七十話 全力で謝りました!
「早く終わりすぎてしまったわね…」
帰って来てからはティーサさんがいつもの家事を手伝ってくれた。
家事が居候の条件なだけに家主に手伝ってもらうことには抵抗があったけど、ティーサさんに押し切られて結局手伝ってもらってしまった。けど、おかげで昨日手抜き気味になっていたところもしっかり掃除が出来たから良かった。
しかし掃除が早く終わってしまったためやる事も無い。
夕食もウィラさんが来てから作るしね。
「仕事は早く終わるに越したことはありませんよ。
お疲れ様でした。お茶でも飲んで一息入れませんか?」
そのウィラさんが来るまでにはまだ時間がある。
お茶を飲みながら少し話をするくらいで程よく時間が潰せるだろうと踏んだ僕は、既にお茶を淹れていた。
「そうね、じゃあ頂戴。」
彼女は目の前に置かれたカップを取り、優雅に飲み始めた。
僕も自分用になりかけているカップにお茶を淹れ、椅子に座る。
「ありがと、いつも通り美味しい。流石は家のメイドね。」
「め、メイドは止めてください…」
とっても長かった女装期間を思い出すので…!
「あら? メイドは嫌?
でも、今やってる仕事ってほとんどメイドみたいなものじゃない。」
「いえ、その…僕はまだまだ彼女達程の腕はありませんから。もっと精進しないと。」
「来た時にプロの視点とか言ってたくせに?」
「プロはプロでも下の下ですよ。彼女達は僕なんかよりもっとすごいです。」
数か月に及ぶメイドの仕事をこなしたけど、やはり年単位で働く彼女達には僕の技量は及ばなかった。
それと同列に扱われるのは気が引けて仕方がない。
「まるで本当に見て来たみたいね…」
「言ってませんでしたか? 僕、メイドとして働いてた時期があったんですよ。」
「プロとは言ってたけど、メイドとは言ってなかったわ。
それにしても貴女、メイドだったんだ…へぇ…」
…なんだか怪しい目つきだ。
「どうしたんですか?」
「貴女のメイド服、見てみたいなって。」
「……お、面白い物でもありませんよ? 僕がメイド服なんか着ても…」
もう着たくないので勘弁してほしい。
いや、正確に言えばは着るのはもう慣れてるけどティーサさんやフォリスみたいな知り合いに見られたくない。セシカさんやお屋敷の人に関しては今更だけど。
「お邪魔します、マノアさ…おや? 今日はティーサ様も居るのですか?」
そこでウィラさんが入ってきた。
いつもはちゃんとノックしてから入るのに…あ、僕たちが気付かなかっただけか。
「何? 私が居ちゃダメなの?」
「いえ、そう言う訳ではないのですが…珍しいと思いまして。
…何か話されていたようでしたが、どうされたんですか?」
「さっきマノアがメイドをやってたという話をしていたの。
ウィラ。マノアのメイド服、見たくない?」
「それは是非とも! 可愛らしい服を着る可愛らしい女性なんて素晴らしいに決まっています!
それで、いつ着られるんですか?」
「き、着ませんからね!?」
「そうですか…」
そんなに残念そうな顔をされても駄目なものは駄目だ。
「…じゃあ、約束。
この封鎖が解けたら、私もこの島を出て貴女の家に行くわ。
そうね、一、二泊するのも悪くないかも。その時に見せて。」
「あっ、それなら私も見たいです! もちろん付いて行きます!」
「そんな約束しませんからね!?」
メイド服を着たくないというのもあるけど、そこまで付いて来られたら流石に僕の正体がバレる。フォリスや常連さんを通じて。
だから、ティーサさんとウィラさんとは封鎖が解けるまでの付き合い。島を出たらもう二度と会うことはないだろう。
……けど、それなら。
それなら、もうちょっとだけ。もうちょっとだけ封鎖が長引いてしまっても――
――駄目だ。
それじゃシーサイドを捨てることになる。フォリスともセシカさんとも常連さんとも会えない。
早く封鎖を解いて、お店に戻らなきゃ。
その為には何としても侵入者を捕まえなきゃならない。非情になってでも、やり遂げなきゃならない。
僕は2人と話しながら、決意を新たにした。
「ところで…昨日言っていたアレ、本当に買ってきたのですか?」
三人での夕食を終えると、ウィラさんがおずおずと尋ねる。性転換薬のことだろう。
「…ええ。」
それに対してティーサさんは目を逸らし、短くそう返した。僕もなんだか気恥しくなってカップを口に運んで目を閉じる。
「こ、これは失礼しました! 私、どう考えてもお邪魔ですよね!
