八十五話 説得しました!
「それって、どういうこと、で…?」
一瞬演技を忘れそうになったけど、なんとか持ちこたえる。
あのお父様からそんなことを言われるとは思いもしなかったので、ショックは大きい。
「…前も言ったが、最近セシカは彼の店に行く度に危ない目に遭ってる。
前は盗賊に誘拐されたし、少し前にも店の前で襲われたそうじゃないか。」
確かにそうだ。
以前僕が性転換薬を飲んだ時、セシカさんと一緒に誘拐されて監禁された。
店の前で襲われた、というのは最初の入れ替わり…セシカさんとフォリスが入れ替わった時のことだろう。元々体と心を入れ替える魔道具はその襲撃犯が持っていた物だし。
二度も危険な目にあったんだ。それなら親として止めるのは道理だろう。警備が固められている屋敷から出なければ安全なのだから。
セシカさんの事を想うのなら、友人を大切にしたいと想うのならそうするのが一番なのかもしれない。
…だけど。
「嫌、マノアに会えなくなるじゃない。」
セシカさんと会えないのは嫌だ。
異性としてか、と訊かれると分からないけど、少なくとも友人としてならセシカさんは好きだと断言できる。
それにきっと…セシカさんだって、僕と同じように思ってくれている。
断り方は適切じゃないかもしれないけど。直球過ぎるっていうか断言しすぎるっていうか…他に思いつかなかった。
「会いたいのならここに呼べばいいじゃないか。馬車で送り迎えをして、そのまま何日か泊らせても問題無いし、彼の料理が食べたいのなら厨房を貸せばいい。というかたまには呼んでくれ。いつも伝え忘れてるじゃないか。」
あ、まずい。一番の理由を早速潰された。っていうかセシカさんまさかの連絡漏れ!?
今すぐにでも行かなきゃいけないのに…なんとかして今だけでも理由を作らないと。
「…お父様。私が好きなのは、マノアだけじゃないわ。」
「何?」
「私はフォリスも好きだし、あのお店のお客さんが食べてるところで食べるのが好き。働いてるマノアやフォリスを見るのも好きだし、あの雰囲気も好き。だから私は、シーサイドに食べに行きたい。マノアだけ呼んでも、お屋敷がシーサイドになる訳じゃないから。」
「だがな…」
「お父様だってたまに食べに行ってるじゃない。今私が言った事、理解できるでしょう? それどころか、その感覚はもっと前から知ってたんじゃない?」
「……」
――セシカさんから聞いた話だ。
セシカさんのお父様はコックを雇っているにもかかわらず、数日に一度どれだけ忙しくても外食を行うと。
お店は様々。いつも同じ場所と言う訳ではないが、ある程度固定はされていると。
そこはきっとお父様の“お気に入りのお店”なのだろう。
分かっているはずなのだ。セシカさんを僕のお店に行かせたくない理由…危険だということは、決して他人事じゃないし、自分にも当てはまるのだと。
むしろ、貴族の当主となればそれこそ何かあってはいけない。もちろん娘なら良いと言う訳ではないけど、直ちに現れる影響が違い過ぎる。だからお父様は僕の店に食べに来たことは無いのだろう。
それでもきっと、お父様はセシカさんの気持ちを分かってくれる。
だって2人は親子で、似た者同士なのだから。
………まあ、今のはセシカさんの言葉じゃなくて僕の言葉なんだけど。同じようなことを考えてくれていると祈っておこう。
「…そうだな。
だが、もし行くなら条件がある。」
「何?」
条件、どこか不穏な響きがする言葉に身を硬くする。
全く想像がつかないけど、一体なんなのだろうか。内容によっては断るとか、軽くするとかも考えなきゃいけないけど…
「私も一緒に行こう。時間があればお母様もだ。仕事の合間に鍛錬をしていたし、ある程度の賊なら追い払える。」
「えぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」
なにかあったらいけないから来なかったんじゃないの!? 本当に大丈夫なの!?
「おいおい、そんなに驚かなくても良いじゃないか。私が結構武闘派寄りだということは何度か言っていたはずだろう?」
初耳だよっ!
あ、けどセシカさんは聞いてたから良いのか。いや僕としては良くないんだけど…うん? 良いの? 悪いの?
って、そうじゃない。
「い、いや、けど! 本当に良いの!? しかもお母様も一緒だなんて!」
「良いんだよ、家を出る時点で他の店とも危険さは変わらない。
お母様に至っては私より強いというのはセシカも知っているだろう? あの人の魔法は本当に…」
前にお父様がお母様に逆らえなかったわけだ。
実際に力で従わせてるわけじゃないだろうけど、あの圧力の理由もなんとなく分かってきたような気がしてきた。
「それに、以前からマノア君のお店は気になってたからね。味もそうだし、彼の働きぶりもそうだ。セシカの話だけでは聞き足りないのでね。もう一人の家族としては。」
「お父様…」
ちょっとジーンときた。お屋敷で働いてからしばらく経ったけど、まだ家族として認めてくれてたんだ。
純粋に嬉しい。肉親が居ないからなのか、余計に。
「…なんで泣きそうな顔をしているんだ?」
「え!? あ、いや、なんでもないから!?」
「どうしたんだ…やっぱりまだ具合が悪いのか? 無理しなくて良いんだぞ?」
ああぁあぁあ、どんどんボロが出てくる…! 一旦落ち着かなきゃ。
「大丈夫です、お父様。
では一緒に行きましょう。」
「ああ。
…気分が悪くなったらすぐに言うんだぞ。」
「…はい。」
無駄に心配させちゃったよ。
けど、これでやっと元に戻れる。待っててセシカさん。今すぐ…………あ。
お父様も一緒じゃん。どうにかお父様から離れる機会を作らなきゃいけないや…先行きが思いやられるなぁ。間違ってもお父様と入れ替わるなんてことにならないように気を付けなきゃ。




