七十六話 遡った!?
好きだったWebラジオが終わると聞いて落ち込み気味です…つらみ。
「…もうちょっと頑張らないと、すぐバレますよ? セシカさん。」
手慣れた手つきで食材と調味料を取り、調理を行うセシカは少し離れた位置で見ているフォリスに話しかけた。
「…ええ、そうね。分かってる。」
「そもそも、本当に大丈夫なんですか?
仕事も大変だし、そもそもセシカさんが私になりきるなんて難しいですよ。」
「だけど、そのためにフォリスから色々教わった。この二日間ずっと。」
「執事さんの目まで盗んで、だよね。
さっきのはしょうがなかったかもしれないし、まだバレてはいなかったみたいですど…気を付けてください。
だって隠したいんですよね? フォリスとセシカさんが入れ替わってること。」
「ええ。」
コトリ、と鍋に蓋を置いてため息をつくセシカ。
その様は貴族のお嬢様とはかけ離れた姿だった。
事はセシカが来訪した二日前に遡る。
「じゃあ…マノアは、もう四日も帰っていないの?」
「はい、そうなんです…」
いつも通りシーサイドに来たセシカは、日付の確認を行った後閉店中の札を見てドアを叩き、フォリスを呼んだ。
そして彼女は原因不明のマノアの失踪を知る。
それを話すフォリスもどこか元気がなさそうだ。セシカと執事の気分は更に落ち込む。
「無事だと良いんですけど…」
「無事なら連絡の一つもしないと言うのは考えづらい…わよね。
…ノースランダー家でも捜査網を張って、マノアの行方を調べさせるわ。」
「…お願いします。」
そこまで大事にしなくても、と一瞬考えたフォリスだったが、マノアの失踪はノースランダー家…セシカと、その家族の一大事でもあるだろう。なんせ聞いた話ではマノアもかの一家の一員のようなものなのだから。
それに、フォリスにとってもマノアの安否は確かめたいと強く思っている。少なくとも自分一人で捜すよりはよっぽど見つかる可能性が高いだろう。考えれば考える程拒む理由は無くなっていった。
「! セシカさん!」
「――そこまでです。」
「え?」
執事の声が聞こえ、振り向いたセシカが見たのは男だった。
手にはナイフが握られており、執事の手が抑えていなければ今にも自分に振り下ろされそうだった。
「放せ、放せえぇぇぇ!!」
「そうはいきません。」
「がぁっ!!」
粛々と否定した執事は、掴んだ腕を起点に思い切り投げ飛ばす。
男はナイフを放し、そのまま意識を失った。
「…しばらく休んでまで修行した甲斐があったようね。」
「はい。もうあのような不覚をとる訳にはいきませんから。」
以前セシカとマノアが誘拐された際、執事は不意を突かれ盗賊に気絶させられていた。
彼は怪我から復調するとしばらく休みを取り、同じ過ちを繰り返さぬよう修行していたのだ。
その成果が今出た。執事は男の殺気を感じ取り、男が動くと同時に対応し主を守ったのだ。
「…この者は狩人ギルドに引き渡してきます。
他にお嬢様を狙う者はいないようですが、念のためお嬢様とフォリス様はお店の中でお待ちください。」
「は、はい!」
「分かったわ。」
執事以外に男を運べる者がおらず、安全も確保されているため彼は男を担いで狩人ギルドへ向かった。
「あ…このナイフ、証拠になるんじゃないの?」
「全く、彼のうっかりにも呆れたものね…」
…執事は、ナイフを忘れたのではない。
ナイフから嫌な…気配のようなものを感じ取り、手に取ることをためらったのだ。
それを2人に言わなかったことが、彼の失態だった。
「…え!?」
「何!?」
目の前に自分が居る。
2人はそんな奇妙な現象を同時に体感した。
次に、自身の視点がいつもと違うことに気付く。
「「……」」
嫌な予感がした2人は、自らの体を見下ろす。
すると、着た覚えがない服を着ていることに気付いた。しかし、見覚えが無いわけではない。
ついさっきまで見ていた服。
ついさっきまで、2人が着ていた服…
「………」
「………」
顔を見合わせる。自分の顔が目に映る。
異常な現象を体験した2人は、喉が痛むまで叫び声をあげた。
「……どうする? これ…」
いつもの敬語が消え、素の口調で話すセシカ…の姿となったフォリス。
心の余裕が無くなっている証だ。
「どうするもなにも…」
セシカにもそれを指摘する余裕は無かった。
あるのは今後の指針に関する思考。それ以外には何も見えていなった。
「とりあえず、元に戻る方法を考えましょう。」
「けど、さっきのナイフは駄目だったんだよね…」
明確な原因であるナイフは、もうその効果を発揮しなかった。再び2人でナイフに触れ直したが、元の体に戻ることは出来なかったのだ。
「一応、家の人に言ってこのナイフを調べてもらうけれど…それまでどうするかよね。」
「正直に言って体が変わったまま元の生活をする?」
「それが一番だけれど…信じてくれるかどうかも疑問よね。」
「だよねー…」
魔法も能力もある異世界でも、このような現象は起こらない。
転移魔法の実験で失敗し、似たような事象が発生したという話はあったが…それを聞いたのは遠い昔。セシカがそれを思い出すには圧倒的に余裕が無かった。
「…じゃあ、この体のまま、入れ替わって生活する?」
「そんなの…」
無理、と否定しようとしたセシカに電流が走った。
(フォリスとして生活したら…マノアと一緒に暮らせる…?)
セシカは、マノアがシーサイドに帰ってからというもの寂しさを感じていた。
ほぼ毎日話し相手になってくれていた好きな人が居なくなったのだ。会えなくなった訳ではないとはいえ、心に空いた穴は小さくなかった。
これはいわばチャンスだ、と考えるのに一秒も要さなかった。
「入れ替わって生活しましょう。」
「え!? セシカさん正気!?」
普段セシカとの会話では言動に気を遣っているフォリスが、不敬ともとれる発言をしてしまうほどの衝撃。
しかし、それでもセシカは止まらなかった。
「どうせ言っても信じてくれるかどうかは分からないし、お互い変に気を遣わせそうだから。あくまで自然を装ってナイフの解析が終わるまで待つのが一番。」
「セシカさんウチのフリとか出来る!? ウチもセシカさんのフリなんて出来ないんだけど!?」
「それはこれからお互いに教えていけばいいのよ。マノアが帰ってくる前に、なんとしても………」
「…セシカさん?」
セシカは気付いた。
入れ替わって生活しても、マノアはまだ帰ってきていない。入れ替わろうがそうでなかろうが、結局彼の帰りは待つしかないのだ。
(…大丈夫、マノアならきっと帰ってくる…!)
執事に言ってマノアの捜索隊を手配してもらえば、絶対に見つけてくれる。
彼はきっと無事だ。黒い炎だってある。信じなければ。
「なんとしても、お互いのフリが出来るようにする。
マノアは、絶対に帰ってくるから。」
自分に言い聞かせながら、言葉を続ける。
「…分かった。
ウチもある程度セシカさんのフリは出来るつもりだけど、不自然なところがあったら教えてね。」
「分かったわ。」
決意を強く持ち、彼女は誓った。
(絶対に、マノアと暮らす…!)
…少し残念な誓いを、強く掲げた。




