56.新しい家族
次の日、香織達は、浸水被害対応用の乾燥機の設計図を渡すためにギルド本部に顔を出しに行った。
「こんにちは」
香織が挨拶しながらギルドの中に入って行く。
「香織さん。本部長にご用ですね?」
「はい」
「すぐにご案内します」
香織達を出迎えた綾子が、すぐに玲二が仕事をしている執務室に案内した。
「昨日言ってた乾燥機の設計図を持ってきたよ」
「ああ、助かる。綾子、謝礼品を準備をしてくれ」
指示を出された綾子は部屋を出て行く。
「別に謝礼なんていらないよ?」
「そういうわけにもいかないだろ。無償で提供したとなったらこれからも同じように無償で頼まれることになるかもしれないだろ? お前達は、俺よりも長く生きるんだ。あまり例外を出さない方がいい」
玲二が心配しているのは、自分の死後のことだ。年齢的な意味でも香織よりも先に自分が死ぬ可能性が高い。そうで無くとも、香織達は不老不死のスキルを持っているので、玲二よりも遙かに長い時を生きることになる。その時に、自分が無償でして貰ったことが原因で、様々な事を押しつけられる可能性が上がってしまう。だからこそ、高い料金を払うことで、対価が必要になると言うことを強調させておく必要があるのだ。
「坂本さんの頼みだから聞いているだけで、他の人になったら、従うかなんて分からないよ?」
「だが、このことでぐちぐちと言われるのは嫌だろ? そういうのに対する牽制にもなるはずだ。まぁ、最初から俺が香織達に頼まなければ済む話ではあるんだがな」
玲二は難しい顔をしながらそう言った。そもそも香織達に頼まなければならないのは、自分達の力不足が原因だ。どうにかしようと、冒険者達をダンジョンに派遣したりと、レベル上げを推進している。しかし、特別な力を持っている香織達と比べてしまうと、力不足は否めないのだ。
「だから、それ相応の対価が必要になるという事を知らしめておく必要がある。今回は設計図を貰うからな。様々な素材を用意した。好きなだけ貰っていってくれ。今のご時世で金を受け取っても使い道が無いからな。ギルドの方で保管してある素材の中にもレアものは結構あったからな。使えそうなのは何でも持っていってくれ」
「でも、私が素材を貰っていったら、生産職の人達が困るんじゃない?」
「一応、必要な分は、それぞれに持たせてある。それを踏まえてレアな素材が多いんだ」
玲二がそう言ったと同時に、綾子が再び入室してくる。
「用意が出来ました。ご案内します」
「う~ん。分かった。じゃあ、遠慮無く貰っていくね」
「ああ」
香織は、それで話が終わったと判断して外に出ようとする。
「香織。あの事を忘れてるでしょ?」
「あっ、そうだった」
咲が香織を窘める。玲二も何か話があったかと首を傾げていた。
「昨日の黒龍の素材なんだけど、実は私が回収してたんだ」
「ああ、なるほどな。だから、素材を回収しに行った奴らが何も無いって言ってたのか。てっきり、香織の爆弾のせいで全てが台無しになっていたんだと思ってた」
玲二は昨日のリヴァイアサン戦の後、黒龍の素材回収のために何人か富士山近くに送っていた。それが今朝方帰ってきたのだが、黒龍の姿は全く無かったという報告を受けていたのだ。
「半分半分に取り分けておく? リヴァイアサンの分も含めて」
「いや、それも対価として渡そう。正直、倉庫にある素材でも足りるかどうかと思っていたしな」
玲二は、今までの分の礼も合わせて返そうと思っているようだ。どのように返していくかを考えて、この決断に至ったのだろう。
「分かった。また、何かあったら言って。気が向いたら手伝うから」
「ああ、香織達にしか頼めないような事があったらな」
香織達は、執務室を離れて綾子の案内で倉庫の方に移動した。
「昨日のうちに浸水被害が起こっていないことは確認済みです。なので、著しく品質が悪くなっているようなものはないでしょう。ただ、適切な保存方法でも多少の劣化はしてしまいますのでご了承下さい」
「はい。分かりました。じゃあ、遠慮なく取っていっちゃいますね」
香織は倉庫の中をくまなく見ていく。鑑定眼を利用し、素材の名前と状態を確認して、使えるものをしまっていく。
「香織と咲と焔か」
香織が素材回収に夢中になっている間に、里中が倉庫に来ていた。
「里中さん、こんにちは」
「ああ、昨日の今日でどうしたんだ?」
「今日は香織の付き添いです。乾燥機の設計図を渡しに来た帰りですね」
「そうか。技術班を代表して礼を言う。ありがとう」
「香織に言ってあげて下さい。昨日帰ってからすぐに作り始めていたので」
咲は、顔を綻ばせながらそう言った。香織のことが誇らしいと感じているのだ。
「結構面白い素材があったよ。あれ? 里中さん、いつの間に?」
「香織が宝探しに夢中になっている間によ」
