八十三話 バレてました!
「はぁ…はぁ…うぅ…」
リスリーさんによって全身を拭かれた僕は、そのくすぐったさに耐えられず時々変な声を出してしまった。
入れ替わっているというこの状況。ただ恥ずかしいだけじゃなく、セシカさんへの罪悪感も大いに覚えた。
とても辛い。今すぐ体を返して全力で謝りたい…
「お嬢様も成長しておられますね。」
「………」
なんだかすっごく笑顔のリスリーさんにはなんの返事も出来なかった。
正直適切なコメントが浮かんでこない。っていうか変なこと言ったらセシカさんに対するセクハラになるのでは?
「それでは、夕食をお持ちします。」
彼女は僕の(セシカさんの?)汗が染みた服と桶を持って出て行く…と思ったけど、何故か一度部屋の外を確認した後、それらを持ったまま僕のすぐ近くまで来た。
「…どうしたの?」
「お前は、誰だ?」
「!?」
どきり、と心臓が跳ねた。
「誰も何も、私はセシカ…」
「隠さなくて良い、今度は誰と入れ替わってきたんだ?」
「!?」
知ってる…!?
今の今まで大きなミスはしてなかったはずなのに、なんで?
身構えていると、リスリーさんはフッと笑って口を開いた。
「心配するな、あたしはお前をフォローしに来たんだ。
だるいけどいくつか手回しもしてたしな。魔道具の充填とか解析とかも全部あたしがやってたし。」
「そ、そうなんですか…!?」
できる人だとは思ってたけど、想像の範疇を超えていた。魔道具の知識にも明るいなんて。
「…お前、マノアだろ?」
「な、なんで!?」
「お、やっぱりそうか。
だけど何があったんだ? 前にお嬢様とフォリスって奴が入れ替わって、元に戻りに行ったはずだろ?
おおよそ察しはつくけど聞かせてくれ。」
「…でも、いつ誰かが近くに来るかわかりませんし。」
「大丈夫だ、人払いなら済ませておいたからバレやしないさ。一応確認したけど大丈夫そうだったしな。」
「……でもその前に、大体察してるんですか?」
「ああ、一応は。
どうせあれだろ? お前が入れ替わる場面に出くわして、魔道具をナイフと勘違いしてわちゃわちゃした後お前とお嬢様が入れ替わったとかだろ?」
「…ほぼ正解です。」
「じゃ、詳しい説明よろしく。」
「実は――」
彼女の推理とはさほど遠くない真実を話した。
それを聞いたリスリーさんの反応は…
「…お前、将来子供とかできたら絶対包丁持たせないだろ。」
「そんなことないですよ! 僕だって5歳くらいの時から使ってましたし!」
「5歳の子供に包丁持たせるのもどうかと思うけどさぁ…とにかくマノアは絶対過保護になるな。もう断言するわ。」
「しないでください! 僕だって時には厳しくできますから!」
「本当か? 息子か娘の笑顔見てデレデレして、泣きそうになったら慌てて励ましてるお前が簡単に想像できるけど。」
「そんな僕想像しないでください!」
でも言われて見るとそうなるような気がしてきた。内容が具体的過ぎるからかな?
