七十七話 大変だった!?
「いらっしゃいませー!」
僕が帰って来て二日が経った。
一日休んだ上でレーサさんに貰っていた薬を服用し、溜まっていた疲れはバッチリとれた。
シーサイド七日ぶりの営業だ、気合も入るし接客にも力が入る。
…今日は最近頻度が減った接客を積極的に行っている。
無断で数日も休んだことを心配するお客さんは意外と多く、常連さんと呼べる人はほぼ来ている。今日来られなかった常連さんも後日来る気だとか。
驚いたのが、札を返そうと表に出たら既に数人の常連さんが並んでいたことだ。
その時温かい言葉を貰って泣きそうになった。本当に常連さんに支えられてばっかりだなって思えた。
だから、僕もそれに応えないと。
接客もサービスもしばらくはいつも以上に頑張るつもりだ。いつも頑張ってるけどね。
「本当に久しぶりだな。」
「ヒュースさん! お久しぶりです!」
ヒュースさんも開店前に並んでいた常連さんの一人だった。
朝は仕事だと言うことですぐに行ってしまったけど、また来てくれたらしい。
「休んでる間何があったんだ?」
「…やっぱり、何かあると思います?」
「そりゃそうだ、マノアを知ってる奴なら誰だって思うさ。」
皆分かってるんだなぁ…
当初の予定通りに事が進んでいれば、ウォンリー島から帰った翌日から仕事をし、それが終わってからウォンリーダイの料理の開発に取り組んでいたのだろう。
だから否定できない。無理に否定する意味も無いけど。
「実は、ですね…
お休みしている間は、なんと新メニューの開発をしていたんです!」
「嘘だな。」
「嘘じゃないです! メニュー表に書かれたウォンリーダイの文字が見えませんか!?」
「見えない訳じゃないが、それでわざわざマノアが休むか。」
「うっ…」
開店前、七日間の休みは新メニューの開発をしていたことにしようと思っていた。
セシカさんやフォリスと話し合い、ウォンリー島に行っていた話はあまり広めるものではないと判断したからだ。
例えば、僕みたいに例外となる可能性を考えて上陸するよからぬ男が出てくるかもしれない。
そうなればティーサさんやウィラさんをはじめとしたウォンリー島の住民や、僕を許してくれた代表のネティさんに迷惑をかけてしまう。
避けたい事態だ。だから大っぴらにするのは良くないと言うことで、島に行っていたことを隠すことにしたのだ。
「本当なんですよ…もし良ければ食べてみますか? サービスしますから。」
「…そういう事にしといてやるか。じゃあウォンリーダイの料理を頼む。安くしてくれよ?」
「はい、かしこまりました。」
一応ごまかされてくれたらしい。
見破られてるなら甘えるしかないか、と思い厨房に戻ろうとしたところでまた呼び止められる。
「…そういや、今日はフォリスをそんなに見てないな。何かあったのか?」
「いえ、特に何も。僕が接客の仕事を増やしたから相対的にフォリスの仕事が減っただけです。」
…それもあるけど、本当は少し違う。
今日のフォリスはどこかおかしい。
オーダーやテーブルを間違えたり、とって欲しい調味料を取り違えたり…普段ならしないようなミスを何度もしている。
調子が悪いのだろうか。心配させ過ぎてしまったのだろうか。
僕の失踪が良くない影響を与えてしまったのだろう。本人もすごく落ち込んでいて、今は休ませている。
忙しい時間帯になったら呼び戻すけど、その時までに調子を戻せるのだろうか。本人の為にも挽回の機会は与えたいけど。
ただ、それを言いふらす必要もない。フォリスはいつもすごく頑張ってくれてるし、名誉を無駄に傷つけるようなこともしたくない。確実に僕が原因だしね…
「そうか、ならいいんだが…お前も頑張りすぎるなよ?」
「…肝に銘じます。じゃあ失礼します。」
そう言って、僕は改めて厨房に戻った。
「……フォリス、貴女いつもこんなに大変だったのね…」
「セシカさんもね…」
閉店後に訪れたセシカ(フォリス)は、マノアにフォリス(セシカ)と2人きりで話したいと言ってリビングを借りていた。
マノアは店の掃除をしているので、彼に会話を聞かれる心配はないだろう。
「ウェイターだけでもあんなに大変だとは思わなかったわ…」
「セシカさんの勉強、平行世界の記憶を使っても付いて行けないんだけど…」
