はバルダ語でリンに謝った。するとリンが顔を近づけてくる。
「ぼっくんこそごめん。こんな感じで会いたくなかった」
「いいんだ……」
会話はたったそれだけだった。
俺は、空間の中から壊毒を取り出す。
普通の人だと秒死する劇毒。なぜ前世の俺が大丈夫だったのか。
それは、謎になっていそうな案件だ。
これを俺は証明したい。正しく使えば救えるんだと。
管理人が瓶とジョッキを用意する。
「ありがとう」
「し、ししし、しかし……! 壊毒を飲むのか?」
「まあな、ブラドレア ハフルオルド」
俺はリンから血を採取する。管理人が用意したありったけの瓶。
そのうちの一瓶を手に取り、ジョッキに移す。
そこへ壊毒を半分だけ入れる。
今の俺がこれを飲んだら、どうなってしまうのだろう。
恐怖よりも好奇心が勝っていた。
目の前にある快楽。それをこの身体で味わう。
俺はジョッキに口をつけた。
ビリっと唇が痺れる。
どうか、暗黒時代のようになりませんように……。
そして、俺は血を飲み干した。
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