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シーサイドへようこそ!  作者: じりゅー
第五章『彼と彼女の境界線』
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五十八話 怒ってました!

 解放された手をさすりながら部屋の中を歩いて回る。

 スペースは少し広い。あと2、3人程度なら収容出来てしまいそうな広さだ。

 手を伸ばしてもところに窓がある。唯一の光源だけど、脱出路には向かないだろう。もし通り抜けるとするならレンガ一つ分程度の薄さになるしかない。

 壁はレンガなので魔法で壊して脱出することは出来ない。

 そして…


「…やっぱり、鍵がかかってます。」


 …鍵がかかった鉄の扉。

 この部屋の唯一の出入り口だ。


「どうにかして、この扉を開けることができれば良いのだけど…」


「でも、こんな何も無い部屋じゃ…」


 …この部屋に落ちているのは石と、さっき切った縄と首輪くらいだ。

 これであの扉を開けるというのは無理だろう。


「……駄目元で蹴ってみる?」


「無駄だと思いますけど…

 あ、扉の先に見張りが居る可能性もありますよね。蹴ったら気付かれるんじゃないですか?」


「もし居たらとっくにその扉は開かれてるわ。だってさっき散々騒いでいたもの。」


「セシカさんが騒がせたんじゃないですか…僕が悪かったかもしれませんけど、何もあんなに舐めなくても。」


「マノアの舐め方、ちょっといやらしかったからつい。」


「え? 事故ですよ? それは流石に嘘ですよね?」


「………えっち。」


 顔を赤くしてそんなことを言われて焦った。

 え? もしかして僕無意識のうちに…って!


「そ、そんなこと言ったらセシカさんだって執拗に舐めてたじゃないですか! しかも途中でちょっと噛んでましたよね!? 痛くは無かったですけどくすぐったかったんですからね!?」


「気持ち良かった?」


「気持…何聞いてるんですか!

 ああもう! 鬱憤晴らしも含めて蹴りますよ!」


 行き場の無い感情をドアに叩きつける。


 ガン! ガン! ガン!


「…マノア、もしかして怒ってる?」


「怒って、ないです、よ!!」


 何度蹴ってもその感覚に変化は無い。

 どうやら無駄らしい。女の子になって力が落ちているのだろうか。

 …男の時でも結果は変わりなさそうだけど。


「マノア、次私にやらせて。」


「良いですけど…多分無駄ですよ?」


「良いから。」


 セシカさんに場所を譲り、様子を見る。


 ガァン! ガァン! ガァン!


 …僕の時より音が大きいような。


「なんで、気付いて、くれないの!

 あんなに、頑張って、誘ってたのに!」


「…セシカさん、怒ってます?」


「別に、怒って、無いから!」


 段々扉を蹴るセシカさんの表情が険しくなっていく。

 蹴る人をヒートアップさせる力でもあるのだろうか、あの扉。


「ハァ、ハァ、ハァ…」


「セシカさん、もう止めましょう。」


「もうちょっと蹴らせて、壊せなくても良いから。」


「目的変わってませんか!?」


 扉が完全にストレス発散の道具(サンドバッグ)になっている。

 壊せれば儲けものだけどその為には何度蹴り続ければ良いのか見当もつかない。

 もしかしたら誘拐犯が来るかもしれないし、そうなったら戦うしかない。その時の為に無駄な体力の消費は避けた方が良いと思うんだけど…


「良いでしょう、これくらい。」


「…お好きにどうぞ。」


「ありがとう、私が終わったら貴方も好きなだけ蹴っていいから。」


「それはどうも。」


 考え方を変えよう。貴重なストレスを発散する機会だと。

 僕はどんな念を込めて扉を蹴るか、気分作りも兼ねて考えながらセシカさんを見ていた。


「このっ、朴念仁! 社会なの、社会が悪いの!? 身分が悪いの!?」


 ……セシカさん、何に対してそんなに怒ってるんだろ。

 温厚なセシカさんが怒るくらいだからなぁ、余程のことに違いないのは確かだと思うけど。







「はぁ、はぁ…」


「ハァ、ハァ…」


 結局、2人で蹴っても扉はびくともしなかった。ただただ無意味に体力だけ消費しただけだ。


「な、なんかセシカさん強くないですか? 元の僕よりも力がありそうな…」 


「人をゴリラ扱いする気?」


「そうじゃありませんよ! けど、僕よりも蹴ってる音が重かったような気がして…男としての威厳と言うか、自信と言うか、そう言うものが無くなってしまいそうで。」


「ああ、そういうこと。

 そもそも元のマノアも男の威厳なんて無かったし、今のマノアは女の子だから。」


「酷くないですか!?」


「可愛くていいじゃない。」


「良くないですよ!」


「…でも大丈夫、私は魔法で身体強化してたから。マノアより力があってもおかしくは無いわ。

 それに、マノアは身体強化を使った私に勝ったことがあったし。」


「勝った?」


 勝ったってなんだろう。別に腕相撲とかはしたことなかったはずだし。


「マノアがメイドになった日にね、カチューシャを付けようとして」

「あの時魔法使ってたんですか!?」


「…よく覚えてたわね。」


「そりゃ覚えてますよ! あの時僕の腕っぷしが女の子並みなんだって本当に落ち込んでたんですから!」


「そんなこと気にしてたの?」


「気にしてましたよ! 特にこんなに華奢なセシカさんに負けそうになったんですから!」


「……ありがと。」


「なんでお礼を!?」


「……そういう所よね…

 でも、良かったじゃない。女の子とは言え魔法込みの腕に勝ったのよ?」


「女の子だから複雑なんですけどね!