彼女達は、入れ替わって生活していることでそれぞれ苦労していた。
セシカは普段絶対にしない店の従業員を、フォリスは貴族しかしないはずの政治の勉強を行い、ぐったりしていた。
「特に貴女の真似、結構大変ね…」
「セシカさんはいつも自然体だからね。おもてなしするのってあんまり慣れてないんじゃない?」
「いえ、家でも来客の対応には相応の心構えを持ってるけど…それをフォリスとしてするのが大変なのよ。マノアと2人きりの時間もそんなに無いし。」
「なるほどね…」
貴族をもてなす時ほど畏まらず、なおかつ決してぞんざいではない。その線引きが彼女には難しかったらしい。ましてや他人の演技をしながら慣れない仕事をしているとなると、頭がパンクしてしまってオーダーやテーブルを間違えてしまうのも無理は無かった。
「フォリスは? と言っても、なんとなく察しがつくけど。」
「ウチは政治が本当に駄目だね。全く分からない訳じゃないんだけど、理解に凄く頭を使うし…こういう時はどうするんですか、って問題出されたらもう絶対答えられない。計算ならまだわかるけど。」
「計算得意なの?」
「これでも向こうの先輩にしごかれたからね…いざって時の為に経理も出来るようにしろってさ。だからある程度は出来るよ。」
「貴女、小学校に通ってないんでしょう? 凄いわ…」
フォリスは幼いころに両親を亡くした孤児だ。
それは以前の世界でも今回の世界でも変わっておらず、小学校に通えなかったのも同じだった。
それでも最低限のことは以前の世界でマノアに教わり、出来るようになった。計算の早さと質においてはこちらのマノアを凌ぐだろう。だから会計もスラスラ出来る。
…稀に以前の世界の価格を持ち出してしまうのが玉に瑕だが。
「あと社交界の勉強って言うのも難しいかも。ダンスとか本当に何行程あるの?」
「それは…同情するわ。」
セシカは幼いころから仕込まれているからともかく、付け焼刃すら無いフォリスには難題だ。
特に前に言ったでしょうと言われても彼女は生徒ではなく他人だ。講師はともかくフォリスからすれば理不尽極まる。
「まあ、そっちもなんとかなりかけてるけどね。」
「…貴女、もしかして結構化け物?」
「化け物は酷くない!?」
平行世界の記憶に十代の若さが加わり、並みの人間に比べればスペックは異常に高い。
一生分の膨大な知識と経験を持ったまま生まれたのだ。大抵のことは経験してる上に若者特有の頭の柔らかさで応用も利かせられる。
恩恵こそ目立たないが、充分にチートと言えるだろう。
「そうだった! それよりあのナイフの事なんだけど…」
早く元に戻りたい、と思うとすぐにナイフの調査結果を思い出した。
現在ノースランダー家ではセシカ(中身はフォリス)の要望で襲撃犯が持っていたナイフを調べている。今回フォリスはその結果を伝えに来たのだった。
「何か分かった?」
今日一日で入れ替わり生活の大変さを思い知り、早く戻りたいと思ったのか食いつくセシカ。
…中身がセシカのフォリス。非常に紛らわしい。
「やっぱりあのナイフが魔道具で、ウチ達の入れ替わりの原因みたい。」
「けど、あの時戻らなかったわ。」
「それは単なる魔力切れだったみたいだよ。」
「え…」
魔力切れは魔道具にもある。
電池切れみたいなもので、魔力を込め直せばまた使用が出来るようになるのだ。
「一回使うだけでかなりの魔力が無くなるみたいだし、効率がそんなに良くない魔法だから魔力を込めるのに何日かかかるって。」
「そう…」
すぐには戻れない、そう聞いて意気消沈するセシカ。
しかし、彼女は次の一言で元気を取り戻した。
「良かったね、これであと何日かはマノア先輩と寝れるよ。」
「! そうね!」
一瞬で目を輝かせ、完全に元気を取り戻したセシカを見てフォリスはこう思った。
(セシカさん、先輩の事になると単純になるなぁ…)
その後は二人で少し話した後にフォリスが帰り、セシカは彼女の願望通りマノアと一緒に眠った。
「すー…すー…」
「………」
しかし、以前セシカの家で寝た時のような緊張がマノアには全く無く、彼は普通に眠ってしまった。
セシカは腹を立てかけたが、現在自分の体がフォリスだということを思い出して落ち込み、早く戻りたいと切に願った。




