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57.暇な日々にお別れを

 星空を迎えてから、二週間の時が過ぎた。店に来た客は最初こそ驚いたが、すぐに受け入れた。今では、店の二大看板娘として、人気になっている。


「う~ん、暇だなぁ~」


 香織は、リビングで身体を伸ばしながら休憩していた。暇だなと声に出してはいるものの、連日訪れる冒険者達が商品をどんどん買っていくので、補充のために生産作業を続けていたのだった。


「統治権とかに反応はないの?」

「ないよ。そもそも日本に脚を踏み入れる外国人なんていないもん」


 香織の統治権と領海権は咲の領空権同様に、侵入したものを感知して強制排除する事が出来るものだった。統治権に関しては、少し違う部分もあり、領空権、領海権の効力を撥ねのけることが出来る。


「ヨーロッパの領空権は解放されているけど、他はまだなんだよねぇ」

「そうね。一応、アメリカも領空権の解放だけ出来ているけど、全く引っかからないから、空路の移動手段を持っている人はいないのかもしれないわね」

「移動手段か……飛行機とかだよね。残ってるのかな?」


 二年前、世界が変化してしまった時、国から脱出しようとして様々な飛行機が飛び立とうとしていた。その全てを領空権を持つ有翼モンスターに破壊されている。そのため、空を飛ぶ手段はあまり残っていなかった。


「この前の羽田空港には、見た感じ飛行機は残ってなかったわね。大体が朽ちていたわ」

「アメリカに行って、何とか空路を繋げたいけど、そもそもの移動手段がないのは、まずいよね」

「それに、燃料がないのも問題よ。燃料の精製ってどこでやってたのかしら?」


 香織達の話は暇だという話から、段々と海外渡航への話に移っていた。


「燃料か……。材料がないから、作ろうにも作れないもんね」

「今ある分をかき集めたら、アメリカまで行けるかしら」

「何か良い方法があればいいんだけどね。日本に油田なんてあるのかな?」

「どうなのかしら?」


 香織と咲はう~んっと唸っていた。


「こういうとき、ネット検索が出来ると助かるのだけど」

「まぁ、そんな環境ないもんね。皆だって、魔力灯で生活してるし」

「うちは普通の蛍光灯だけどね。魔導発電機があるから」


 魔力灯は、魔力で動く蛍光灯のようなものだ。一応全人類大なり小なり魔力を持っているので、普及するのも早かった。


「図書館も潰れてしまったから、紙による調べ物も出来ないし、本当に不便になったわよね」

「でも、図書館って周りのものしか調べに行ってないよね?」


 香織の質問に咲が天を仰いで考える。


「確かにそうね。そもそも、この周辺の地理にしか詳しくないから、他の地域だと図書館がどこかも知らないものね」

「うん。それでさ、国会図書館って日本の本が全部集まるんでしょ? そこに行けば何かあるんじゃない?」

「……なるほどね。今度行ってみる?」

「そうだね」


 香織達は、再び東京に向かうことを決めた。その時、店舗と繋がる扉が開く。


「マスター、咲様。玲二様と綾子様がお見えです」

「坂本さんが? 何だろう。お通しして」


 焔は、玲二達をリビングに促す。焔は、そのままお茶を淹れてテーブルに持っていった。星空の方は、店番を続けている。お茶を配り終えた焔は、一礼して店に戻る。


「度々、すまないな」

「ううん。それで何の用?」


 玲二は、綾子に目配せする。綾子は、手持ちの鞄から紙束を取り出して、香織に渡す。


「すごい、既視感を感じるね」

「この前の京都の報告書の時ね」

「ああ、まさに、それについての話なんだ」


 香織と咲は何を話し始めるのか分からずに、首を傾げる。


「結論から言うと、京都の解放が失敗に終わった」

「ん? でも、物量で押す作戦に移ったんでしょ? それで、倒せる見込みだったんじゃないの?」


 この前の話では物量で押せば倒せる可能性があるということだった。しかし、玲二の話では、その作戦も失敗したという。


「一応、四天王は倒す事が出来たんだが、酒呑童子と茨木童子に部隊を壊滅させられた。生き残った奴が報告したんだが、そいつも数日後に亡くなった」


 京都解放のために戦った冒険者は、全員が亡くなった。そのくらい、危険な相手という事だ。


「そして、京都解放の依頼がこっちに回ってきた。出来る事なら、香織達に協力を仰ぎたい」

「そういうこと。でも、こっちの冒険者達で対応出来るの? 向こうには坂本さん達よりも強い人がいて、それでも負けたんでしょ?」


 香織は、ズバッと痛い所を突いた。こういうとき物怖じせずに言いたいことを言うのが香織だ。


「この前の黒龍討伐で、報酬をもらった奴らは、今までとは比較にならない程強くなっている。だから、酒呑童子との戦いでもギリギリ対応出来るはずだ。その報告書を見てもらえれば分かるが、あちらも為す術なくやられたわけじゃない。どうにか、ダメージを負わせる事には成功している」


 玲二に言われて、香織と咲は報告書を読んでみる。


「本当だ。ダメージを負った事による行動パターンの変化とパワーアップか」

「それなら、数で押せば勝てる可能性はあるわね」

「ああ、俺達もそう判断して、依頼を受ける事に決めた。ただ、念には念を入れておきたいと思い、香織達に依頼しに来たんだ。正直、何度もこういう依頼をしてすまないとは思っている」


