第101話 破かれた伝説の書
第2部開始です
グラーシア領に来て数日。メウスの案内で眼科医シリウス・ヒューストンの家で居候させてもらっていた。
メウスの変装はものすごく秀逸だったようで、当時の彼が見せた趣そのまま。
それ以上に長く伸びたひげと、白い髪が目印になっている。
今のところシリルは戻ってきてないみたいで、騎士としての仕事が忙しいみたいだ。
「メウスさん。どうも」
「それ何回目。シリウスさん痴呆症になったんじゃない?」
「いやいや。それよりも前からお世話になっているわい。なんどでも言ってしまうわ!」
「あはは……。相変らずお元気のようで……」
メウスでもタジタジしてしまうのだから、それだけシリウスさんは偉い人なんだと思う。
シリウスさんの家は一般家庭と見れば大きい部類に入る。
広い部屋が二つ。寝室が八つ。眼科医と同時に宿屋も経営しているとのこと。
そして、私の家よりも大きな書斎がある。ほとんどが魔眼や魔法に関係するものだけど。
今私たちはリビングにいた。どうやらリビングがないのは私の家だけらしい。
「シリウスさんは魔族に関する情報も得ていると聞いたのですが……」
亜麻色髪を揺らすエレンがシリウスさんに問いかける。
すると、シリウスさんはゆっくりと立ち上がった。
背格好の悪さもメウスは完璧に表現していたようで、曲がり方から歩き方まで一緒。
半歩ずつ歩く姿は、眼科医で優秀とはいえご老人そのものだった。
シリウスさんは、書斎に入っていく。歳を重ねたが故の迷いのなさ。
「たしかこの本じゃったか……」
そのまま本を取り出した。手に取った時、『勇者と魔王伝説』の文字が見えた。
過去に読んだことがある。メウスが書いた神語と言う名の日本語で書かれた本。
なんでここにもあるのだろうか。私は思考を巡らせる。
公爵家でもない一般家庭。そこから導き出されるとしたら。
「ちょっといいですか?」
「なにかね?」
エレンが本を受け取る。彼はあれから日本語を熱心に勉強してきた。
こう見えて彼は、ものすごく勉強熱心で向上心の塊そのもの。
本を読み進める速度はそこそこ早い。
「これ、メウスが書いた本じゃないです」
「え?」
「これ、翻訳本でした。けれども、意味が通ってない部分とか多くて……」
私はその本をエレンから渡された。読んでみると、不正確な情報しか書かれていない。
これでは本とは言えない。ただ箇条書きをしただけ。
試しにメウスへ預けてみる。彼はパラパラとめくっただけで、情報の食い違いに気づいたらしい。
「これ、ぼくなら直せる」
「え?」
「ちょっと待ってて。外行ってくる」
メウスは本を持ったまま外へ出て行った。
だけど、こんなところに偽物が……。私はシリウスさんに出どころを聞くことにした。
「シリウスさん。あの本はどこで手に入れたんですか?」
「そうじゃな……。かなり前だったから忘れてしまったわい」
「そうですか……」
聞いても無駄のようだ。私は部屋を出て、他にいいものがないか探す。
シリウスさんの家は本当に広い。身分としては私よりもはるかに下。
エレンから見れば、位の差はものすごく開いてしまう。
一応貴族の内に入る私。庶民は貴族に対して隠し事はしてはいけない。
してはいけないことをしているのは、それは良いと思う。
だけど、それをした上での罪は計り知れないと考えていい。
「ミカエラ。そろそろ戻らなねぇか?」
「ちょっとレイ! いつの間に……」
「これでも隠密行動は得意なんだよ! それともあれか? オレの経歴でも知りたいんか?」
「いやいやいや……そんなのは良いから……」
灰色の髪を揺らすレイ。彼はティアの弟という立ち位置ではあるが、少し機嫌を損ねるとキツイ。
黒い服。出発前にお母様が仕立てた新品の服。
レイは昔から暗色が好きらしく、レイラとも相性が良い。
何気に二人の名前が似ているが、レイを漢字で書くと『零』と書くらしい。
経歴はしばらく前に聞かせてもらった。彼は銃社会で生きた一人の青年だったようで。
「もっと詳しい経歴が知りたいんならいっくらでも話してやる。ただし、狩りには行かせろ」