私はいささか用事を思い出してしまったので! それでは!」
するとウィラさんは席を立ち、急いで部屋から出て行った。
やがて玄関のドアも忙しなく開けられ、閉められる音が聞こえた。
「どうしたんでしょう…?」
「貴女って人は本当に…まあいいわ。
マノア。明日は仕事、休みにして良いから。」
「え? どうしてですか?」
「…はぁ。とにかく、私はもう寝るから貴女も寝なさい。」
「は、はい…?」
何故かティーサさんも席を立ち、部屋から出ようとしている。いつもならここからしばらく2人で話をするのに。
でも、性転換薬を使うチャンスだ。
性転換薬は服用した直後は意識を失ってしまう。
だから日中は飲めないけど、夜なら布団の中にさえ入ってしまえば気絶していても眠っていると思われるだけ。心おきなく薬を使えると言う訳だ。
片付けを済ませ、部屋に戻った僕は薬を取り出す。
「…あれ?」
取り出そうとした。
けど、買ってすぐにバッグに入れたはずの性転換薬が見つからない。
バッグの物を全て取り出しても、その中に探し物は無かった。
「無い!?」
既にバッグから出してどこかに置いた、なんてことは無いはずだ。どこかに落としてしまったのだろうか。
いや、そんなまさか。けど本当に見つからないし…
…明日買い直そう。
今回の分のお金はもったいないけど、それは僕の過失が原因だし。しょうがない。
必要経費だと思って観念しよう。ティーサさんがまた付いて来てくれるといいな…いや、今度こそレーサさんにお願いしようかな…
………
…今日はもう寝よう。なんだか分からないけど明日は何もしなくて良いみたいだし。
なんにしても明日になってからかな。明日レーサさんが居るとは限らないんだから。
「ん…んん…?」
誰かが居る。
そんな曖昧で少し不快な感覚がして僕は目を覚ました。
「あら? 起こしちゃった?」
「ティーサさ…?」
聞えたのはティーサさんの声…のはずだった。
けど、その割には声が低い気がする。漂う気配のようなものも普段より圧迫感が増しているような気がした。
…圧迫感の正体が分かった。気配と言うか間近にある熱源から微弱な熱が放出されているのが肌で感じ取れる。どうしてそうなってるのかは分からないけどきっと僕の上にいるのだろう。
……どうしてこうなってるんだろう。
それも気になるけど、一番奇妙に感じていることは女の子に覆い被されている状況だと言うのにドキドキするどころか身の危険を感じていることだ。
彼女は何かをしようとしている。それも、物凄く良くないことを。
恐る恐る目を開く。
「おはよう、マノア。」
カーテンから差す微弱な光により部屋は完全な暗闇ではなかった。よって彼女の顔も見える。
…はずだった。
「ティーサ、さん?」
違う。
少し似てる気がしないでもないけど、この人は男だ。
もしかして侵入者…でも、なんでこんなところで?
「分かってくれるのね…嬉しい。」
「分かってくれる?」
…そうか、そうじゃない。
「…ティーサさん、どうして僕の薬を使ったんですか?」
この人はティーサさん本人だ。
無くしたと思ってた性転換薬はティーサさんが持ち出して使ってたんだ。
「どうしてって…貴女がしようとしていたことをするためよ。」
「僕が?」
僕がしようとしてたことって……女の子になって、男だってバレないように…なんて言うか、安全確保?
けど、ティーサさんがそんなことをする必要なんてない。むしろ女の子なんだから男になっちゃまずい訳で…?
もしかしてティーサさん元々男だったってこと? でも、だとしたら女の子になった今の方が男っぽいし…???
「………嘘みたい。あんなものを買って、その意味が分かってないだなんて。
マノア、この島がどういう島か分かってないの?」
「どういう島って…女性しかいない島?」
他に答えが見つからない。けどどうやら正解だったらしく、彼は我が意を得たりと言わんばかりの表情で頷いた。
「そう。ここは女だけの島。
元々は昔集落やら村やらから追い出された女性達が集まってこの島に移住したらしいけど…数年前からそう言うことがめっきり減ってるのよね。
そうなれば当然この島の人口は減っていく。だって男が居ないんだもの。女の子同士で子孫なんて残せるわけじゃないし、かといって男をこの島に入れるのは認められなかった。
そこで、提案されたのが島民の一時的な性転換。」
「…!?」
この時、ようやく理解できた。
何故この島に性転換薬が売られているのか。
性転換薬を購入する時、何故2人で行かなければいけないのか。
そして、その意味を知って猛烈に恥ずかしさが湧き上がってきた。だから2人はあんな反応をしてたんだ…
「片方が性別を変えて、行為を行う。その後もう一度性別を変え、男になってた方が女性に戻る。
これなら男を島に入れないし、人口問題も解消できると言う訳。この島では女性同士の恋愛も珍しくはなかったから、ちょうどよかったのかも。」
「詰まるところ、性転換薬は―――」
「島の外には避妊薬って言うのがあるらしいけど、その真逆の薬って訳ね。」
―――行為をするための薬。
「うわああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
「な、何? どうしたのマノア?」
「ごめんなさいごめんなさい! 僕別にそう言う訳じゃなかったって言うかえっとその本当にごめんなさい! 変な誤解をさせてしまって本当にごめんなさい!」
「え……」
僕が叫んだ時に飛びのいたティーサさんに何度も何度も頭を下げ続ける。
途中から自分でも何を言ってるのかわからなくなってきたけど、申し訳ない気持ちでいっぱいになった頭ではとにかく謝ることしかできなかった。




