六十五話 引っかかりました!
今年最後の更新です。
就寝前、まどろみが訪れる前の時間。
フリーになったティーサの頭はひとりでに動き始めた。
「……」
彼女の料理はとても美味しかった。
レストランをしているというのも納得の味だ。その店が繁盛していることは容易に想像できる。
家事が出来るだけでなく、彼女本人も可愛らしい。どの一点を見てもとても魅力的な女性だと思う。
「…はぁ…」
今日の私はおかしい。
私は男が嫌いだ。
どいつもこいつも私に不快な視線を浴びせてくる。気持ち悪い顔で近付いて来る。思い出しただけで悪寒に襲われる。
私は女が嫌いだ。
皆誰にも彼にも八方美人で、そのくせ内側に黒い物を秘めている。
端から見れば笑顔で会話しているように見えるけど、本当は牽制のし合い、内内では熾烈な争いを繰り広げている。
そんなところに入り込みたくない。
…人が嫌いだ。あんなのと一緒に居るくらいなら一人で居たい。
そう思っているはずなのに。
いくら可愛いからって。いくら泊まる場所が無くて困っているからって。
…どうして、私は彼女を自分の家に泊めてしまったのだろう。
……どうして、彼女の裏が見えないのだろう。
何かの秘め事があるのは確かだ。時々表情が曇るのはそれが原因に違いない。
けど、彼女の言葉は温かくて。
彼女と一緒に居るだけで、安心できて。
「………」
このまま港の封鎖が解けなければ、私はずっと彼女と一緒に暮らすのだろうか。
それは嬉しい事なのだろうか。
それとも、嫌な事なのだろうか。
………結論は出ない。
嬉しい一方で、その嬉しさを拒む感情がある。
邪魔だけど取り払えない感情が。
よく分からないけど、捨ててはならない感情が。
この感情は何なのだろうか。
……………………………
…………
…もう、寝よう。
考えるだけ無駄そうだから。
きっと、私が拒めば彼女は出て行くだろう。
きっと、私が受け入れれば彼女は留まるだろう。
少なくともこの島から出て行くまでは。
彼女をどうするか、決めるのは心境に変化があった時で良い。
ああ、でも。
もし、この家にずっと住みたいと言われたなら――
―――その時の私は、何を思うのだろう?
「お出かけ?」
「はい、ちょっと用事があって。
…駄目でしょうか?」
洗い物の手を止めぬまま優雅に食後の茶をすするティーサさんと話す。
内容は外出の申告。世間話をしている最中に宿が決まったらレーサさんに話すという約束を思い出したのだ。
「別に家事さえしてくれれば後は好きにしてくれてて良いから。わざわざ私に言う必要無いわよ?」
「もしかしたら入れ違いになって、ここに入れなくなるかもしれないじゃないですか。
そしたら頼まれてた家事すらできなくなるかもしれませんし…」
「それもそうね。
じゃあ、この家の予備の鍵を渡しておくわ。無くしたらとっても恐ろしいお仕置きをしてあげるから覚悟して。」
「な、無くしませんよ!?」
お仕置きってどんなことされるんだろう。
まあ、無くさなければ関係無い話だし…鍵の管理さえしっかりしておけば無縁の話だろう。
「あ、そうそう。それと、一つ忠告しておくけど。」
「忠告?」
なんだろう?
危ない人に付いて行っちゃいけませんよとか?
過保護だぁ、なんて軽く考えていた僕の思考は次の言葉で停止した。
「出歩く時は気を付けて。
なんでも、この島に男が入ったらしいから。」
「………え?」
……僕じゃないよね?
そう言い聞かせるのはもう何度目だろう。今でもティーサさんの忠告が頭から離れなかった。
男が入った。
ここは男子禁制の島。本来ならこの島に男は存在してはいけない。今に限り僕という例外が居るけど。
それを聞いた時、思考が止まって血の気が引いた。
けど、その後なんとか持ち直して家事に戻れた。
…動揺のあまり普段ならあり得ないミスを多発してしまったけど、ティーサさんはすぐに家を出たのでそれを知る由は無い。とはいえ反省しなきゃなぁ…お皿でも割ったら大変だ。
「すみません。現在港は封鎖中で、入港、出航は禁止されております。」
「あちゃー、まだ駄目だったか…」
観光客と思わしき人が警備員に止められてすごすごと港を去っていく。
この通り、この島唯一の港では出航はおろか入港すらできない。
ちょっとだけ期待して来た訳だけど…やっぱり駄目か。
早く狩人ギルドに行って、泊る場所が決まったことをレーサさんに伝えなきゃ。
「あ! そこの貴女ももしかして出航希望者ですか?
