八十二話 ピンチだった!?
「貴方、マノアよね?」
…ピンチだ。
休憩を終えてお店から出てきてすぐに見覚えの無い女の人に話しかけられた。
どうもマノア先輩の知り合いのようだけど、フォリスには見覚えが無い。セシカさんの様子を見るに彼女も知らないのだろう。
「探しましたよ。お店に行っても休業中で、しかも外出中だったんですから。」
見覚えの無いマノアの知り合いは更にもう一人いた。
こちらは男の人みたいだ。なんとなく騎士というか紳士と言うか、そんな雰囲気を感じさせる。
一緒に来ていたようだし、2人はカップルなのかな? それともただの知り合い?
「あの! お2人は誰なんですか! マノア先輩とどんな関係なんですか!」
セシカさんに対応させる訳にはいかない。
入れ替わりがバレる程度で済めばいいけど、下手に隠そうとしてマノア先輩とこの2人の仲を引き裂いてしまったらまずい。
ウチから積極的に話してセシカさんがボロを出すのを防がなくちゃ。
「あら貴女は?」
「ウチはフォリス、マノア先輩と一緒に働いてるんだ。」
「そう、貴女がフォリスなのね。マノアから聞いてるわ。」
「思ってたより幼…若いのですね。」
「若い? 先輩からどう聞いてたの?」
「しっかり者だとか、時々彼自身が教えられることもあると聞いていたので…てっきり年上なのかと。」
「歳の事は言ってなかったみたいだね。お2人は?」
「マノアから聞いてない? 私はティーサで、こっちがウィラ。」
「どうも、ウィラです。女性です。」
ああ、先輩がウォンリー島でお世話になってたっていうあの2人だったんだ。通りで見覚えが無いわけだ。
「え…女の子だったの?」
「マノア?」
まずい、早速セシカさんがボロを!
なんとかフォローしないと、セシカさんがもっとやらかしそう…!
「あ、あの! 実はその人はマノア先輩じゃないんです!」
「え?」
「そうなのですか? どう見てもマノア様にしか見えませんが…」
い、言っちゃった!
どうしよう、嘘じゃないけどすぐバレる嘘だ! やらかしたのは私だった!
な、なにか良い返しは…
「…ええ、実は私、マノアじゃないの。」
なんか乗ってきた!?
嘘でしょセシカさん、まさかここでカミングアウトするの?
「私は、マノカ。似てるとは言われるけど、別人よ。」
…………なるほど!
「そう! そうなんだよ! この人はマノア先輩じゃなくて、マノア先輩に似てるだけのマノカって人なんだ!」
目から鱗が落ちそうな機転だった。魔法少女事件がこんな形で生きるなんて!
「え…いや、流石に嘘でしょう? ここまで彼にそっくりな人間が居ますか?」
「いるいる! ある国だと王女様にそっくりな普通の人も居たらしいんだよ? あり得ない話じゃないって!
しかも、マノカさんも男なんだよ!」
「へぇ…双子でもないのにですか?」
「血縁関係は無いんだって!」
「そうなのですか…世の中は広いのですね。」
レーサさんの話も大いに役立ち、ウィラさんは納得してくれた。
けど、まだ疑り深い人が残っていた。
「………ねえ、マノカだったわよね?」
「ええ、そうだけど?」
「男なのよね?」
「男よ。」
「その喋り方は?」
「………元々だけど。悪い?」
「…いえ、ごめんなさい。」
ちょっと無理があるような。
けど、引き下がってくれるようでよかった。セシカさんとしても素の口調なので下手な演技を強いられなくなって、ボロが出にくくなりそうだ。
「じゃあマノアがどこにいるかは知らない?」
「うん、どこかに出かけてはいるんだけど行先までは聞いてなかった。
お店は2、3日休むし、もしかしたら遠出してるのかも。流石にお休みが終わる前には帰ってくると思うけど。」
「そう。それなら最悪3日間この町に泊まりこみね…やっぱり一度帰っていいかしら?」
「島も遠くないし、一度帰るのも手だと思うわ。マノアから聞いたのだけど、貴女は以前男の人から嫌な目に遭わされたのよね?」
「ええ、出来る事なら金輪際男には近寄りたくないわ。
…マノアは、別だけど。」
……ん? 顔が赤い?
もしかしてティーサさん落ちてる? 先輩に陥落済み?
