四十五話 怒らせちゃいました!
「マノア先ぱ…先輩?」
確かに、顔も声も見知ったものだった。
大きく違うのはその人物の服装。演劇ですら着ないであろう派手なヒラヒラが大量に着いているコスチュームは、普段の彼ならば絶対に着ないものだ。
「私はマノカ。それで、さっき喋ってたこの杖が、えっと…サクラライト!」
『はい! 私がテレパシーで喋ってたサクラライトです!
私は皆さんと違って、生の声帯なんて持ってませんからね。登場した時にびっくりさせてしまったのはご了承ください。
…ちょっと、マノカさん! さっき自分でつけたくせに忘れないでくださいよ!』
「パッと見た時に似てた宝石の名前をそのままつけちゃったから…でも、貴女も気に入ってるみたいだし、良いじゃない。」
『良い名前を付けてくださったことには感謝しますけど、今度は忘れないでくださいね!』
「分かってるって。」
マノカと杖が話している間、セシカとフォリスも何やら話し合っていた。
「どうなってるの? どう見ても完全にマノアじゃない。」
「さあ…?
先輩はチューニビョーの年頃ではあるけど、流石にあんな拗らせ方はしないと思う。
「チュー…? 何? チューの病気? チューすれば治るの? 移るの?」
「前の世か……昔聞いた、ある地域に伝わる病だよ。
十四歳前後で発症する病気なんだけど、一生直らないとか、もし直っても病気の間の事を話すと悶え苦しむようになるとか…」
「そんな病気にかかっちゃったの? マノアが?」
「多分…でも、チューニビョーの症状に、別人のような言動、常識から外れた妄言があるんだ。
今の先輩はその症状に合致してるとしか思えない。」
「…じゃあ、治す方法は?」
「自然治癒らしいよ。きっかけを与えることも出来るらしいけど、下手に刺激するとより症状が悪化することがあるからよほどのことが無い限りはそっとしておいてあげるのがベストなんだって。
とにかく、今私達に出来ることは話を合わせてあげる事。
今の先輩はマノア先輩じゃなくて、マノカさんっていう全くの別人だと思って接してあげて。」
「……質問、良い?」
「何?」
「その…チューニビョーって、病人を強くする作用はあるの?」
「え?
………ど、どうかな?」
「でも、現に今のマノアは強いわ。あっさりあの人たちをやっつけたもの。」
「う~ん、どうだろう?
チューニビョーの副作用として、強固なイメージ力がつくらしいから…それで、魔法が強くなってるのかも。」
「イメージ力だけであそこまで強くなる?」
「確かに、そう考えると異常かもしれないけど…他の原因が思いつかない。」
「あの杖は? テレパシーで私達にも話しかけてたし、今もマノアと話してるわ。」
「そうは言っても、杖が喋るなんてある訳無いし………ハッ!
まさか…さっきのテレパシーも先輩が!?
今杖と喋ってるように見えるのも、本当は自作自演!?」
「な、何? どうしたの?」
「突然、誰も居ないのにさも誰かが居るように話しかける…チューニビョーには、そんな症状もあった…!」
「と言うことは…マノアは、チューニビョーなの?」
「…うん、間違いないよ。
先輩はチューニビョー、しかも現実と想像の境界が認識できてないレベルの、かなり重度の物だよ…!」
「そ、そんな…!」
『ちょっと! 勝手にヒトのご主人様を中二病扱いしないでください!』
「チューニビョー? どうしたのサクラライト?」
『良いですか! 世の中には喋る剣だってあるんですよ!? 喋る杖があってもおかしくないじゃないですか!』
「「「そうなの!?」」」
『そうですよ! っていうかマノカさんまで知らなかったんですか!?』
「うん、初耳だった。」
『後でマノカさんには参考映像を脳内に送り付けますから、それ見てください!』
「それ見るって言うの!? しかも強制だよね!?」
「…ねえ、自作自演にしては凝りすぎじゃない?」
「……ちょっと私も自信無くなってきた。」
2人のコント時見ているやり取りを見て、もう自作自演と言い切れる者はいなかった。
むしろ、こんな芝居をやっているとすれば感服する程だ。そこまでやるかとか、恥ずかしそうとかそんな感想になるが。
「…もう、杖が喋ってるってことで良いんじゃないかな。
合わせてあげるのも優しさだと思うし…」
「変にこだわっても疲れるだけだと思うから、それが最善だと思うわ。」
「だよね…」
『マノカさん、お二人の無事を確認できたのであればパトロールを再開してはいかがでしょうか?
