三十話 聞きました!
「黒い…?」
レーサさんが抜いた剣は刀身も柄や鞘と同じ、漆黒だった。
刀身まで黒い剣なんて聞いたことがない。剣に適した黒い材料なんて知らないし、加工方法も分からない。もちろん僕の知識不足という可能性もあるけど。
「ああ、旅をする中で色々な鍛冶師に見てもらったが、この剣が何でできてるのか答えられた奴は居なかった。
一つだけ言えるのは、この剣はこの世界にこの一本しかないってことくらいだ。」
「この一本だけ…物凄い貴重品じゃないですか。
だから使わないのに持っているんですか?」
「いや、それが理由かって言われたらちょっと違う。
この剣はオレの命の恩人から貰ったものなんだよ。」
「命の…恩人?」
マジックウルフを容易く倒したのを見た後だからか、彼女が苦戦して死にかけているところなんて想像できなかった。
もちろんそんなことは無いんだろうし、そうでなければ命の恩人なんている訳が無いんだけど。
「…何年も前の話だ。
オレが昔、とーちゃんから厳しい鍛錬を受けてたってことは言っただろ?」
「はい。確か、この髪飾りをくれた時に。」
「そういやそうだったな。
元々かなり厳しかったんだけど、かーちゃんが死んでからはより厳しくなってな…
あの時は辛かった。鍛錬もそうだったけど、かーちゃんが死んだから精神的にかなり来てたんだ。
それで、ある時耐えきれなくなったオレは夜にこっそり家出して、住んでた村から出て行った。」
「え…? 大丈夫だったんですか?」
「まあ、ひとまずとーちゃんには見つからないで家を出られた。
で、村を出たはいいけど、村の外の森に迷い込んでな。心細くはあったけど、逃げたい気持ちの方が勝ってひたすら歩いてた。
その時だったんだ。」
「…その、恩人に会ったのがですか?」
「それはもっと先の話だ。」
早とちりして外してしまった。恥ずかしい。
…余計な口出しはやめておこう。
「その時、オレは偶然森の開けた場所に出た。
そこで見たんだよ。台座に刺さってた、青くて透き通った宝石みたいな綺麗な剣を。」
……まるで、おとぎ話にでも出てきそうな剣だ。
そう思ったけど、彼女の目を見て真実なのだろうと確信できた。嘘であんなに憧憬に満ちた目は出来ない。
「オレが剣を好きになったのはその時からだった。
あの時は感動したな…冗談抜きでそれが初恋だったと思う。」
剣に、恋。
乙女チックと言うのか、男らしいと言うのか…どちらにせよレーサさんらしい。
「ふふっ…」
「…笑うなよ、オレは真剣なんだぞ?」
「い、いえ、すみません。なんだか、レーサさんらしいなって思って…
決しておかしいと思ったわけじゃないですから。」
「…なら良いんだけどな。
それで、オレは台座から剣を引き抜こうとしたんだが…まあ、当然駄目だった。
後で知ったんだけど理由はあった。でも、その時はオレの力が足りないからだと思って素直に家に帰ったよ。」
「森で迷ってたんじゃないんですか?」
「なんか奇跡的に帰れた。」
雑だなぁ…
「それからはどんな鍛錬でも耐えられたよ。あの剣の為ならって。」
「そんなに綺麗な剣だったんですか…僕も見てみたいなぁ。」
一目惚れして、どんな努力を積んでも手に入れたいと思う美しい剣。
男心と好奇心をくすぐられる。一度で良いから見てみたいものだ。
「あー、残念だが無理なんだ。」
「無理?」
…ああ。
レーサさんは今、そんな剣は持ってない。きっと今までも抜けなかったのだろう。
だから今見せるのは無理だと。
「…レーサさんの故郷に行けば見られるんじゃないんですか?」
「いや、それも無理なんだ。
っていうのも、実はもう持って行かれてるんだよ。」
「え? そうなんですか?」
「ああ、あの時は本当に悔しかった…
それを見た時はくれって言いに行っちまったくらいだ。
あの時はクソガキだったとはいえ、今思い出しても恥ずかしい。」
く、クソガキって…
「…っと、話を戻すか。
そう言う訳で、俺が必死に鍛錬してたらその剣を持ってる奴を見かけちまったんだよ。で、突っかかって断られた。
…話がそこで終わればよかったんだけどな…」
「…そう言えば、まだ命の恩人というのも、その剣のことも出てないですね。」
「ああ、それは全部これからだ。
その青い剣なんだが、どうも名剣とかって言われるくらい有名で強い剣だったらしくてな。
