七十四話 呼ばれました!
男が捕まった後、僕はティーサさんと仲直りした。
仲違い(と言って良いのか分からないけど)の原因が原因なだけに、ちょっと距離は開いてしまったけど…それでも、島から出るまでは泊ってもいいと許可を貰えた。
どの道満席で宿はとれないのでご厚意に甘え、一夜が過ぎた後。
「ティーサさん、ここが?」
「ええ。ここで一番偉い人の家。」
僕は島の代表者に呼び出されていた。
大きなお屋敷だ。流石に貴族のセシカさんの家程ではないけど、僕の町には無いほど広い家だ。
呼ばれた理由はまだわからない。今朝いきなり代表者の使いを名乗る人が来て、僕とティーサさんに代表の家に来てほしいとだけ言って帰って行ったから。
それにしたって案内してくれる人くらいいるんじゃないかと思ったけど、その必要は無かった。
「ついでに私の実家ね、もう来たくなかったんだけど。」
何故ならティーサさんがその代表者の娘だったからだ。
聞いた時は驚いたけど、それを話しているときの彼女はつまらなそうというか、嫌そうと言うか…とにかく良い表情ではなかった。
幼少期、代表者の娘なんだからとお固く育てられてきたことが思い出したくない程嫌だったらしい。聞くからに大変そうだった。
僕も昔両親に接客を教えてもらった時は厳しかったけど、流石に粗を出したらぶたれる程じゃなかった。
「どうして呼ばれたんでしょうか…」
「大体の想像はつくわ、行きましょう。」
「は、はい!」
返事をしてお屋敷に入るティーサさんに付いて行く。
庭に入り、扉を開けて玄関に入ると一人の女性が出迎えた。
「いつもの部屋?」
「はい。」
慣れが入ったやり取り。疑っていた訳じゃないけど、やはり彼女はこの家の人だと思わせる。
「そちらの方も来るようにと。」
「そう。行くわよ、マノア。」
「はい。」
とりあえずこのままティーサさんに付いて行けばいい事だけは分かった。
悪い予感から遠ざかるよう、出来るだけ何も考えないようにしてティーサさんの背中を追う。
やがて彼女は一つの扉の前で止まり、その扉を無遠慮に開ける。
部屋は独特の匂いがした。
匂いと言っても悪いものではなく、どこか落ち着く良い匂いだ。床には草を編み込んだ…確かニンジャの里で使われているというタタミと言ったか、それが敷き詰められている。匂いの元はそれだろう。
そこに座っていたのは50代くらいの女性だった。独特の貫禄があり、この人が島の代表…つまり、ティーサさんの親であることがなんとなく分かった。状況的にも間違いないだろう。
「ようこそ、娘の恩人のマノアさん。それと、バカ娘。」
ば、バカ娘…
「相変わらずね、もうしばらく会ってないのに会って早々バカ呼ばわりなんて。
お久しぶり、お母様。」
「……相変わらずは貴女もじゃない。」
……形は歪だけど、親子って感じはする。純粋に羨ましがれないけど。
「まあ、今そんなことはどうでも良いわ。とりあえずお二人とも、座りなさい。」
ティーサさんはズカズカと部屋に踏み入り、代表者の正面に座る。僕もそれに付いて行き隣に座った。
「まずは自己紹介を。私はネティ、この島の代表です。
…マノアさん、貴方が男性であることは存じています。」
「!」
キッ、と睨まれるような視線を受けて背筋が伸びる。
「何故、男性である貴方がここにいるのですか?」
「……」
ネティさんとティーサさんの視線が僕に集まる。
…ティーサさんは今に至るまで、僕の性別についての話には触れようとはしなかった。避けてすらいた節があったくらいだ。
だから当然、彼女も僕がここに来た経緯なんて知らない。
「…僕がここに来てしまったのは、ここが女性しか入れない島だということを知らなかったからなんです。」
「知らなかった?」
「はい。浅はかだったとしか言いようがありませんが…僕は下調べも何もせずに、その時の思いつきで行こうと思って来てしまったんです。」
正直に話した。
顔のせいで検問を通過してしまった事、この島に来た後で島の掟を知った事、その後ティーサさんの家で居候させてもらった事を。