もうこの辺に悪人は居ないみたいですからね。次々行きましょう!』
「そうだね…でも、一応表の直前までは送っていく? 迷ってたみたいだし。」
「…お願いするわ。」
2人はマノカの案内で表通りに戻った。
セシカとフォリスは助けてくれたことと案内してくれたことの礼を言おうと振り返ったが、既にマノカは居なくなっていた。
「……」
「どうしたの? 僕の顔に何かついてる?」
「…別に、何も無いです。」
誰も居ないお店の中。席の一つを使ってフォリスと朝食をとっていると、しきりに彼女の視線を感じた。
普段なら準備に追われているところだが、今日もお休みなのでゆったりと過ごすつもりだ。
「そ、そうなんだ…」
「………」
…昨日からどうもフォリスの様子がおかしい。
朝はなんともなかったけど用事の後に帰ってきたら居なくなってたし、何をしてきたか訊いてみたらはぐらかされて逆に僕の用事を訊かれたし…
……あれ? 昨日は何してたんだっけ? あの時は散歩してすぐに帰った、って答えたけど…
帰った後のことは思い出せる。すごく疲れてて、夕食を少し手抜きしていた。
あ、もしかしてそれが原因かな?
あの時は文句なんて無い、なんて言ってたけど態度がトゲトゲしかったし、明らかに不機嫌そうだった。テキトーな料理が気に入らなかったのかもしれない。
今日は腕によりをかけて夕食を作ろう。昨日の事は謝って、美味しい料理を食べてればフォリスの機嫌も少しは治るかもしれない。
「………先輩。」
「何?」
「今日、ウチが料理作るから。先輩は休んでて良いよ。」
……相当怒ってる!?
びっくりした、どうやらフォリスは思ってたよりももっとグルメだったらしい…見くびってしまったものだ。
とにかく、謝罪の機会をとられるわけには行かない。こういうのはズルズル引っ張ってちゃまずい。
「今日は大丈夫だから! ゴメンね昨日は。ちょっと疲れてて…」
「だから、昨日の事は良いって。
先輩が疲れてるのは分かってるから。今日はゆっくり羽を伸ばして来て良いって言ってるの。」
「や、やっぱり怒ってる?」
「怒ってない!」
絶対嘘だっ!
こ、このままじゃ…フォリスがここから出て行っちゃうかも…!
「本当にごめんなさい! 見捨てないで!
フォリスはいつも仕事頑張ってくれてて嬉しいしすごく助かってるから!」
「…………見捨てる?
…あれ? もしかして先輩、本当にウチが怒ってるって思ってたりする?」
…え? あれ? もしかして、本当に違うの…?
「だって、昨日からどう見ても不機嫌だし…思い当たる原因って言ったら昨日の手抜きくらいしか…」
「…あー、ちょっと不機嫌なのは自覚あるし、先輩にちょっと当たっちゃったのは謝るけど…ウチの問題だから。先輩が悪いわけじゃ…いや、無いわけじゃないけど。」
「なんだか分からないけどごめんなさい!」
「謝らなくて良いって。別に先輩を見捨てたりはしないし…そもそも、ここを出て行っても当てが無くて、その内のたれ死ぬのがオチだから。」
……
「……もし、フォリスが出て行っても絶対に連れ戻すから。嫌だって言っても、駄目だからね?」
冗談でも辛かった。
フォリスがシーサイドから出て行って、やがて命を落とすなんて話は。
もう、死んでほしくない。
フォリスも、セシカさんも、レーサさんも、常連さんも、皆。
そして、僕も…他の人たちに、僕と同じ気持ちを味わってほしくない。
僕の命は、これだけの人たちに支えてもらっている。だから勝手に、突然いなくなるなんて無責任なことは出来ない。
…もちろん、死んだ両親が無責任だと言うつもりは無いけど。
それでも、こればっかりは曲げたくなかった。
「あ…ゴメン、先輩。」
「謝らなくて良いけど、覚えててね?」
「あはは…厄介な人のところに来ちゃった。」
「ふふ、そう簡単に逃げられると思わないでよね?」
2人きりにしては広い空間に、少しの間笑い声が響いた。
「…ところで、フォリスの問題って?」
「む、蒸し返さないで!
女の子には色々あるの! 男の先輩にはわからないだろうけど!」
あ…今度こそ怒らせちゃったかな?
…男の、先輩。
………何を嬉しがってるんだ僕は。虚しくないの?
…虚しいです!




