三十二話 自棄になりました!
「えいっ!」
小学校の授業には剣術もある。
僕が今剣を振れているのはそのおかげだ。一生活用することはないだろう、なんて思ってたけどそれがこうして役に立ってくれている。授業にも入る訳だ。
「マノア! 大丈夫か!?」
「はい!」
尤も、それが役に立っているのはレーサさんがほとんどの魔物を切り倒しているからだ。僕一人なら剣を振る前に死んでいる。
「ハッ!」
レーサさんの一閃は多量の魔物を屠っている。
そんな一振りを何度も何度も繰り返してくれているおかげで、僕に来る魔物は非常に少ない。
あと少しで突破できそうだ。
「マノア! 行ったぞ!」
「はい!」
魔物を視認し、剣を振りかぶる。
一振りで深い傷をつけ、もう一振りで仕留める。
狙いも太刀筋も素人な僕でも、この黒い剣は魔物を倒してくれる。一流の剣士は剣を選ばないって聞くけど、それは剣の方にも言えるのかもしれない。
「うっ…くそっ!」
ここだけを見ると、順調に見えたかもしれない。
けど、レーサさんは既に多くの手傷を負っている。
まだ戦えそうではあるけど、後ろからも魔物の群れが来る。
なので、消耗を抑えつつ突破して逃げ延びなければならない。
僕という荷物を背負ったレーサさんには、厳しいだろう。
せめて僕がまともに戦えたら…いや、僕さえいなければ誰かをかばいながら戦う必要は無いのに…
「レーサさん!」
「大丈夫だ! いいから進め!!」
足を止める事は出来ない。
けど、進むごとにレーサさんの傷は増えていく。
まだまだ魔物は残っている。
どうしたら…
「…!
レーサさん!」
「チッ…なんてこった…!」
とうとう、後ろに居た群れがこちらに追いついてきた。
これじゃあ…レーサさん一人では…
「マノア! 魔法でもなんでもいい、なんか無いか!?」
「え!? え、えーっと…こんな群れをなんとかできる魔法なんて使った事無いです!」
「オレは魔力が少ないから魔法使い向きじゃないんだ!
もう炎でも爆発なんでもいい、やれるだけやってくれ! 例え倒れてもオレが運んでやる!」
「わかりましたよ!!」
目を瞑り、半ば自棄になりながら大きく広がる炎をイメージする。
思い浮かんだのは、調理の時に見る炎だった。それをもっと大きく、強く…
「良いぞ! もっと広げられるか!?」
目を開けてみると、丁度人と同じ大きさの炎が出来ていた。
これをもっと広げて…強くして…
「もっとだマノア!」
「……これ以上は、無理そうです…」
炎が広がったのは魔物が十匹通るかどうかの幅。後は維持だけで精いっぱいだ。
「じゃあ、それでオレ達を囲んでくれ。
そろそろ足止めも限界が近い。」
「え…レーサ、さん…?」
そうだ、この間もずっとレーサさんは足止めを…
炎で回りを囲みながら振り返ると、レーサさんの剣が刀身の半ばから折れていた。
「しくじっちまった…無理をさせ過ぎたらしい。
あとちょっと遅かったら完全に折れてた。ありがとな、マノア。」
剣の根本にはヒビが入っている。
もう攻撃を受け止める事すらできないであろう、と言うのは僕でも分かった。
剣がこんなになるまで戦ってくれてたのに…僕は、あんな弱気なことを言ってしまった。
本当は、レーサさんの方が分かっていたはずなのに。この状況がいかに絶望的なのかってことを。
「…ごめんなさい、弱音を吐いてしまって。」
「戦闘職でもないお前がこの状況に弱音を吐くなんて当たり前だ。もっとわめきたててる奴もいるくらいさ。
でも、お前はちゃんとなんとかしてくれただろ? 見ろよ。」
突然現れた炎の壁に、マスラプターは攻めあぐねているようだった。
それなりの高さにはしたので、跳び越えられることも無いだろう。
「でも、気は抜くなよ。向こうから来る魔物もいるんだからな。」
気なんて抜けない。その瞬間僕たちを守っている炎の壁が消失しかねないから。
その時、後方から来た魔物の群れの中から、一匹がその群から抜けてきた。
「…来るぞ。特攻してくるかもしれない、注意しろ!」
「はい!」
炎の出力を一段高める。
しかし、その魔物は炎の壁を素通りして反対側へと走り去っていった。
「……?」
最初は壁を避けて走っていただけだと思ったが、戻ってくる様子もない。
それを観察している間にも、何匹も何匹も、炎の壁を素通りされていく。
「…様子がおかしい。
あの魔物たち…もしかして怯えてるのか?」
「怯えてる?」
「オレ達は奴らにとって餌だ。それを前にして走り去っていくなんておかしい。
オレ達に恐れをなしたって様子じゃなかったし、それなら向こうの方に逃げてるはずだ。
ってことは…答えは一つ。」
ズシン、ズシン。
マスラプター達が走り去る中、大きな足音が聞えてきた。
シルエットだけでも分かる、その巨大な体躯。
その首は時折大きく揺れ、その度にマスラプターをかみ砕いている。
生きているマスラプターが全て散り散りになると、やがてその存在は炎に照らされた。
「グルルルルルル…」
鋭い牙がびっしりと生えた、巨大な顔のほとんどを占める口。
それに対して小さな眼、前足は小さく、地面には届かないが強靭な後ろ脚によって二足歩行を行っている。
鱗に覆われた、巨大過ぎるトカゲのような魔物。
「テュランノス・レックス…!」
最高ランクの冒険者すら殺すと言われた、最強の一角とまで言われる魔物。
僕たちは、絶望と対峙した。