レーサさんやウィラさんの事は一応伏せておいた。僕が罪に問われるとしたら2人も巻き沿いになりかねないからだ。
「事情は把握しました。
貴方の罪の事についてですが…」
やっぱり。
僕は罪に問われて処罰されてしまうのか。
いや、どうせ逃げちゃダメなことだったんだ。覚悟を決めよう、悪いのは僕だし。
一応、この時に対する心構えもしてはいた。後は受け入れるだけだ。
…もちろん怖いし今すぐ逃げたいけど。
「…悪意は感じられず、こちら側の不備もありました。
娘の事もありますし、今回だけは多めに見ましょう。貴方の人間性も分かった事ですしね。」
信じられなかった。
けどそれも最初だけで、徐々に実感が染みわたる。
「本当? 母上。」
「二言はありません。
しかし、もちろん次はきっちり処罰の対象になってもらいます。検問も厳しくしますから、忍び込めるとは思わないように。他言も許しませんからね。」
「は、はい!」
よ、良かった…考えられる限り最高の結果と言えるだろう。
誰にも知られることなく、何の許しも得ずに帰っていたらきっと今回の件は一生引きずることになっていただろう。
「早く行きなさい、もうすぐ船が出ます。それに乗り遅れたら今度こそ処罰ですよ。」
「えっ!? は、はい! ありがとうございました!」
僕は慌てて立ち上がる。
荷物は昨日のうちにまとめておいたからあとはそれを取って船に乗るだけだ。
「マノア、落ち着いて。私も行かなきゃ家に入れないでしょう?」
「あ、そうでした…」
ただしティーサさんの家に。
船の時間もあるため、僕たちはあわただしくお屋敷を後にした。
「お別れ、ですね。」
帰り支度も終わり、帰宅者で溢れた港を前にする。
とうとうこの島を去る時が来てしまった。この島が男子禁制だと知った時はこの瞬間を待ってたけど、今となっては辛い。
この島にはもう戻れない。つまり、ティーサさんとウィラさんにはもう会えないからだ。
「そうですね…ひとまずは。」
「こっちから会いに行けば良いだけじゃない。それに、手紙とかでいくらでもやり取りは出来るでしょう?」
「…そうですね。」
この場にはティーサさんだけでなくウィラさんも居る。
昨日侵入者が捕まったので封鎖が解けて僕が帰ろうとするということを読んで待っていたらしい。
「……え? 来るんですか? 僕の店に?」
「嫌…って訳じゃなさそうね。なら良かったわ。
お店もそこの可愛らしい店員さんも見てみたいから。」
「ああ、もう一人の従業員の方ですか。私も見てみたいですね。」
「フォリスのことですね。
…えっと、店員にはお触り厳禁ですよ?」
「……その揶揄い方は嫌い。」
「すみません。」
フォリスか…
…随分長く開けちゃったな、常連さん達も心配してるかな?
「おーい! マノアー!」
遠くからの呼び声はレーサさんからのものだった。
きっと彼女も封鎖が解けた知らせを聞いて駆けつけてくれたのだろう。
「レーサさん! もしかして、レーサさんも船に?」
「いや、オレはまだ帰らない。
狩人がまだ来てないのは確かだしな。しばらくここで仕事しなきゃならない。」
「そうでしたか、早く何とかなると良いですね。」
「おう、終わったらお前のトコで目一杯食わせてもらうからな。今のオレ程じゃないかもしれないが、忙しくさせてやるぞ!」
「あはは…その時は思う存分食べて行ってください。」
「おう!
っと、そろそろ乗った方が良いぞ。」
さっきまで溢れるほどいた乗船者と思われる人だかりはもう少なくなっている。出発は間近なのだろう。
「あ、そうですね。
では皆さん、さようなら!」
「おう! またな!!」
「また会いましょう!」
「ひとまずは、さようなら。」
こうして、僕は数日間滞在していたウォンリー島を後にした。
皆には心配かけちゃっただろうし、早く帰って無事を伝えよう。
帰ったらまたお店を頑張らないと。
そんなことを考えながら、僕は船に揺られていた。




