第102話 氷の戦女神ルアンナ・グラーシア
「ようやくお会いできましたね。私の思い人を奪った出来損ないさん」
「ッ!?」
細くすらりとした美貌。そして、長く伸びた水色の髪。水晶のような透き通った瞳。
その立ち姿は姉のレイラに似ているようで違った。
どこか冷気を纏っている。幻想ではない、それが目に見えてわかる。
「ミカエラ・シャーロット。だったかしら? エレンは私のものになる予定だったのよ?」
「……」
「あらあら。黙りこむなんて肝が据わってないのね。御見それしちゃうわ」
何も言い返せない。エレンは私が選んだんじゃない。エレンが私を選んだ。
そんなことはわかっている。だけど、この少女は喉を強制的に凍らせてしまうオーラを持っていた。
「ルアンナ。申し訳ないんだけど、僕がミカエラさんを選んだんだ」
「あ? こんな出来損ないに何ができるのよ? ろくに戦えないんじゃない?」
「そんなことは……」
エレンが答えられないのも無理はなかった。私は彼の前で戦ったことが一度もない。
あるとしても、熊を眠らせただけ。そして、私が撃った時エレンは私の方を向いてなかった。
結果として、彼は一度も見ていない。証明できる材料が少ない。
「それは……」
「答えられないってことは、貴方は出来損ない確定ね。今すぐ護衛を解消しなさい」
「君が、氷の戦女神、ルアンナ・グラーシアだね。ちょっと、いいかな?」
ルアンナの言葉にメウスが被さる。この少女がグラーシア伯爵家令嬢。
彼女は茫然とした顔で、メウスを見つめる。現段階では、メウスは部外者同然。
邪魔でしかないのは確かだった。だけど彼は、私を庇おうとしている。
それだけでも嬉しいのに、登場が唐突過ぎるのはなぜだろうか。
「ミカエラは出来損ないじゃないよ。ぼくが証明してあげる」
「メウス……」
「メモリア アクト」
メウスが魔法を唱える。神であるメウスには、これくらい朝飯前とでもいうような……。
しかし、魔法が発動しない。神の魔法には妨害は効かないはずなのに……。
「あれ? おかしいなぁ……」
「あんた誰?」
ルアンナがメウスに問いかける。彼は飄々とした様子で、頭を捻っていた。
「ちょっと! 話聞いているんでしょうね!」
「おっと、ごめん。ぼくはメウス・リーファ。うーん、やっぱやめた。上級階級第三位メビウス・エル・デュクス。神だよ」
「ふーん。神ね……。そうは見えないけど。実際魔法を失敗しているじゃない」
「まあねー。ちょっと待って、喉乾いた」
メウスはすたたと書斎を出て行った。戻ってくると、お酒の瓶を持ってくる。
こんな真昼間からお酒を飲むのは、私が知る限り彼しかいない。
「いただきまーす!」
「ちょっと、メウスって言ったわね。その手に持っているのは何よ!」
「あ、これ? リーディスっていう三百パーセントのお酒」
「さ、三百パーセント……!? い、今すぐやめな……」
ルアンナが指摘するより前、メウスはリーディスを一気飲みした。
「ふぃー。やっぱりリーディスは美味しいね。飲める人が少なすぎるから悲しいけど……」
「なんで、ここでお酒を飲むのよ! とんだ神様ね。嘘言っているんじゃないかしら?」
「え? ぼくは嘘を言わない主義だから。なんならそれの証明書も見せようか?」
メウスは腰のベルトから針を取り出す。それを左手の指に刺した。
金色の血が出てくる。さすがに、ルアンナはそこまで対応できなかったようだ。
「ぼくの血はね。特殊なんだ。これが神の血ってこと。ちょうどぼくも商売を拡大したいところでね」
「う、嘘。でしょ……。そんな……」
「じゃ、本気で行くよ! メモリア アクト!」
魔法が発動する。霧のカーテン。そこには、私の映像が流れた。
ルアンナは熱心に見ている。メウスはやっぱりすごい。と思ったんだけど……。
「ごめん。今回は三十秒しか持たない」
