第107話 シリル思い出の味
果物屋には、面白い形の食べ物が沢山陳列されている。
私のお気に入りは、ライガンがお世話していた牛と同じ名前のミルという果物。
甘味が非常に強く、少しミントのような香りがする。
ハッカと同じ効果を持つそうで、発熱時にこれの汁を額に塗る。
食べれば熱中症予防になるほど水分を多く含んでいて、ミントを混ぜたメロンみたいな感じ。
「ライガンさんも、この果物好きなのかな?」
「おや、そこの娘さん」
「あ、店主さん! お久しぶりです!」
ここの果物屋は月に数回移動販売をしている。
そこで、よくミルという果物を買ってもらっていた。
「今年はミルが不作でねぇ……。移動販売に卸せそうにないのよ……」
「そうなんですね……。何かあったんですか?」
「そうそう。どうも栽培所のある南西のお城が襲われたようでね……。果樹が焼かれてしまったそうなのよ。ほんと困ったもんだねぇ……」
南西の城が燃やされた。無事ならいいんだけど……。
すると、誰かが私の背中を叩く。振り向くとシリルがいた。
新緑の髪。肩につかない長さだった髪は、少し長くなっていた。
今にも両肩に乗りそうなくらいの長さになっている。
やや長髪のシリルもどこか似合う。
「おばあさん。南西の城って、魔王城のあるところですよね」
「ええ、そうよ。ミルはそこでしか育たない希少な果物でね……」
「お母さん……」
シリルは悲しそうな顔をする。南西の魔王城。そこと何か関係があるのかもしれない。
私は彼に続きを聞こうと思ったが、傷を深くしてしまうと思い抑え込んだ。
「シリルさんはハーフデーモンですからね」
「エレン!?」
突然現れたエレンに、私はふんぞり返りそうになる。
彼の手には、大量の野菜と肉が入った袋。それも、目算で三十から四十近くある。
風で揺れる亜麻色の髪。紫色の瞳が不思議そうに見つめてくる。
「はい。ボクのお母さんが南西の魔王城で暮らしています。ミルは昔からおやつにもらってました」
「つまり、この果物はシリルさんの思い出の味?」
「そうですね……。この王都に広めたのもボクです」
昔からあると思っていたけど、たった一つの被害でここまで影響が出るなんて思わなかった。
南西の魔王城。少し前にリザークから聞いたことがあった。
それは、お母様であるフランの里帰りをした時の帰り際。
――――――――――――――――――
『ミカエラ。もし余裕があれば南西の魔王城へ行ってみるといいぜ。あそこはものすごくに賑やかでさ』
『そうなんですか?』
『おうよ。あそこは魔界で唯一観光ができる場所でさ。人間界の人たちもよく訪れてんだ。オレ様お気に入りってな!』
――――――――――――――――――
そこまで言うのなら行ってみたい。だけど、魔界は危険と言われている。
人間を嫌う魔族だっている。まあ、リザークやライガンは例外ではあるけれど。
となると、シリルの母親もその例外の枠に入るのかもしれない。
「シリルさん。私、シリルさんの実家を助けたいです」
「ボクもです。お母さんが今どうしているか気になりますしね」
「ちなみに……。シリルさんは何歳なんですか?」
「生命の月十八日で、四十三歳ですね?」
生命の月ということは、二月生まれ。誕生日的には私の後だった。
早生まれということで、ある意味では仲間ということになる。
ならば、母親の年齢はだいたい七十くらいだろうか。
「じゃあ、お母さんは?」
「ボクのお母さん? んー。多分三百歳超えているんじゃないかな?」
「さ、三百……」
予想が外れてしまった。シリルの母親は魔族。長命であるのは薄々気づいていたけど、本当にご長寿だ。
そうなると、リザークはかなりの新人ということになる。
でも、彼は大魔王と呼ばれているから、かなり位が高いのだろう。
「どうやら、お連れの人たちの会話が終わったみたいですよ」
シリルが指摘をする。たしかに、セリンの店での会話がまばらになっていた。
