三十八話 呼ばれました!
あれから一週間。
フォリスが休んだのは、初仕事の翌日と休養日だけだった。
楽しかったとは言ってたけど、大きな負担をかけてしまっていたのではないかと思ってたから安心した。1日休んだら元気になってたし、その次の日も無理をしている様子は無かったし。
「これ、五番テーブルに!」
「うん、持ってく…持っていきます!」
まだ直りきってはいないけど、彼女が敬語に言い直す頻度は少なくなってきている。
それだけ仕事に、“シーサイド”に慣れてきたということだろう。
「ま、マノアさん…貴族のお客さんから呼んでほしいって言われたんですけど…」
「貴族?」
もしや、と思って厨房から顔を少し出して見てみると、見知った顔だった。
「ああ、セシカさんだね。
ここの常連さん。今行くよ。
あ、それとその料理持ってって。」
「セシカ…さん?
あ、はい! 分かりました!」
セシカさんはしばらくは仕事が忙しいという話だったけど、もう大丈夫なのだろうか。
僕も再会…と言っても大仰かもしれないけど、少し楽しみにしながら席へ急ぐ。
「こんにちは、マノア。」
「こんにちは、マノア様。」
「いらっしゃいませ、セシカさん、執事さん。お仕事は大丈夫なんですか?」
「ええ。ひと段落付いて、忙しい時期が過ぎたってところ。
…ところで、さっきから料理を運んでる小さい女の子は?」
小さい…まあ、料理を運んでいるのはフォリスしかいないか。
「彼女はフォリスって言って、この間新しく雇った従業員です。」
「ふーん…」
目を細めてフォリスを見つめるセシカさん。
フォリスもその視線に気付き、何かやっちゃったのかと言わんばかりに慌て始める。
大丈夫だよ、とジェスチャーしたら彼女はホッとしてお客さんのオーダーを訊きに行った。
「どうして彼女を雇ったの?」
「どうして、と言いますと?」
「ここ、新しい従業員の募集はしてなかったはずだし、貴方も私の家に居た時は特にその手の話はしてなかったじゃない。
なのに急に人を雇うなんて、気になるじゃない。」
…確かに、フォリスがバッグに入り込んでなかったらまだまだ従業員を雇うなんて考えもしなかっただろう。あと数年は一人でやってたかもしれない。
ともあれ、人を雇うことが僕の行動パターンのズレであるのは事実だ。セシカさんはそれを感じ取ったのだろう。
「両親が居ないと言っていた彼女に同情してしまって。
働きたいと言うのは彼女の意思でしたし、少し接して悪い子じゃないって分かりましたから。」
「……本当に大丈夫なの?」
「大丈夫、と言いますと…」
「…少し耳をお貸しください。」
執事さんの顔に耳を近付けると、少しの間を置いて小声で話し始める。
「大変言いづらいのですが…身寄りのない孤児は大抵窃盗を経験しております。
その場合真っ当な職に就いても、癖になっていて盗みを働くこともあります。お嬢様はそれを心配なされているのです。」
……そう言った話は、確かに聞く。彼女を雇う時もその可能性を考えなかったと言えば嘘になる。
けど。
「大丈夫です。彼女はこの一週間で問題は起こしてませんし、人柄なら僕が保証します。
それに、よく働いてくれますし仕事の出来についても問題は無いです。なんでも、家事を経験したことがあるとかで。」
むしろ、仕事が出来過ぎているくらいだ。
教えようと思ってたことを既にやっていたこともあったし、僕の方が教えられることもあった。本当に賢い子だ。
…本当に11歳か、なんて思ったこともあったけどそれは妬みから来ている疑念だろう。
「家事を…じゃあ、彼女が両親を喪ったのは結構最近なのかしら?」
「…わかりません。訊くべきではないかと思って訊いてませんでした。
でも、とにかくすごいんですよ、フォリスは。」
「………じゃあ、私は?」
「え?」
「私は、すごい?」
「あ、はい…すごいと思いますし、お店の一件は今でも感謝してます。」
「でしょう?」
そんなしたり顔されても。
なんで対抗してるんだろ、この人。
「先輩! そろそろ料理お願い!」
「あ、そうだね。分かった!
では、ご注文が決まったら彼女にお願いします。」
長居しすぎてしまった。他のお客さんもいるんだし、早く仕事に戻らないと。
「うん、引き留めてしまってごめんなさい。」
「いえいえ、それではごゆっくり!」
僕は急いで厨房に戻り、仕事に戻った。
「今日の仕事はこれで終わり。お疲れ様、フォリス。今日もありがとう。」
「はい! マノア先輩こそ、お疲れ様でした!
…お茶を淹れてくるから先輩は座ってて。」
営業時間、閉店後の清掃を終えた僕は、近くにあった椅子に座った。
普段なら明日の仕事に備えてすぐに居住スペースに戻るんだけど…
今日はフォリスから仕事が終わってから話があると言われていた。
相変わらず彼女が何を考えているのかは分からないけど、今回もやはり真剣だった。
お茶を淹れる、と言うことは少し長い話になるのだろうか。
一体なんの話なんだろう?
…もしかして、今日来たセシカさんのことかな?
貴族のお客さんにびっくりしてたのかもしれない。僕を呼びに来た時はかなり慌ててたし。
だったら時々セシカさん以外の貴族も来ることを教えておこう。いちいち驚かれてもお客さんに迷惑かもしれないし。
「お待たせしました、どうぞ先輩。」
「ありがとう。」
フォリスがティーポットと二つのコップを持って来て、テーブルを挟んで座った。
差し出されたコップを受け取ると、早速一口頂く。
「美味しい…どうやって淹れてるの?」
「え? ど、どうやってって言われても…普通に?」
僕が淹れたのより美味しい…
もしかしたら彼女は僕より優秀かもしれない。一度フォリスが作った料理を食べてみたいものだ。
…僕より美味しかったらどうしよう。
「それより、ウチの話をしていい?」
「あ、ゴメンね、そうだった。」
本題に入ろうとしているのだろう、フォリスの雰囲気が変わる。
僕もそれに合わせて、真剣に聞く心構えをした。
「これから言うことは信じられないかもしれないけど…でも、信じてほしい。」
コクリ、と一つ頷く。
心配は要らない。と伝わったか否か。彼女はまたすぐに口を開いた。
「実はウチ、これから起きる事を知ってるんだ。
未来予知とかそう言うのじゃなくて、記憶として。」
「…………?」
信じる信じない以前に理解できなかった。
記憶として、これから起きることを知ってる?
どういうことなんだろう…?
彼女は考える僕を、変わらず真剣な目で見ながら言葉を続けた。
「ウチはね、平行世界の記憶を持ってるの。」