「使えないじゃないの」
「まあねー。褒めてる?」
「これが褒めてるって感じるなんて、ほんとどうかしてるんじゃない?」
魔法の効果が切れる。すると、メウスは再びリーディスを飲み始めた。
「うーーーーー! 美味い!」
「酔っても知らない!」
「大丈夫。ぼくはこれくらいじゃ酔わないからね」
そう、メウスはこれくらいじゃ問題ない。もっと飲むときだってある。
「ルアンナ。これで私への誤解は解けたんじゃないかな?」
「は? どう考えても捏造にしか見えないわよ。考えは変わらないわ、さっさとエレンを……」
「侵入者発見。駆除を開始する」
こんなところで零が現れたら……。
零がサブマシンガンを手に、出てくる。それを発射すると、紐のついた銃弾が発射された。
紐はルアンナの身体を巻き付けていく。それもかなりきつく。
「だ、だれよ! うじゃうじゃウジ虫のようね! こんなもの! き、切れない……!?」
「それは超合金でできている特殊な紐だ。そう簡単に開放できない」
「誰なのよー!」
「オレは零。ミカエラの銃だ」
「は? 胡散臭いわね!」
ルアンナがバタバタと暴れる。それも零には計算済みのようで、しっかりと拘束した。
私は、零の後ろを歩く、途中でティアとライガンとも合流した。
「聖女様。どうかなされたのですか?」
「ちょっとね。色々とかくかくしかじかあって……」
まあライガンには言わなくてもいいこと。彼は完全なる無関係。
私たちは、ぐるぐる巻きになったルアンナを連れて、外に出た。
零がライガンにマシンガンを渡す。
「ライガン。これを遠くまで飛ばしてくれ」
「いいのですか?」
「いいんだ。サブマシンガンなら沢山ある」
「わかりました」
ライガンは零から銃を受け取る。それをハンマー投げの要領で遠くに飛ばした。
悲鳴は……聞こえなかった。これで難は去ったけど、本のページを破った理由が聞けないまま。
まあ、いつかわかると思う。そんな気がした。
「ミカエラお姉ちゃん。大丈夫?」
「う、うん……」
何が起きたのか理解できていないらしいティア。彼女も知らない方が得かもしれない。
私たちは家の中に入る。書斎の掃除をしないと怒られてしまう。
廊下を歩く、書斎までの距離が長く感じた。
今日だけで多くのことが起きてしまった。それは、他ならない事実。
シリウスさんはどう考えているんだろう。思考を広げただけでも、想像できない。
「ミカエラ。こっち掃除終わったよ」
「やっぱり、メウスが片づけてくれたんだね」
「まあねー。これでも綺麗好きだし?」
「アダムさんが、人間界の前に天界の掃除をした方がいいって言ってたよ」
「うげッ!?」
よし、効果はバツグンだ。やっぱり、メウスは上司の名前を出すと言い返せないらしい。
「は、はい……。あとで片づけます……」
「よろしい。それと、メウスは何か隠してるよね?」
「なんでわかったの?」
「だって、メウスさっきから、私の顔色を窺ってるから」
メウスは時々こういうことがある。それも、グラーシア領に来る少し前から目立つようになった。
「えーとね。この前、ぼく宛てに手紙が来たでしょ?」
「うん」
メウスが言っている手紙というのは、月光の月八月に分家の人から渡された手紙のこと。
ゼレスリシアの国王直々に手伝いを頼まれていた。
グラーシア領では、有力な情報を得られなかった。だけど、王都ならきっと……。
「明日には王都に向かう?」
「そうだね」
次の目的地が決まった。今日はこの後やることがない。
そこで、ちょっと遠出して本屋へ行くことになった。
メウスの車ならすぐにつくと思う。出かける人だけで車に乗り込んで、移動を開始した。
ルアンナの所在? そんなの、知るわけないじゃん!
せめて生きていてほしいと、願いたい。
20時台に本日三話目を更新します。よろしくお願いします!