 あと、最初なんて言いました?」


「…もう一回蹴るわ。」


「え、セシカさん、あの、もう蹴れないのでは?」


 ガンッ!


 最初の方とも負けず劣らずの音がした。

 おかしいな、さっきまではもっと弱々しい音だったのに。


「…とにかく、扉からの突破は不可能ね。

 壁もレンガ積みで蹴っても意味はなさそうだし……ねえ。もしかしてかなりまずい?」


「かなりまずいですよ。」


 このままじゃ戻ってきた誘拐犯に良いようにされてしまう。

 それもいつ来るか分からないし、もし来なかったらそれはそれでまずい。

 監禁なんてしてんだからまずないとは思うけど…誰も来なければ食料も水も無いこの部屋で野垂れ死ぬ。

 とはいえ、わざわざ生かしていると言うことは、誘拐犯にとって何か僕たちに使い道(用)があるということだろう。

 用済みなら口止めですぐに殺すなりなんなりするはずだ。閉じ込めているというのが何よりの証拠。

 全部終わってこれから口止め、という可能性も無くはないけど。

 犯人と鉢合わせてもアウト。犯人が来なくてもアウト。

 なのでそれらのタイムリミットまでにここから脱出しなければいけない。

 そして、その脱出方法が見つからない。まずいどころか詰みだ。


「……」


「どうしたんですか? ぼーっとして。」


 脳内で現状の再確認を終え、解決策を探そうとしたところでセシカさんが窓を見つめていることに気付いた。


「マノア、外ってどうなってると思う?」


「どうなってるって…どうなってるんでしょう。」


 窓は高い位置にあるため覗くことは出来ない。

 分かるのはそこから光が入ってきていることだけだ。


「…肩車すれば見えるかしら。」


「えっと…そうですね、それなら見えるかもしれません。」


 手を伸ばしても届きはしないけど、それならギリギリ見えなくもなさそうな高さだ。

 外の光景は脱出に大いに役立つかもしれない。やってみる価値はある。


「じゃあマノア、乗って。」


「え!?」


 しゃがみこんだセシカさんが後ろ手で手招きする。


「セシカさん、そこは僕が下になるべきでは?」


「私は魔法でなんとかできるけど…マノア、私を肩車する力ってある?」


「………」


 正直自信は無かった。

 それは別にセシカさんが重そうだからと言う訳ではなく、今の、女の子になった僕が人体を持ち上げることが出来るかどうか分からないからだ。

 もし仮に力不足でセシカさんを落としてしまった場合、怪我をさせてしまうかもしれない。

 セシカさんが怪我を負うのはまずい。脱出に支障が出るだけでなく、脱出後に平民が貴族を怪我させたとなれば…

 …そんなリスクを背負ってまで彼女をおぶることは出来ない。彼女もそれが分かってるのだろう。

 それに、今の僕は女の子だから女の子に肩車させても大丈夫だからね!

 って言われるんだろうな。何か言ったら。

 そう言う訳でセシカさんに乗らせてもらった。


「…軽いわね。」


「…そうなんですか?」


「ええ、まるで羽根みたい。」


 それを言うの逆だよね普通。

 まあ、セシカさんは魔法を使ってるから、と言うことで納得しておこう。それ以上は考えない。

 バランスを崩さないように見えてきた窓を覗き込む。

 高さはなんとか足りてる。けど、このままでは微かに見える青空以外何も見えない。

 壁の厚さもあって見づらいけど、なんとか見れそうだ。


「マノア、本当に無いのね…」


「!?」


 セシカさんの頭にアレがあるはずの場所にぶつかった時だった。

 その一言は僕の精神を揺さぶり、バランスの微妙な調整を狂わせた。


「わあっ、おちっ…」


 なんとか踏みとどまろうとしたけど、もう遅かった。


「あ、ちょっと…!」


 バランスの崩壊は当然ながらセシカさんにも影響が及ぶ。

 僕がバランスを取ろうとしてもセシカさんが、セシカさんがバランスを取ろうとしても僕が、と足を引っ張り合ってしまい、そして――


 ドシン!


「い、ったた…」


 ――2人で折り重なるように倒れてしまった。

 そして、彼女は体を僕のとある場所に密着させてもう一度言った。


「……本当に、無いのね。」


「そうですよありませんよ!」


 謝るでもなく、僕はやけっぱちにそう叫んだ。

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