三十七話 本当に変な質問でした!
「「いらっしゃいませー!」」
翌日。
シーサイドに響く歓迎の言葉は一つ増えていた。
「お嬢ちゃん、ここで働いてるのか? っていうか、いつの間に従業員の募集なんてしてたんだ?」
「実は、ウチから先輩に…あ、先輩っていうのはマノアさんのことでね―――」
彼女は既に常連さんにも溶け込んでいるようだった。雇用主兼保護者としては一安心だ。
シーサイドのニューフェイスこと昨日の女の子は、衣食住の保証という雇用条件でこのお店で働いてもらうことになった。給金は辞退しようとしてたけど、ちゃんと払おうと思っている。
雇った理由としては、ここで断って彼女に悪さをさせないように、悪い事をしなくても生きていけるように。
なんて大義名分を掲げつつ、自分に似た子を救ったなんていう自己満足に浸りたいというのもあると思う。
最初の言動こそ怪しかったけど、接しているうちに悪い子じゃないってことは分かったし、ちょっと不安だったけど、お客様への態度は問題無いようだった。
とりあえずしばらくはウェイターとして頑張ってもらって、空いた時間は調理を仕込むつもりだ。いずれは厨房も手伝ってもらおうと思っている。
このお店になにかあって、彼女が独立したとしても困らないように。
「オーダー! 五番テーブルにフィッシュアンドチップス!」
「フィッシュアンドチップスね、分かった。
じゃあこれ、三番テーブルによろしく。」
「分かりました!」
天性からなのか、もしくは前世の記憶とやらの影響なのか――フォリスは手際も良い。
ウェイターを卒なくこなしてくれるので、こちらは調理に専念できる。効率は以前と比べれば大幅に上昇したと言えるだろう。
打てば響く。そんな感覚も相まって、彼女を雇って良かったと思うのであった。
「ここの仕事はどう?」
お店の札を返した後、隣でお皿を洗っているフォリスに話しかける。
「なつ…じゃなくて、楽しかった!」
なつ…? なんて言おうとしてたんだろ。
でも、良かった。
大きなトラブルも失敗もなかったからそこまで心配はしてなかったけど、合わないとか辞めたいとか言われたらどうしようかと思ってた。他のお仕事のコネなんて無いからね。
「それは良かった。
フォリスは手際が良いし、仕事がしやすかったよ。
今日はありがとう。明日からもよろしくね。」
「はい!」
明日も彼女と仕事ができる。
それだけのことだけど、これほど仕事が楽しみになったのはいつ以来だろう。
ずっと前、練習にある程度必死になる前の話だったか。それとも、意外と仕事を楽しめて来ていたのか…
「フフ…」
「…先輩、どうしたんですか?」
「こんなに仕事が楽しかったのって、いつ以来だろうなって。
フォリスが来る前までは、何ヵ月か一人でやってたし…」
「…何ヵ月か?」
「……そう言えば、まだ言ってなかったね。
僕の両親は数か月前に事故で死んじゃって。それからは一人でお店をやってたんだよ。」
「数か月………」
「…?」
彼女が浮かべた表情は、同情するようなものではなかった。
例えるなら深い疑念。ものすごく悩んでいるような、難しい顔だ。
別に同情が欲しくて言ったわけじゃないんだけど、予想外の表情にちょっとびっくりした。
「どうしたの?」
「うん!? ううん、なんでもないよ…なんでもないです。」
「別に、無理に畏まらなくても良いんだよ?」
敬語には慣れていないようで、たまーに敬語が外れる時がある。
無理をさせてるようなら別にしなくても良いんだけど。
「いや、だって先輩はオーナーだし、雇い主だし…ウチはただの従業員どころか、見習いだから。
まあ、結局はウチの気分の問題だからあんまり気にしないでください、先輩。」
「…どうでもいいけど、どうしてオーナーじゃなくて先輩なの? 最初はオーナーって言ってたけど。」
何故か出会った瞬間に使われていた呼び名は廃止され、先輩と呼ばれるようになっていた。
それは昨日、色々話した後からだったと思うけど…実はちょっと疑問に思っていたので訊いてみた。
「……ウチ、結構思い出を大切にするタイプだから。
昔は昔、今は今、マノア先輩はマノア先輩ってことで。」
「はぁ…?」
よく分からないけど、彼女なりに何かあるらしい。
深く詮索するのはやめておこう。前世がどうとかよく分からない話をされても理解できないだろうし、踏み込まれたくないかもしれないし。
「あ、先輩。変な質問なんだけど…良いですか?」
「何?」
変な質問…何を訊かれるんだろう。
これまでの言動のせいかちょっぴり怖い。
「何年か前に伝染病が流行ったっていう話は聞いたことが無いですか?」
…確かに変な質問だ。特にタイミングが。
でも、彼女は真剣だった。何故そんな質問をしたのかはさっぱり分からないけど、それだけは分かったので僕も頑張って考える。
「…う~ん…そんなことあったかなぁ…
…あ、でも昔知り合いが変わった病気にかかったことがあったってお客さんが言ってたかな?」
記憶を引き絞り、ようやく出てきた情報は微かなものだった。
「どんな病気とかって聞いてましたか!?」
「その話を聞いたのもかなり前の話だから、あんまりよく覚えてないな…」
「…ちょっと、明日お休みもらって良い?」
「う、うん…
疲れてるなら、ちゃんと休んで疲れを取っておいで。」
今日の仕事で疲れてしまったのだろうか。
それからフォリスは、寝るまで何かブツブツ言っていた。