「店主さん。ミルをあるだけ……じゃなかった。二十個いいですか?」
「はいはい。銀貨四十枚ね」
「はい」
私は金貨を一枚出す。するとおつりで六十枚銀貨を受け取った。
この世界で金貨一枚は銀貨百枚の価値。今までお金に困ってなかったから、小銭計算が下手になっていた。
ミルの入った袋を受け取る。水分を多く含んでいる果実。
水分を多く含んでいるということは腐りやすいということだが、このミルは長期保存が可能。
念のため空間の内側へ入れておく。これで、さらに保存期間が延びる。
「ここからはボクも付き合います。それはそうとして、メウスさんたちといる男性は誰ですか?」
「え、あ……私の友人です……」
「はい。大輝さんっていうそうです。ミカエラさんの義兄みたいな?」
「ぎ、義兄……ですか……」
余計なことを言わないでほしい。私だってどんどん男性率高くなる状況に動揺しているんだから。
今のところ私に接触して交流があるのは、六人。そのうち一人は例外ではあるけれど。
そもそも私は前世でも男性率が高かった。多分慣れがあるから耐えられているんだと思う。
「ミカエラ。急にいなくなったと思ったら……」
大輝が声をかけてくる。だけど、言葉が途中で途切れた。
それもそうだ。私の後ろにはシリルがいる。大輝は彼と初対面のようだった。
「初めまして。シリル・ヒューストンです」
「お、おう……。俺は工藤大輝。俺の妹が世話になってる」
「おいおい。弟子のお前が俺にだけ敬語ってなんだよ。俺にもタメ口で……」
「師匠は師匠です」
どうしても大輝はセリンに対して敬語を使いたいらしい。
それはまあ、別にいいんだけど。本当に師弟だったんだ……。
四人だったメンバーは二人増え、六人での行動になる。
なぜ六人かというと、セリンが店じまいをしたからだった。
「セリンさん。どうして店じまいを?」
「あ、ああ……。弟子の剣が錆びちまったみたいでよ。鍛え直してくれってな」
「大輝、ほんと?」
「本当だ。見るか?」
大輝は魔法で剣を出現させる。鞘から抜かれた剣は、ところどころ黒ずんでいた。
そして、一番気になるのは紋章だった。獣のような柄が刻まれている。
「この紋章は?」
「これか? んー。忘れた」
まあ、十五年前のものだもんね……。
私たちは揃って王都の工房にお邪魔する。地下通路を通って、ベルンライト領のメイン工房へ。
久しぶりに訪れたらしい大輝は、並べられている本を片っ端から読んでいた。
カンカン。金属を叩く音がする。セリンの工房の火は、毎日絶えず燃えていると大輝。
「メウスって言ったか? この本面白いな……」
「なになに? 『メウスの日常』……。ってぼくの自伝じゃん!」
「そうなのか? それにしても、ここの文章はものすごく読みやすいな……」
大輝が異世界語を普通に読んでいる。しかも、日本語よりも読みやすいとまで……。
「大輝は、異世界語の方が読みやすい?」
「ん? まあな……。やっぱり幼少期に読んでいたからかもしれない」
「ルムミア語はいいよねー」
ルムミア語? もしかして異世界語の総称だったりして……。
今まで異世界語、異世界語と言ってたけど、ちゃんと名前があったんだ。
「ルムミア語はメウスが作った。昔は象形文字だったな……」
「まあねー。今はこのルムミア語が主言語だよ」
そうなんだ。セリンの解説を交えながら、私は理解を深めていく。
異世界語改め、ルムミア語は全百五十文字もある言語。二歳から習ったけど、苦労した思い出がある。
そんな言葉を、久しぶりに異世界へ訪れてもなお母国語のように思っている大輝。
そんな彼は本を読み切ったのか、棚へ戻した。視線をセリンの方へ向ける。
そこには青水晶に輝く一振りの長剣ができあがっていた。
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