「……無理に会いに来なくても良いわ。マノアには私から伝えておく。」
「いえ、無理はしてないから大丈夫だけど…」
「あったことがあったことだから。
そう言えば私も男なんだけど、怖くないの?」
「貴方も男に見えないから大丈夫…その、もしかして顔のこと気にしてる? それなら悪かったわ…」
「どうかされたんですか? もしかして我々が何かしてしまいましたか?」
笑顔のはずのセシカさんから黒いオーラが出てるように見える…!?
どうやら恋敵認定してしまったらしい。彼女は臨戦態勢に入っていて、事情を知らないティーサさんもウィラさんも戸惑ってしまった。
この場を治められるのはウチしかいなさそうだ。
「とーにーかーくっ! ウチとマノカさんは先輩の場所を知らないから!
この後も予定があるから! それじゃあ!」
笑顔のセシカさんの手を引き、2人に手を振ってこの場を離れる。
ちょっと冷たい別れ方になってしまったけど、目に見えて険悪になるよりはましだと割り切ることにした。
「セシカ様、お加減はいかがでしょうか。」
ノックの後、力なく返事をすると扉が開いて1人のメイドさんが部屋に入ってきた。執事さんじゃないのは珍しい。
「リスリーさ…リスリー。」
その人は以前、僕がこのお屋敷で働いていた時にお世話になったリスリーさんだった。
一見怠惰に見えるけどその実色々なことを考えていて、仕事も出来るしこの広いお屋敷の内部を全て把握している凄い人だ。
セシカさんの前ではこんなに畏まってるんだ。意外だと思っちゃったけど当たり前か…
「ごめんなさい、まだ体が重いの…すごく暑いし…」
暑いのは僕がちょくちょくお部屋を動き回って汗をかき、そのままベッドにこもっているからだ。
おかげで熱がこもり、ちょうどいい具合に汗もかいている。もし布団をめくられても心配ないだろう。
「そうですか、では明日のパーティーは欠席ということで連絡しておきます。
仮に明日、熱が下がっていても万一ということもあります。明日も一日お休みください。」
「ええ、お願い…」
実を言うとこの体調不良の演技、半分は本当だ。
セシカさんの体は僕よりも体力が少なく、ちょっと動いただけですぐに汗をかいてしまう。
やや無理をして動いたというのもあり、実際に本物の倦怠感に苛まれているのだ。正直ちょっと辛い。
「それでは夕食をお持ちします。」
そう言うと彼女は、部屋を出て行く…と思っていたのだが。
実際はその逆。彼女は何故か僕のすぐ近くまで歩いて来た。
「えっと…どうしたの?」
騙しているという状況、運動による動悸で心臓が鳴りやまない。
今のやりとりの中で致命的なミスをしてしまったのだろうか。それとも普通の用事だろうか。
「ですが、その前に…相当汗をかいておられるようですね。
私が拭きますので、ベッドから出てお召し物をお脱ぎください。」
「!?」
脱っ…え…ええ!?
驚いて彼女を改めて見ると、手元に水が入った桶とタオルがあった。
「だ、大丈夫。後で自分で拭くから…その桶とタオルだけ置いて行って。」
女の人の前で脱ぐのは恥ずかしい。自分の体じゃなくてもそんな抵抗はある。
しかも今はセシカさんの体だ。脱いでしまったら彼女の裸を見てしまうことになるし、見ないと脱げないし…そんなことになったらセシカさんに合わせる顔が無い。
「ご遠慮は不要です。
今のお嬢様は病人でしょう。お身体を動かすのもお辛いはずです。」
そう言うと、彼女は桶を床に置いてタオルを絞り始めた。
「それくらいならできるから! それに、今は寒いから脱ぎたくないし…」
「おや、暑いのでは?」
そう言えばさっきそんなこと言ってた!
「あ、汗が冷えてきて!」
「それでは尚更拭かなければならないでしょう。」
そりゃそうだ!
なんとか避けたいけど仮病を使っているのに走って逃げるわけにはいかないし、もし逃げてもすぐに捕まるのがオチだ。
………もう、受け入れるしかないか。
だけどダメージは最小限に抑えよう。正攻法で行って、尚且つ被害を出来るだけ減らす。それしかないようだ。
「…分かったわ。」
腹を決めた僕は、服に手を掛ける。
セシカさん、ごめんなさい――と心の中で謝り、可能な限り心を無にした。
…既にトイレに行っていて、そこでいろいろ見てしまったことは棚に上げて。
不可抗力だったし…忘れたことにするのが一番なんじゃないかなって。




