六十三話 叫びました!
「ところで貴女、ナンパは良くされる?」
彼女は切った魚を口に運びながらそう訊いた。
「そうですね…お店でよく。でも、半分以上は気のしれた常連さんが冗談でするだけですから。」
「それ、本当に冗談?」
「冗談に決まってるじゃないですか。だって僕は」
「おい。」
話を突然遮られ、驚いて振り向いた。
「…お前、マノアか?」
レーサさんだ。彼女もここに来ていたようだ。
どうしてそんなことを聞くんだろう。そんなの見れば分かることなのに。表情にも険があるみたいだし、本当にどうしたんだろう?
「そうですけど…どうしたんですか?」
「どうしてこんなところに居るんだ?」
「どうしてって…ウォンリーダイを食べに来たんですよ。
あ、もしかしてレーサさんもそうなんですか? 美味しいですよ、是非食べてください。」
「……おかしいな、マノアだったら罪悪感の一つくらい顔に出るはずなのに…
………あー、もしかしてそういうことか? でもんなことあるか? いや、マノアならありえるか…?」
何かを一人でぶつぶつ言い始めた。
「本当にどうしたんですか? 今日のレーサさんは何かおかしいですよ?」
「おかしいって、お前…あー、ちょっと来い。」
「え!? あ、ちょっと! お金! お金まだ払ってないので待ってください!」
代金を置くとレーサさんに引っ張られ、そのままお店を出て人気の無い場所へ来るとようやく解放された。
妙に怖い顔してるけどどうしたんだろう。
「…マノアは決まりを破るような人間じゃない。それは知ってるつもりだった。」
だった?
「だが、お前は立ち入り禁止の場所に踏み入ってる。それなのに罪悪感が全くなさそうな顔なのはおかしいと思ってたんだ。」
「立ち入り禁止って…何のことですか?」
「………やっぱり分かってねーみたいだな。全く、観光する時はちゃんと調べろよな。」
「だから、どういうことですか?」
「…立ち入り禁止って言うのはこの島の事だ。」
「え?」
この島が?
「でも、ここには住んでる人も居ますし、レーサさんも居るじゃないですか。
船に乗った時も降りた時も何も言われませんでしたし、ここの人たちも何も言ってませんでしたよ?」
「…ああ、そう言うことか。完全に納得がいった。
マノア、ここは“男が入っちゃいけない島”なんだ。」
「………え?」
男が、入っちゃいけない。
男、入っちゃいけない。
僕、入っちゃいけない。
…………
「えええええええええええええええええええええええええええええええ!!!???」
そんなまさかなんでどうしてどうやってえっ、えっ、えっ、つまりそれってそういうことなの僕やっちゃったのそんなの駄目だよ本当に本当に本当なの??
「あー、やっぱり知らなかったみたいだな。
船に乗る時も島に降りる時も検問あったろ?」
言われて見れば…船に乗る時もあったような。
「本来なら男はそのどっちかで弾かれるはずなんだが…
お前はその見た目のせいで女にしか見られなくて検問をすり抜けちまった。同じ理由で島の住人もお前の正体に気付かなかったから、お前は今まで何も言われなかったんだ。」
「そ、そそっそっ、そんな、ことって。」
「あったんだから仕方ないだろ。
とにかく、どんな事情があろうとも、向こうに過失があろうともお前は正体がバレたら厳しく罰せられる。」
「ひえぇ…」
お、恐ろしいけど…レーサさんがさっき言ったように、この島について調べなかった僕が悪いわけだし。
なら、ちゃんと自首して罪を償った方が…きちんと対策が立てられて再発防止にもなるだろうし。
「自首を考えてるなら止めといた方が良いぞ。
…ちょん切られるらしいから。」
「ひっ!」
そ、そんな恐ろしい事になるなんて…
なんてところに来てしまったんだ僕は。早く帰らなきゃ…
「…マノア。
お前の考えてることはよくわかる。だから落ち着いて聞いてくれ。
…今、港が封鎖されてて船が出ないんだ。」
「うわあああああああああああああああああああああああああああ!!」
逃げ道まで無くなった。
「え、っと、つまり?
僕は、男だってバレないように? 封鎖が解けるまで? ここで、過ごさなきゃ、いけないと?」
「……そうなる。」
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!! もう駄目だああああああああああああああ!!」
「落ち着け! 大丈夫だ、今までバレなかったんだから普通にしてりゃバレない! 宿にでも引きこもってりゃ大丈夫だって。港の封鎖が解けたら教えてやるから。」
「………」
釈然としないけど、言いたいことは飲み込んだ。
それに、引きこもっていればバレないというのは一理ある。他者との交流を絶てば必然的にバレることは無い。そして、来た時にバレなかったのだから出て行く時もバレる心配は薄い。
……それしかないか。
「おっと、そろそろ時間みたいだな。」
「時間?」
「ああ、オレ仕事で来てたんだ。
この島、男が入れないせいで女の強い狩人がよく指名されるんだよ。とっとと男も入れるようにすりゃ良いのに。
そう言う訳で、ゴメンな。オレも一緒に宿探してやりたかったんだけどさ…」
「…いえ、大丈夫です。
それと、教えてくれてありがとうございます。」
「おう、じゃあ頑張れよ。
…っと、そうだ。宿取れたら狩人ギルドに来てオレ充てに伝言しといてくれ。封鎖が解けたって良いに行けなくなるからな。」
「はい、わかりました。
お仕事頑張ってください!」
「おう! マノアも頑張れよ!」
足早に去るレーサさんを見送る。
さて、僕も早く宿を探さなきゃ。宿さえ見つかればこっちのものなんだから!
「あら? 貴女…大丈夫だった? さっきの人に何かされてない?」
宿を探しているとさっきの女性に声を掛けられた。
しまった、知り合いだとか言ってから行けばよかった…心配させてしまったらしい。
「大丈夫ですよ。実はさっきの人、僕の友達なんです。」
「その割にはどうもおかしな雰囲気だったけど…」
「大丈夫ですって。
僕がヘマをやらかしてちょっと怒ってただけです。謝ったら許してくれましたよ。」
「何をやらかしたのよ…」
…不法侵入?
「とにかく大丈夫ですから。
あ、ところでこの辺りで良い宿を知りませんか?」
「宿? それは良いけど…貴女、聞いてばっかりね。」
「すみません。さっきの料理でチャラにしてくれませんか?」
「さっきのはさっきの、今のは今のよ。」
「とはいえ、まさか一緒に泊めると言う訳にもいきませんし…」
「あら。一緒にお泊りでも別にいいけど?」
「え!?
あ、いえ。そう言う訳にはいきませんので…」
そうだよね、同性だと思ってるんだからそう言う冗談も言うよね…
あー、本当に罪悪感が…
「あらら、振られちゃった。
良いわ、後で何かで埋め合わせてくれれば。」
「そ、そうですか…」
埋め合わせか、それもどうしよう…
…まあ、この島を出る前に考えておこう。すぐに帰るだろうけど。
「そうだ、貴女確かマノアって言ったわね。」
「…どうしてそれを?」
「さっきのお友達がそう言ってたから。
私はティーサ。よろしく、マノアちゃん。」
「……よろしくお願いします。ティーサさん。」
…とにかく。
これで宿屋は見つかったも同然。あとは部屋を借りれば僕の勝ちだ…!
「今の不本意そうな顔何?」
「あ、いえ。なんでもないです。呼び捨てにされるのに慣れてるのでちゃん付けに驚いただけです。」