「乾燥機の設計図を届けに来てくれたらしいな。助かる。ありがとうな」
「いえ、街の復興に協力はしますよ」
「そうか」
「じゃあ、私達はここで失礼しますね」
香織達は、里中と綾子と別れて、自宅への道を歩いていた。
「さてと、黒龍の素材が名実ともに私のものになったことだし」
「何か強力な武器でも作るの?」
「ううん。もっといいもの? だよ」
「何で疑問形なのかしら……」
結局香織は何を作るのか教えることなく、家に辿り着いた。そして、香織は直ぐさま工房に閉じ籠もる。咲と焔はリビングで談笑しながら、お茶を飲んでいる。
「さてと、黒龍の素材が手に入ったからね。焔の妹を作ってあげよ。いつも一人で寝てるし」
香織と咲は同じベッドで寝ているが、焔は一人、別の部屋で寝ている。一緒に寝ようにも、香織達のベッドの大きさの問題で、一緒に寝るのは不可能なのだった。
人造人間を作る工程は、焔を作った時と変わりない。唯一違う点を言えば、核の種類が黒龍に変わるところだ。
全ての材料を入れた錬金釜を熱し続ける。
「魔法式を流す作業も滞りなく終わったし、後はこのまま熱し続けるだけ。意外と疲れなかったなぁ」
香織は錬金釜の中で熱され続ける鮮血のような液体を見ながら、ストレッチをしている。
「どうしよう? 正直、黒龍とリヴァイアサンを倒した後って何をするか考えてなかったなぁ」
香織は次の目的を失っていた。今までは、黒龍やリヴァイアサンを倒すための修行的なことをしていたが、それすらもしなくて良くなってしまった。
「まぁ、気長に探していけばいいか。そんな事を考える前に、次の子の服を用意しないと。ついでに、焔の服も作っちゃお」
香織は、焔や今作っている人造人間のために、服を作っていく。焔の時と同じ分量で錬成しているので、焔と同じ身長になると予想していた。
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香織が何着も服を用意していると、錬金釜から上がっていた煙が途切れた。
「おっ!」
香織は錬金釜の中を覗く。すると、焔と同じ黒髪をした少女が寝ていた。もちろん、裸で……
「う……ん……?」
少女は、眼を開き、香織の事を見る。その目は髪の毛以上に漆黒だった。
「ますたー?」
「うん。そうだよ。これからよろしくね」
「うん」
返事を聞いた香織は、少女に服を着せていった。その間に重要な事を考える。
(名前、どうしよう? 黒から連想すると、どうしてもマイナスイメージしか思いつかないんだもんなぁ……)
香織が少女の服を着せ終わるのと、名前を思いつくのは同時だった。
「あっ! 星空でせいらってどう?」
「星空?」
「そう、あなたの名前。少しキラキラネームみたいだけど、可愛いでしょ?」
「星空……うん。それがいい……」
星空の眼は眠たそうに半分伏せられている。だが、それでも嬉しそうなのは香織にも伝わってきた。
「よし! じゃあ、行こう。家族に紹介するから」
「家族?」
「うん。自慢の家族だよ」
香織は星空を連れて、リビングに入っていく。
「香織、作業は……おわ……った……の?」
咲の言葉は、香織と共に入ってきた星空を見て、尻すぼみになっていった。
「その子、もしかして……」
「うん。黒龍の核から生まれた人造人間の星空だよ」
「はじめまして、よろしく」
星空は微笑みながらそう言った。
「よろしくお願いします。私も同じ人造人間の焔です」
焔が星空の目を見ながら自己紹介をした。
「同じ人造人間なら、敬語はいらないよ」
「えっ? えっと、分かった」
焔は少し戸惑いながらも、敬語をやめた。最近になって万里や恵里に対しても敬語をやめている。ただ、香織と咲は特別な存在であるので、敬語をやめる気はないようだ。他には、客に対しては敬語で接している。
「焔の妹になるからね。一緒に店番出来る?」
「はい。お任せ下さい」
「頑張る」
星空は生まれたばかりで、既に家に馴染んでいた。
「よろしくね、星空。私は咲よ」
咲が星空に目線を合わせながら自己紹介をする。
「咲?」
「ええ、そうよ」
「マスターの大切な人?」
星空が香織の方を見てそう言った。
「うん。大切な家族だよ。それは、焔も星空も一緒」
「家族。うん。私も家族」
「そうね」
咲は星空の頭を撫でる。星空はくすぐったそうにする。
「よし! じゃあ、星空の歓迎パーティーをしよう!」
「そうね。焔、星空、ご飯を作るの手伝ってくれる?」
「はい」
「うん」
香織達は、新たに星空を家族に加えた。二年前に二人だけだった香織の自宅は、いつの間にか一家族分の人数になっていた。
それから、近所では仲良し家族として少し有名になるのだが、それはまた別の話だ。
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