三十一話 接敵しました!
「もうすぐだ、頑張れ!」
「はぁ…はぁ…」
余裕を持って出発していたはずだったけど、途中で何度も魔物が徘徊していた場所を迂回して予定より大幅に遅れてしまった。
もう日は暮れ始めている。予定通りならもう着いている頃だけど、情けないことに僕は魔物との戦いに置いては戦力外だ。
やっぱり、お店を守るためにも僕自身が力を付けていかなきゃならないのかな…今まではお客さんに守ってもらったり、セシカさんに保護してもらっていたりしたけど、頼り切りにならないようにしなきゃ。
「大丈夫か? やっぱり休むか?」
「で、出来れば…」
「ああ、いいぞ。良いから休め。無理すんな。」
レーサさんのお許しが出たのとほぼ同時に、僕はその場に座り込んでしまった。
「す、すみません…」
「いや、いい。オレだって、まさかこんなに魔物に出くわすとは思わなかったしな…
それに、いくら狩人だからってこういう時は積極的に戦いたいもんじゃない。依頼を受けた時以外は出来るだけ平和に過ごしてたいもんだ。一部の奴らを除いてだけど。」
そんな人いるんだ。
凄いな、世の中って広い。
「オレもちょっとは休むか。
でも、あんまり長居はできないからな。」
「はい、さっき見た魔物の群れが近いですからね…」
今さっきまで見かけた魔物の群れを避けてきたところだ。
進行方向に気を付けながら迂回して、時には走ってやり過ごしてここまで来ていたけど…その場所からここまではそう遠くない。
もしかしたら匂いを嗅ぎつけられて来てしまうかもしれない。早々に立ち去らなければ危ないだろう。
進行方向は街とは別の方向だったし、町に入ってしまえばあとは大丈夫だと思うんだけど…なんだか嫌な予感がする。疲れてさえいなければ今すぐにでも立ち上がってここから走って逃げたいくらいだ。
「……まずいな。」
「何が…って、まさか。」
緊迫した表情、柄に掛けられた手。察するのは用意だった。
「…マノア、逃げる準備をしておけ。
あと、短剣を持って来てるんだったよな。そいつも持っておけ。」
言われる前からバッグを漁っている。
短剣を取り出して構えながら、レーサさんが注視している場所を見る。
それは、薄暗いながらも目視出来た。
全体的に細い体躯、二足歩行ではあるが前足はだらりと垂れ下がっている。
頭部は鳥に近く、反対側には細い尻尾が伸びていた。
明らかに人間ではないシルエット、ほぼ確実に魔物だ。
しかも、さっき目にした魔物と同じ。目視できるのは一匹だけだけど、これからもっと大量に押し寄せるだろう。
「このままじゃ町に行くかもしれないな…
マノア! ここでオレが魔物を止める。お前はオレの傍から離れるな!」
「は、はい!」
こんな時、非戦闘要員は先に逃がしてしまうのが定石だ。なのでレーサさんの指示には正直驚いた。
…戦って欲しいということだろうか。
こんな僕でも、戦力の一つに数えてくれるということなのだろうか。
「…良いか、絶対にオレの傍から離れるなよ。」
…一瞬ドキッとしてしまった。
もちろん、そんな意味じゃないことは分かってるけど…今のレーサさん、すごくかっこいい。頼もしい。
つり橋効果、という言葉に聞き覚えはある。この感情が一時的なまやかしであることは分かってるつもりだけど…
それでも、彼女がとても―――
「やっぱりか…
マノア、後ろをよく見ろ。」
…やっぱり?
一度目を離し、振り返ってみる。
「あ…!」
居る。
後ろにも、全く同じ魔物が。
「お前一人で逃げようとしても駄目だ。
見ての通り、挟み撃ちにされてるからな。分かったか? お前がオレから離れちゃいけない理由が。」
「は、はい…でも、すごいですねレーサさん。まさか挟まれてるなんて思ってませんでしたよ…」
関心しながら言うと、彼女は目を伏せた。
「…あいつらはマスラプター。狡猾な魔物だ。
オレはアイツらのやり方を知ってる。だから先読みが出来たってだけだ。」
「…?」
真剣みを帯びた声ではあるが、悲しみが混じりすぎているようにも感じる。
そんな彼女に疑問を抱いていると、彼女は答えを口にした。
「あいつらは…オレのとーちゃんの仇だからな。」
仇…
レーサさんの父さんは、この魔物たちに?
「…ハッ!」
次の瞬間、レーサさんは行く手を塞いでいたマスラプターを一匹切り伏せていた。
「走れマノア! 向こうから群れが来る前に!」
最初に見つけたマスラプターに背中を向け、レーサさんを追って走り出す。
レーサさんは僕が追い越した後から、ペースを合わせるように走ってくれていた。
「…あの時もそうだった。
オレととーちゃんが依頼を終えて、帰っているところに群れで襲撃してきた。
とーちゃんはオレを一人逃がそうとして、食い止めようとしたんだけど…逃げようとしたオレが、待ち伏せしてたマスラプターに襲われたんだ。
とーちゃんは後ろの魔物に傷を負いながら、オレに襲い掛かって来た魔物を迎撃してくれた。
おかげでオレは助かって、町から援軍を呼んでマスラプターは倒せたんだけどな…とーちゃんはダメだった。」
「レーサさん…」
「…だからだよ、今回もマノアを一人で逃がそうとしたら危ないって思ったのは。
そして、案の定――」
「レーサさん! 前にも魔物が!」
「――何!?」
走っているうちに見えてきた。少し遠くに別のマスラプターの群れがある。
しかもさっきの群れよりも多い…!
「くそっ、妙に数が少ないとは思ってた…二重の罠とは。悪い、オレの詰めが甘かった。
押し通るぞマノア! 絶対に離れるなよ!」
「はい!」
再三の注意に頷き、魔物の群れに走る。
その時、レーサさんが僕を追い越すと、何かを投げ渡してきた。
「わっ…と…え!? レーサさん!?」
「短剣よりはリーチがあるだろ? それを使え! 駄目にしても良いから生き延びろ!」
渡されたのは、さっきの黒い剣だった。
大切にされていただけに使うのは気が引ける。けど…
「…はい!」
そんなことを言ってる場合じゃない。
鞘から剣を抜き放ち、へたっぴな構えを取る。
「前方の敵はオレが何とかする! 横から来る奴に注意しろ!」
「はい!」
いよいよ、僕とレーサさんは魔物の群れに突入する。
僕は意を決して、黒い柄をより強く握りしめた。