 玲二は頭を下げていた。


「う~ん、まぁ、いいよ」

「本当か!?」

「うん。その代わり、いくつかお願いがあるんだけど」

「ああ、何でも言ってくれ」


 香織は、咲に目配せする。それだけで、咲は香織が何を言おうとしているか分かった。


「この辺りにある油田について調べて欲しいんだ。後、使える飛行機とパイロット」

「へ?」


 玲二と綾子は呆けた顔をした。同時に、咲はやれやれという風に苦笑いしている。


(この子、面倒くさいものを全部押しつける気ね。まぁ、国立図書館に調べに行くことよりも楽だけど……)


「…………アメリカに渡るつもりか?」

「うん。一応ね。向こうにはお母さん達がいるから」

「そうか」


 香織が、咲との話でアメリカの話題を出したのは、母親と父親のことがあるからだ。咲はその事に気が付いていたが、まったく話題に出さずに話していた。


「一応、調べてみるが、パイロットの件については、少し時間をもらうことになるかもしれない。うちのギルドにいれば良いが、いなければ全国から探し出さないといけないからな」

「うん。それで大丈夫だよ。じゃあ、取引成立だね」


 香織と玲二は固く握手を結ぶ。


「そういえば、いつの間にか家族が増えていたんだな。ここ一週間くらい本部で籠もってたから気が付かなかったぞ」

「うん。星空って言うんだ。この前の黒龍の核から生まれた焔の妹だよ」

「そうなのか。家族が増えるのは良いことだな。お前達が楽しそうで良かったよ」


 玲二の言葉に香織と咲が顔を見合わせる。


「私達、基本楽しく生きているよ?」

「お前達二人の時はな。昔は、俺に対してもツンツンとしていただろう? まぁ、あのギルド職員がいたせいもあるんだろうが」

「えぇ、そうかな?」

「そうだよ。あれから、だんだん慣れてくれて、今みたいに話してくれるようになったが、それまでは、他人に対しては抜き身の刃みたいな雰囲気で接していただろう。それが、こうして娘を持つまでになったんだ。安心しても良いだろ?」


 玲二はそう言って笑う。


「坂本さんは、私達の親?」

「それか、親戚とかよね」


 玲二の感想が完全に他人からのものではないので、香織と咲は思わず、そうツッコんだ。


「まぁ、確かにそう言われたら、そんな感じのことを言っているけどな。まぁ、話はこんなもんだ。出発は二週間後を予定している」

「準備期間が長いね」

「ああ、結構長期の遠征だからな。向こうのギルド支部に寄るが、それまでの道のりは野宿になる。それ相応の準備が必要だろう」

「それもそうか。後、今度の遠征に万里ちゃんと恵里ちゃんも連れて行って良い?」

「ああ、大丈夫だが、良いのか?」


 玲二は、香織に確認を取る。この前の黒龍討伐の時は、同行を拒否していたのだが、それと同じくらい危険かもしれない京都解放に連れて行くことに、疑問を抱いたのだ。


「うん。リヴァイアサンに対して、自分から囮になってたからね。状況の判断がしっかり出来ていると思ったんだ。でも、リヴァイアサンに恐怖心を抱いて、動けなくなってもいたから、この機会に恐怖に慣れさせようと思ったんだ」

「鬼だな。まぁ、了承した。本人達にも同意を取っておけよ?」

「もちろん。じゃあ、またね」

「ああ」


 玲二は、店に繋がる扉から出て行く。


「これ、クッキーを焼いたので、皆さんで食べてください」


 ついて来ていた綾子が、大きめの袋を香織に手渡す。その中には大量のクッキーが詰められていた。


「わぁ、ありがとうございます」

「いえ、では、私も失礼します」


 綾子も玲二の後を追って帰って行った。


「思わぬ所で、二人のおやつを貰えたね」

「そうね。それより、万里と恵里に伝えるのはいつにするの?」

「明日かな。今日はもう遅いし」


 香織が外を見ると、空が赤く染まっていた。


「じゃあ、野菜を収穫しに行ってこようかしら」

「私も行く!」


 香織と咲は、庭に出て行って、野菜を収穫していく。そして、焔と星空が、その野菜を使って夕ご飯を作った。夕食の時間に、香織達は玲二からの依頼について二人に話す。


「……という事があったんだ。しばらくは、薬の補充も出来ないと思うから、その間、店は閉めておくことにする」

「じゃあ、私達も一緒に行くの?」

「そう。焔と星空にもついてきて欲しいんだ。どういう戦いになるか分からないから、少しでも戦力は欲しいと思うし」

「分かりました。お客様には、こちらで説明しておきます」

「ありがとう」


 焔と星空は、二つ返事で了承した。香織がマスターなので当然と言えば当然なのだが。


「それで、星空にはどんな武器がいいかな? 何か使いやすいものとかはある?」

「私は、弓が欲しい」

「弓?」


 まさかの注文に香織は首を傾げる。


「うん。金属製で、火に耐性があるものがいい」

「う~ん、分かった。作ってみるよ」

「ありがとう」


 星空は嬉しそうに笑う。


「後は、皆の戦闘服も作ろうか」

「戦闘服?」


 咲は香織が何を言っているのか分からず怪訝な顔をする。


「いつもの服に付与するだけじゃダメなの?」

「どうせなら、動きやすいものが良いじゃん。なら、戦闘用に特化したものを作っても良いかなって」

「まぁ、そういうものがあったら便利かもしれないわね。でも、あまり派手なものや、恥ずかしいものはやめてよ?」

「分かってるよ。任せておいて」


 香織はにっこりと笑ってそう言った。咲の顔には、不安の文字が浮かんでいた。

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