すみません、現在封鎖中で。」
「聞こえてたので大丈夫です、ありがとうございます。」
それだけ言うとそそくさとその場を後にする。
男だとバレないようにするには接触を少なくすればいい。
下手に長く会話しているとボロを出してしまう可能性が高いからだ。
あとは見た目のおかげで何とかなるだろう。
見た目のせいで。
「……はぁ…」
いっそのこと女の子として生まれてくれば良かったのかな…とかそんなことを考えながら狩人ギルドへ向かった。
頭の中が無駄に重々しくなったけど、ギルドに辿り着くまでには立ち直ることが出来た。
当然ながら狩人ギルドの中には女性しかいなかった。
狩人ギルドなんて滅多に来ない僕にはあまりわからないけど、日常的に通う人にとっては違和感を感じるだろう。
実際、この島以外ではあり得ない光景だ。ギルドの中に男が一人も居ないだなんて。
狩人の大半は男性。もちろん男性の職員だってどのギルドにも居る。
…この島を除けば。
「お、ちょうどいいタイミングだなマノア。
宿は見つかったのか?」
「レーサさん!」
居ないことを覚悟していたものの、運が良い事に本人が居たので彼女と話をする。
「実は、泊まる場所は見つかったんですが、ちょっとだけ問題がありまして…」
「…場所を変えるか。」
何かを察したレーサさんと共にギルドを出て、少し移動する。
人気が少ない場所に入ると、レーサさんは人影が無い事を確認して改めて僕と向き合った。
「それで、問題って言うのはなんだ?」
「問題…というのは、僕が泊ってる場所です。
僕が泊っているのは宿屋ではなく、この島の住人の家なんです。」
「は…!?
正気かマノア!? なんでそんなリスクを背負ってまで!?」
「あの後宿屋を回ったんですが、どこも満室だったんです。
それで、野宿して魔物や獣に襲われるよりかは良いかと思って…」
「それにしたって…! はぁ…そうか。」
言いたいことを飲み込み、無理に納得させたような様子だ。
言いたかったことは分からないでもない。けど、大事なのは男の安全性より命の安全性。男であることを隠す為に死んでしまっては元も子もない。
それに、ティーサさんにはいくつもの恩がある。
同居するというのは恩を返すには最適な機会だ。この島を出てしまえば僕はもう戻ってこないし、彼女もまた島を発つとは限らない。
もし島を発っても僕と会える可能性は低いだろう。だから、恩を返すには今しかないのだ。
「仕方ない事みたいだからあんまり言いたくはないけどよ…それでも一言言わせてくれ。」
「はい。」
「…危機感だけは持っておけよ。
マノア、この島が封鎖された理由って知ってるか?」
「いえ、知りません。
どうしてなんですか?」
「この島に男が出たって話が出てきたからだ。」
「……!」
そうだったんだ…
「マノア、その男って言うのはもしかしたら…」
「…いえ、僕ではないと思います。
自分で言うのもなんですけど、よほどのことが無い限り僕が疑われることは無いと思いますし…
それに、レーサさんと会うまでは僕が男だということは一言も口にしてません。周りがそれを察した様子もありませんでした。
それなのにレーサさんと会った時には既に封鎖されていたことを考えれば、恐らく別人かと。」
「おいおい、ちょっと待てよ。
それじゃあ、この島にお前以外の男が入り込んでるってことか?」
「………まあ、可能性の話ですけどね。
僕の希望的観測というのも捨てがたいです。」
理屈は通ってるように見えるし、今レーサさんに話した内容事実に相違はない。
しかし、こうであったらいいな、なんて気持ちが創り出した仮説であることも否定しきれない。本当はどこかでバレていた可能性というのも念頭に入れておくべきだろう。
初日に街を歩いていた時、妙に視線を集めていた理由も分からないしね…
「…それはそれで調べる必要がありそうだな。
けど、お前は何もするなよ。それはこの島の問題なんだからな。
マノアは目立たないことを最優先に行動しろ。良いな?」
「………」
レーサさんの言っていることは正しい。けど、僕の心はその言葉に反発していた。
知らなかったこととはいえ、罪悪感が無いわけではない。侵入してはならないこの島に足を踏み入れてしまったことを。
間違いなく僕もこの島における問題の一つだ。ならせめて、罪滅ぼしになるかは分からないけど少しでも貢献したいと思っている。
…けど、僕がどうやって?
その人は絶対にここが女性だけの島だと知ってて侵入している。
知らなくても船に乗る時にそれを知るはずだ。
それでも侵入した。
男性の目撃例という話から、きっと僕のように見た目が女性に見えると言う訳ではないのだろう。
そんな恐ろしい人を、僕がどうやって…
……思いつかなかった。
結局のところ、レーサさんの言葉通りにするしかないのだ。
その人とは関わらないようにして、僕は目立たぬよう、男だとバレないように行動する。
それが最善の手だ。どう考えてもそれ以上の手は……
「……分かりました。」
「そうか、分かってくれたなら良い。
気を付けろよ。気を緩めた時ってのは意外とポロッと喋っちまうもんだからさ。」
「はい、忠告ありがとうございます。」
心の引っかかりから目を背け、僕はレーサさんと別れた。




