二十八話 直りました!
「今までありがとうございました!」
お屋敷の門前。僕は送ってくださるというお屋敷の馬車を背に大きく頭を下げる。
僕の前には、全員ではないけど大勢の使用人、お父様、お母様、そしてセシカさんがいる。
お店の工事が終わり、このお屋敷を去る時が来たのだ。
「大丈夫かい? 辛かったら戻って来ても良いんだよ? もう少しここで働き続けてくれても構わないからね?」
「お父様…心配しすぎです。ここで働かせていただくまではずっと一人で…いえ、僕は一人じゃありませんから。
早くお客さんたちに料理を作りたいんです。
お父様も、お母様も、セシカさんも、いつでも来てください。僕はいつでもお店に居ますから。
あ…でも、しばらくお休みをいただこうかと思ってるので、その後でしょうか。」
言ってすぐ、考えていたことを思い出して言い直した。
「お休み?
早くお客さんに料理を作りたいんじゃないの?」
「そうなんですが…使用人として働いてるうちに、先輩方からいくつかおいしいお店を教えて頂いていまして。そこで少し舌を肥やそうかと。
幸い、修繕費は浮きましたし、お屋敷で働かせていただいた分お金はありますから。」
お店をやってた時とは違い、お屋敷での稼ぎからは食費などの生活費は出ておらず、休みの日もお金を使う訳ではなかったので貯金がどんどん増え、その考えを実行するに至るだけの額には到達していた。
料理人として、色々なお店で食べ歩いて、色々な味を経験するのは良いことだ。このお屋敷でも度々やってるみたいだし。
「そうだったの…
…あの、お父様。」
「すまないが、駄目だ。」
「え…」
「………?」
セシカさんとお父様の間でなにかのやり取りがあったけど、全く分からなかった。
「マノア君に付いて行きたいと言うんだろう?
彼はしばらく休むと言った。一日だけならともかく、何日もとなると貴族としての勉強もあるし、仕事もあるだろう?」
「…じゃあ、一日だけでも…」
「今日も明日も大切な仕事があるじゃないか。それを放って遊びに行くのは流石に許可できないな。」
「……お父様のケチ。」
「セシカ。」
「……はい。」
……ああ、そう言うことだったんだ。
僕としても、セシカさんと遊びに行きたいという気持ちはあるけど…仕事があるなら我慢する。
それに。
「セシカさん、また今度行きましょう。
今回のお休みだけでは回り切れませんし、お客さんからも別のお店の情報が手に入るかもしれませんから。」
今だけじゃない。
また別の機会はいくらでもあるから。
「……」
僕の言葉を聞いたセシカさんはお父様に視線を向ける。
「それなら、是非連れて行ってほしい。
セシカはマノア君が来てからずっと楽しそうだったからな。」
「じゃあ…お願い。
あ、それとその時はお泊りで」
「お泊り!? セシカ、どこに泊まる気だ!?」
「マノアの家だけど…」
「止めなさい、マノア君を信用していないわけではないが、男は狼なんだ、お前に何かあったら…!」
「…セシカ、気持ちは分かるけどマノアちゃんが迷惑するから。
それに―――」
セシカさんに耳打ちするお母様。
「……わかったわ…」
そして、しょんぼりしながら諦めるセシカさん。何を言ったんだろう?
「…そろそろお別れの時間だね。
お店は元通りになっているはずだから、安心すると良い。
それと、確かに君はここの使用人ではなくなるが…いつでも遊びに来なさい。君は私達の子供同然なのだから。」
「…はい! またいつか来ます!
僕にとっても、このお屋敷の方たちは大切な家族ですから!」
「そうか、では待っているよ。
またね、マノア君。」
「またね、マノアちゃん。」
「またね、マノア。」
「…はい! またお会いしましょう、皆さん!」
再会の約束を交わし、馬車に乗る。
窓からしばらく手を振ると馬車が動き出し、僕は数ヶ月働いた屋敷を後にした。
「あれ? レーサさんじゃないですか! お久しぶりですね!」
馬車から降り、お店に向かっているとレーサさんの姿を見つけた。
「お、おう…久しぶり、マノア。」
「…レーサさん?」
なんだか様子がおかしい。
妙によそよそしいというか、距離を取っているように見えるというか…
「どうかしたんですか?」
「いや、その…この前のことなんだけどな…」
この前…前回レーサさんと会ったのはお店が襲われた時で…
「……もしかして、お店の事を気にされてるんですか?」
「あ、ああ…すまなかった。」
「…? どうしてレーサさんが謝るんですか?」
「力になるって言ったくせに、お前の店、守ってやれなかったからさ…
それに、爆発までしてたのにマノアが目を覚まさなかったのってオレがあげた薬のせいだろ?