狙ってたのはオレだけじゃなかったんだ。」
「他にも欲しがってた人が居たんですか?」
「ああ、それも悪い連中がな。そいつらに奪われそうになった。
その時オレは剣の持ち主に突っかかってたせいで人質になったんだ。
それを奪い返したり、振り回したりして、最終的にはその持ち主に返すことは出来たけど…ソイツに怪我をさせちまった。
その時は罪悪感に駆られたよ。まともに振ることすらできない自分の無力さを、あの剣に見合わない自分を、憎みすらした。
…でも、おかげであの剣を諦めることが出来た。
その後ソイツにもう一回会えた時、オレは謝ってその剣を諦めたことを伝えたんだ。
そしたら、そいつはオレにこの剣をくれた。
目の前で、能力で創ってくれたんだ。オレに見合った剣を。」
「…能力?」
能力とは、極稀にあらゆる生物に与えられる特殊な能力のこと。主に人間が得る場合が多い。
イメージ通りに使えることがほぼ無く、使えば魔力を消費する魔法とは違い、能力は可能な事ならイメージ通りにノーコストで行使できる。
ただし、出来ることは限られているし、その中でもある程度の制限もある。
例えば、炎を出す能力を持っているなら、能力で炎を出すことは出来るけど水とか雷とか他の物を能力で出すことは出来ない。
制限は効果範囲が多い。先の例で言えば近くのものは焼けても星全体を焼き払うことはできない、と言った感じだ。
ちなみに能力を複数持つということはほぼ無い。基本的に一人一つだ。
前例はあるらしいけど、そういうことがあると知っている程度でどこの誰がということまでは知らない。
「どんな能力なのかは聞けなかったけどな。
だが、約束したんだ。この剣を持って旅に出るって。」
「それで、その約束を果たして今に至ると…」
「いや、旅に出たいっていうのはその前から考えてたからな。約束があってもなくても旅には出てたと思う。」
「そ、そうですか…」
それもレーサさんらしい…って、そればっかり言ってる気がする。
「それからはずっとこの剣を大切にしてきた。
素振りの時はこいつを使ってたし、狩人に成り立てだった頃もこれを使ってた。
でも、ある時新しい剣を買わなきゃならない時が来た。
この通り壊れたわけじゃないんだが、元々子供の頃のオレに合わせた長さの剣だからな。オレの体が成長するのに従って、リーチが合わなくなってきたんだ。」
ああ、だから今使ってる剣に比べて短いのか…
「親父と先輩達から説得されて、嫌々新しい剣を買ったけど…この剣を手放したいとは思えなかった。
初めて手に入れた剣だったし、何年も使ってたから愛着も沸いてたからな。
それに、実はオレこの剣をくれたヤツにもう一回会いたいって思ってるんだ。こんなに強くなれたんだって、知らせてやりたい。
その時この剣を持ってないと気付いてくれないかもしれないだろ? だから手放せないんだ。」
「…そうだったんですか。
だからそんなに大切にされてるんですね。お店に並んでる新品の剣よりも状態が良いような気がします。」
「だろ?」
レーサさんが得意げになるのも無理はなかった。
剣は鏡のように磨かれていて、錆も傷も全く見当たらない。
見てみると鞘もピカピカだ。レーサさんの気合の入れ具合が垣間見える。
「下手すりゃ今使ってる剣より念入りに手入れしてるかもしれないってくらい頑張ってるからな。
それにこの剣錆びないし、あんまり状態が悪くならないっていうんだか…とにかく、持ちが良いんだよ。何でできてるかは知らねーけど。」
「へぇ…」
僕もその素材でできてる包丁欲しいな。
鍋にしても焦げ付かなさそうだし良さそう。
「僕もその人に会いたいな…」
「…? なんでだ?」
「あ、いえ、なんでもないです。聞かなかったことにしてください。」
調理器具を作ってもらいたいから会いたいなんて言えない。
物目当てで会いたいだなんて不純だ。純粋に会いたがってるレーサさんに申し訳ない。
「そうか、じゃあそろそろ行くか。
ゆっくりで良いとはいえ、野宿して行く距離でもないだろ? 早く行かないと日が暮れちまう。」
「あ、そうですね…行きましょうか。」
レーサさんは話を切り上げ、広げていた荷物を片付け始める。
僕もそれを手伝い、忘れ物が無い事を確認して再び歩き始めた。