「はいはい。勝手に狩りへ行ったらティアの怒られますよーっと」
「アネキは関係ねぇんだよ! なんだお前も死にたいのか!」
「銃でやられるのはごめんだけどね」
このままだと心臓が持たないので、書斎へ戻ることにした。
移動すると、そこにはメウスの姿。だけど、様子がおかしい。
「メウス。どうしたの?」
「いや……。この本……。ぼくが書いた本なのは間違いないんだけど……」
「え?」
勇者と魔王伝説。それは、メウスが勇者として活動してきた記録が全て書かれた書籍。
基本的には日本語で書かれている。私はその本がきっかけで聖女であることを知った。
この本があったからこそ、私は瘴気に侵されたメウスを救うことができた。
「じゃあ、何かあったの?」
「う、うん。ここ見て」
メウスは本の最後のページを開いた。そこには、二重丸になった部分がある。
彼は、そこに自分の血判を押した。この仕掛けはメウスの十八番と言っていい。
ページが増える。そこには、白紙だけが連なった。
「この本。誰かがページを破ってる」
「それってつまり」
メウスは空間を開く。空間魔法はメウスが開発した。発案は私だけど。
とある世界で普通に使われていた魔法。本当に作るとは思わなかった。
それだけ彼は頭がいい。と考えていいんだろうけど、彼も失敗を繰り返す。
人ってそういう物だと思っている。だけど、それだけでも事件となることはある。
「シリウスさん。過去にこの本を見せた人は……」
「そうじゃな……。ルアンナ嬢じゃったか。水のように流れる髪を持っておる美少女じゃ。世間では氷の戦女神と呼ばれておる」
「きっとその人だ。他に詳細を教えてもらえま……」
「その人、僕知ってる。同期だから」
話に割り込んできたのはエレンだった。同期ということは、彼女も今十二歳。
そして、新人勇者であることが確定する。
「エレン。ルアンナのこと知ってるの?」
「はい。グラーシア伯爵家の次期当主ですからね」
「グラーシア伯爵家?」
ここはグラーシア領。伯爵家まで同じ姓であるはずがない。
「グラーシア領は特殊なんです。グラーシア公爵家の直系であるグラーシア伯爵家は同姓であることから、次期公爵家に繰り上がりが予定されています」
さすがは王族。多分だけど、全領地の情勢を丸暗記しているのかもしれない。
王族のエレンはこういう時に力を発揮する。それが今回の収穫と言っていいと思った。
「じゃあ、ルアンナさんのところへ会いに……」
「やめた方がいいと思います。僕も彼女は苦手なので……」
「つまり、エレンはモテ男?」
「ま、まあ。王族ですからね……」
そこは認めるんだ。彼がそう言うなら仕方ない。
しかし、本当にこれでいいのだろうか。なぜルアンナが悪戯をしたのか。
聞き出しを先に始めた方が楽な気もする。なのに、なぜエレンは……。
すると、メウスが再び本をめくりだした。
私も覗いてみる。紙が破れている箇所。そこをメウスに聞くと、魔族に関係した項目と言っていた。
ルアンナは魔族と関係がある。どこかで繋がっている?
人間の国で働いていたライガンや、メウスの幼馴染であるリザークはそもそも例外。
通常、魔族は人間を嫌う。なのに、どこかで糸が絡んでいる。絡まっている。
この違和感は何だろう。私は探偵業のお父様から教わったありとあらゆることを考えた。
しかし、広がるのは巨大な迷宮。どこにも出口がない。
この迷宮を抜け出した時。なにが起こるのだろうか……。
「シリウスさん。お客様です」
「そうかそうか。通してくれんかね?」
「かしこまりました」
家の使用人が声をかけに来て、客を入れる。そこに立っていたのは、長く水色の髪を伸ばした少女。
そして、彼女は冷徹な笑みを浮かべている。
「ようやく。お会いできましたね……。私の思い人を奪った出来損ないさん」
目が笑っていない少女は、小さく会釈をして空間を凍結させた。
あと二話更新します。
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