その時にマノアが起きてたら…もしくは、オレがもっと早く、この店の前を通ってたら…」
「別にレーサさんは悪くないじゃないですか。
悪いのはお店を襲った人です。その人たちを止めてくれたのはレーサさんだったじゃないですか。レーサさんが来てくれなかったらもっと被害が大きくなっていたはずです。レーサさんはお店をちゃんと守ってくれてましたよ。
薬も、むしろ無かったら僕が危なかったんじゃないですか? 僕が止めようとしても止められなかったと思いますし、むしろ巻き込まれて怪我をしてたかもしれないんですから。
レーサさんに非はありませんし、お店を守ってくれて、結果的にかもしれませんが僕を助けてくれたじゃないですか。感謝はしますけど、非難する気はさらさらありませんよ。」
「……」
薬はこじつけ染みてるかもしれないけど、ありえた可能性だ。
少なくとも、僕が出て行ったところで犯人を止められなかったのは確かだろう。
「そう、か?」
「はい。
そう言えばお礼、まだ言ってませんでしたね。
レーサさん。お店を守ってくれて、僕を助けてくれて、ありがとうございました。」
「……おう。」
レーサさんは照れくさそうに頬をかく。
でも、その口元は緩んでいた。
「へぇ~…そいつ、良いヤツだったんだな。
良かったな、マノア。」
「そうですね。本当に、今回はどれだけ助けられたことか…」
レーサさんと2人で直ったお店に向かう。
元通りにしたとは聞いていたけど、少し楽しみだったりする。
あんな状態だったお店がどんな風になっているのか。
「またいらっしゃったら、お代はタダにしましょうか?」
「タダは止めとけ。せめて割引券とかでだな…っていってもあれか。貴族だからちょっとやちょっとの差はあんまり意味無いか。」
「あー、そうかもしれないですね。」
と、恩返しの方法を2人で考えていることしばらく。
そろそろシーサイドが見えてくる場所に差し掛かる。
「そろそろですね。」
「そうだな…おお、なんか綺麗になってるな。
あ、待てよマノア!」
我慢できずに走り出す。
そして、店の前で立ち止まって修理が終わったお店を観察する。
破られていたドアの意匠は以前と同じ。壁に開けられていた穴はなくなり、それどころか壁全体が新しくなっているように見える。
外観で分かるのはここまでだろう。
ドアを開ける。
「…!」
そこには、同じく以前と変わらぬ内装。変わっている点と言えば全てが新品になっていることか。
新築の匂いがする。テーブルも、椅子も、床も天井もピカピカだ。帰ったらすぐに掃除を、と思っていたけどその必要がなさそうなくらい。
「おお、全部元通りだな。
たった数ヶ月なのになんか懐かしいな。」
レーサさんの言葉には全面的に同意する。
お屋敷で働いていた時、あの惨劇が全て夢で、目が覚めたら何事も無かったお店が…なんて妄想を何度かしていたけど、それが叶ってしまった。
「…良かった。」
これでまた、お店が続けられる。
数か月間、夢にまで見たお店を…
「おいおい、泣くなよ。肝心なのはこれからだぞ?
お前はこれから店を再開して、守り続けていかなきゃならないんだからな。
でもまあ…ある意味ゴールは無いみたいなもんだしな…取っとく涙はないか。
前言撤回だ、今は泣いても良いんじゃないか?」
「いえ…いえ、そうですね。
これからはお店、頑張っていかないと。泣いてる場合じゃありませんね。」
いつの間にか流れていた涙を拭い、前を向く。
決意を新たに、明日から…
明日から…
あ…
「…どうした?」
「実は、その…励ましてもらってどうかと思うんですが…
しばらく、お店休みなんです。」
「……え?」
しまらないなぁ、と思いながらレーサさんに事情を説明する。
なんだ、そういうことかと納得した彼女は、お店巡りに参加すると言った。
もちろん、僕は参加を許可した。断る理由は無いし、一緒に来てくれる友達が居ればもっと楽しいだろうからね。
明日から楽しみだなぁ。




