六十四話 確保しました!
年末忙しすぎません?
「ここもダメみたいですね…」
肩を落としながら三軒目の宿を出て行く。
……勝てない。宿は目前なのに到達出来ない。どこも満室で泊まれない。
港が封鎖された影響だろう。帰れなくなった観光客が宿に押し寄せているのだ。
「ウォンリーダイのこともあるけど、この島には女性しかいないから男の目を気にする必要が無いということで女性には人気の観光スポットらしいわ。
その観光客が全員帰れなくなったら、この街の宿屋が全部満室になってもおかしくないかも。」
「なるほど、それで今の状況ですか…」
そうでもなければ何軒もある宿屋が全て満室になることはないだろう。
だったら引きこもり作戦の実行は絶望的…いっそ近くの森で野宿でもしようか。
…魔物に襲われでもしたらそれこそ危ない。却下だ。
「ねえ、もし良ければだけど…私の家に泊まる?」
少しだけ、なんとなくだけどそう言ってくれるのではないかと思っていたのでそう驚きはしなかった。
しかし、それに対する返答は決まっていなかった。そんなこととんでもない、と止める自分と泊めてもらった方が良いのでは、と厚かましく厚意に甘えようとする自分が居る。
現在はこの提案を断ってしまえば打つ手が無くなるので厚意に甘える僕の方が優勢だ。
でも、恩ばかり貰い続けるのは気が引ける。いや、良くない。そんな考えがあるからこそなんとか均衡を保てている。
「………」
「何を悩んでるの?」
「だって、ここに来てからティーサさんにお世話になりっぱなしじゃないですか。
それなのにお家まで厄介になるなんて…」
「私が良いって言ってるんだから、そんな事気にしなくていいの。」
「そうは言っても…」
「強情ね。そんなに気になるなら…確か貴方、料理人って言ってなかった?」
「はい、現役の料理人です。」
「それなら泊ってる間料理してくれない?
貴女の料理、一度食べてみたいわ。食材は家にあるのを使っても良いから。」
なるほど、そうやって釣り合いを取れると…
…取れてる? 釣り合い。もうちょっとなにかした方が良いよね?
「ついでに掃除とかもどうですか?」
「失礼ね、私の家はそんなに汚れてないわ。」
「す、すみません…」
今の提案は良くなかった。反省。
「でも、一応頼もうかしら。何日居る?」
「港が封鎖されてるらしいので、封鎖が解けるまでですかね…もしくは、宿に空きが出来た時とか。」
「それって結局港の封鎖が解ける時じゃない? 理由が理由だし。
そう言うことなら明日から頼むわ。毎日とは言わないから。」
「いえ、掃除は毎日しないと。明日からお任せください。」
「…じゃあ、頼むわ。
それならお洗濯もお願いしようかしら?」
「そ、それは止めておきます…僕の分は自分でやるので。」
……一応、僕は家事全般行うことは出来る。
でも、流石に洗濯は…僕の下着も見られちゃまずいし。普通に男物だから…
「…妙な反応ね。ひょっとして、何か隠してる?」
「な、何かと言いますと?
僕は単に、その…下着も所謂、パーソナルスペース的な…侵してはならない領域なのではないかと考えてるんですよ、例え同性でも。ただそれだけです。」
「随分と変わった考え方ね…」
言い訳にしても苦しいだろうか。
「ま、形はどうあれ私の事を尊重してくれてるみたいだから別に良いけど。」
危なかった、深く追求されてたら逃げきれなかったかもしれない。
「この条件でいいかしら? あ、貴女には空いてる部屋を使ってもらうから荷物はそこに置いて。ちょっと片付いてないかもしれないけど勘弁してね。」
「はい、ありがとうございます。」
こちらにもある程度のプライベートは確保させてくれるらしい。非常にありがたい。
…良い人だ。おかげでますます隠し事への罪悪感が高まっていく。でも、打ち明けたら終わりだからなぁ…
「何を落ち込んでるの?」
「い、いえ! なんか、本当に良いのかなって!」
つい気を緩めてしまった。顔に出てしまったらしい。
「まあ、こっちもそれなりの対価を頂くつもりだから…よろしく、マノアちゃん。」
「こちらこそ、お世話になります。」
罪悪感は残るけど、とにかく泊まる場所は確保できた。
家事を言い訳にすれば引きこもることも出来るだろう。思った以上に完璧な作戦だ。
……同じ家にこの島の住人が居ることを除けば。
僕が男だとバレないようにしながら、ティーサさんと暮らしていく―――
―――言うほど悲観することでもないか。よっぽどの事さえなければバレないだろうし。
…この顔のせいで。
「ちょっと、今度は何? なんでまたそんな顔してるの?」
「…気にしないでください。」
「立派なお家ですね…」
「立派? 普通で小さな寂しい一軒家じゃない。無理におだてなくても良いわ。」
「自分の家とは言え卑下しすぎでは…?」
何か不満でもあるのだろうか。
家主からの評価は低いけど、彼女の家はごく普通の一軒家だった。
「あ、そう言えばティーサさんはご家族で住んでるんですか?」
「いえ、一人暮らし。言ったじゃない、寂しい家って。」
「そ、そうでしたね…」
ティーサさん、もしかして意外と寂しがり屋さん?
いや、そうじゃなくてご家族になにか―――
「言っておくけど、両親は生きてるわ。単に私が家出してこの家を借りてるだけ。」
借家だった。家主じゃないじゃん。
それなら住まわせてもらってるだけ文句言う筋合いはないと思うんだけど。
「安いだけが取り柄の狭い家だけど、一人増えるくらいなら大丈夫だから。さ、入って入って。」
最早謙遜どころではない、酷い言い様だ。ボッタくられてるわけでもないのに。
「へぇ~…良い家じゃないですか。ちょっと甘いところがあるとはいえ、手入れも行き届いてますし…」
「私の手入れが甘いって?」
「はっ!
す、すみません。ちょっと前まで掃除の仕事してたので、プロの視点で見てしまって…一般家庭レベルでは充分以上かと!」
「そこまで言うなら明日以降のお掃除は期待できそうね。
けど、ミスがあったら覚悟して頂戴。」
「はい、それはもちろんです。」
「…臆さないところを見るに、流石はプロね。」
言われずともそんなミスなんてしない。
飲食店のオーナーとして、元メイドとして…
…元メイドとして……
「どうしたの?」
「いえ…なんでもないです。」
執事になりたかったんだけどなぁ…
アレ絶対セシカさんのお母様の仕業だよね。お父様は執事服は手配してたって言ってたもん。
「じゃあ、まずは今日の夕食からですね。」
「ええ。よろしく、可愛いコックさん?」
「…頑張ります。」
…この家での初めての仕事だ。
いつまで続くかは分からないけど、とにかく今は腕によりをかけて彼女の納得のいく料理を作ろう。