「って、それよりさっき体を拭いたのってもしかして僕だって分かっててやったんですか!?」
会話に区切りがついてようやっと思い至った。
「流石に一発見ただけじゃ分からんけど、お嬢様じゃないのは分かってたからな。それなら遊んでやろうかと思って。」
「勘弁してくださいよ!」
「まあまあ、良い予行練習にはなっただろ?」
「何のですか!」
「え、それあたしに言わせるのか。それは流石にセクハラだぞ?」
「貴女の発言も充分セクハラです! っていうか体を拭いたのもセクハラじゃないですか!」
「セクハラじゃねーよ、れっきとした仕事だよ。
風邪引いたお嬢様の体をメイドが拭くのは当然だろ? まさかあの執事にやらせる訳にはいかねーし。」
「それはそうですけど…! 拭き方ちょっといやらしくなかったですか!? 胸の拭き方に関してはもうわざとですよね!?」
「わざとじゃねーよ、勝手に感じるそっちが悪いんだ。
…なあ、元の体に戻ったらさっきみたいに拭かせてくれないか? 元のお前の反応が気になってきた。」
「駄目ですよ!」
「だよな。
あ、じゃあそろそろ飯持ってくるから。ちょっと待ってろよ。」
そう言うと、今度こそ彼女は部屋から出て行った。
改めて凄い人だと思ったけど、本当にあの性格は何とかならないかな…
ウォンリー島から来た2人と別れた後、フォリスと一緒にいくらかお店を回って帰宅した。
ちょっと疲れたけど、どこか充足感のある心地よい疲労だ。マノアが絶対に着ない服を着て、普段なら見られないマノアをたくさん見られたからだろう。
見てるうちにセシカが着たい服もいくらかあったのでそれもいくつか購入した。マノアとおでかけする時、変装がてらそれを着て回るつもりだ。元に戻った時が楽しみだ。
(元に戻った時、ね…)
その言葉が心に引っかかった。
この体は二日もすればマノアに返す。それまでにやっておきたいことを出来るだけしたい。
だけど具体的に好きな人の体を使って何をしたいのか。それが思いつかない。
マノアに着せたい服はもう散々着せたし、町巡りもマノアと一緒にしていた。他にすることと言ったら…
……駄目だ、分からない。
けど、大人しくしているのもなんだかもったいない気がする。この体だからこそ出来ることもあるはずだ。
「私が来たぞぉ!」
「こんばんはだろ! …こんばんはー!」
何も思いつかないままただただ無駄な時間を過ごしていると、居住スペースの玄関から声が聞こえてきた。
声からしてオータク姉弟だろう。フォリスは今夕食の準備をしているので、私が出るしかない。
「こんばんは。アユミさん、シンヤさん。」
マノアの演技にも慣れたものだ。はたから見ればどうかは分からないけど、少なくとも私にとっては不自然な点は感じられない。
「ん? フォリスちゃんは?」
「フォリスなら夕食を作ってますけど、何か用があるんですか?」
「いや、むしろちょうどいい。ここで話そう。
…どうだったんだ?」
「どうだった、と言いますと…」
「もー、進矢ったらそんな聞き方じゃ分からないに決まってるでしょー?
最近フォリスちゃんの様子がおかしいってアレだよ。何か聞いてみた?」
「………」
フォリスの様子がおかしい……
ハッ、もしかして私と入れ替わってた時の事!? 2人にはバレていたの!?
「い、いえ? 別に何も?
そもそも、フォリスは別になにもおかしくなかったですしねー…あははは…」
「なに?
昨日お前も認めてただろ、フォリスがなんか変だって。」
マノアにまでバレてた!?
そ、そんなことって…あのマノアにもバレてたなんて…何がいけなかったのだろう。
「………えっと、僕なんて言ってましたっけ?」
「最近フォリスにじっと見られてるとか、セシカさんみたいだったとか。
それで、セシカさんがフォリスに変装してるのかも、って言ってただろ?」
「………」
あながち間違いじゃないけどちょっと残念。
でも、ちょっと嬉しい。詳細はどうあれ、見た目がフォリスになってもそれが私だと気付いてくれた。
「…なんで嬉しそうなんだ?」
「えっ? 別に? 何でもないですよ?」
「いや、マノア君今すごくニヤニヤしてるよ?」
訂正、すごく嬉しい。
そう言えば昨日入れ替わる直前に名前を呼ばれていた。あれはそれを確かめる為だったということか。
あの時はどうしようとしか考えられなかったけど、今はもうニヤニヤが止まらない。止めようとしても抵抗できない。
「あー、それでどうだったんだ? 結局フォリスはどうしたんだ?」
そう言えばそんな話だった、と思い出して緩んだ頬を引き締めて答える。
「そのことなんですが、なんだか急に元の調子に戻りまして。僕達の心配はなんだったのか、みたいな感じです。」
私と彼女が入れ替わっていたことはこの2人にも知らせない方が良いだろうと、判断した私はなにもなかったということにして話を進める。
「戻った? 何の前触れも無く?」
「はい。なんなら会ってみますか? 清々しいほどいつも通りですよ?」
清々しいほどのいつも通りって何?
…なんて考えてる場合じゃなかった。
「んー…とりあえずフォリスちゃんに会わせ…あ、ご飯の準備中だっけ。
忙しそうならいいや、また明日来るよ。」
「ウチがどうしたの?」
と、そんな話をしていたら本人が来ていた。
「………」
な、何? アユミが無言で見てくる…
「…さっきの話のことを言っても良いか?」
小声でシンヤが教えてくれた。
だけど至近距離に居るフォリスに聞こえないはずが無く。
「さっきの話? ウチに関係あるなら聞くけど。」
……フォリスから叱られるかしら。




