二十七話 寝れませんでした!
「私の部屋は貴方の隣…って、知ってるわよね?」
「はい、聞いていました。」
「そう言えば、私が貴方の部屋に行くことがあっても貴方が私の部屋に来たことは無かったわね…」
思えば、セシカさんの部屋には一度も入ったことが無かった。
夕食の後、話をするのは僕の部屋だし、掃除もこの辺りは管轄外だ。それに、セシカさんがいる部屋に押し掛ける気にもならなかった。
恐れ多いというのもあるけど、単純に用事が無かったから。セシカさんは毎日のように僕の部屋に来るので、訊きたいことも話したいこともその時に全て済ませられた。
「必要が無かったからですかね。」
「………ちょっと今日は覚悟してて。」
「なんでですか!?」
そんなに来て欲しかったのだろうか。それとも、返答の仕方が悪かったのだろうか。
っていうか、何を覚悟すれば良いんだろう…ただ一緒に寝るだけだよね? やましい事なしで。
……あ、もう部屋のドア開けちゃった。ここが私の部屋です的なことも何も言わないで。
「………うわぁ…」
これが、セシカさんの部屋…
クラスメイトの女の子の部屋に入ったことはあったけど、過去の記憶にあるそれとはまったく違う。
まず、照明は僕の部屋と同じで魔道具みたいだけど、僕の部屋に比べると華美なデザインだ。
魔道具は魔法を刻み込む魔法を付与した道具全般のことを指す。
基本的に高額で、ウチにも食材を冷やす魔道具があるけど、あれ一つで家が一つ買えると父さんが愚痴をこぼしていたことを覚えている。
流石にあの照明はそこまで高くないとは思うけど…それでも、それなりの値段はするはずだ。
次に、広さに驚いた。相部屋…いや、三人部屋よりも広そうなお部屋だ。
僕の部屋も大きいと思ってたけど、それより広い。僕の部屋とセシカさんの部屋の扉の間隔が妙に広いとは思ってたけど、納得した。
その広さに対して寂しさは感じない。机、棚、ベッド、少し大きなテーブルに、豪華な椅子…
大量の物。でも散らかっている訳ではなく、配置にセンスを感じる。
これはセシカさんが片付けているのか、それともメイドさんが片付けているのか…いずれにせよ、僕がこの部屋の掃除が出来ない理由が分かった。
「…あ。
ここが私の部屋だけど…どう? 変じゃない?」
「すごいと思います…もちろん、良い意味で。」
他にもっと良い言葉は無いのか、とは自分でも思うけど見つからない。
美しい、というのもちょっと違う気がするし、片付いている、というには表現がチープすぎる。
…芸術品? 国宝? もっと違う。
「あの、あんまり見ないで…」
恥ずかしがるものじゃないと思うけど…まあ、部屋と言うのはその人の性格が出る。
片付けているのはセシカさんじゃないかもしれないけど、ジロジロ見られて気分が良いものでもないのは確かか。
「すみません、でも、本当にすごいなぁって。」
「あ、ありがとう…?」
お礼を言われること…なのかな。一応褒めてはいるわけだし。
「それより、早く…」
「あ、はい。
…えっと、お邪魔します…」
急かされて大きなベッドへ。
一人で寝る分にはとても大きい。キングサイズのベッドと言うのは見たことなかったけどこれがそうなのかも。
膝をついて歩いてるけどふかふかすぎてちょっと歩き辛い。
流石に部屋の主も居るのに真ん中と言うのは気が引けるので、少し間を開けて横になる。
「はぁぁ…」
天にも昇る寝心地…初めて体験した。
寝転んでいるだけなのに気持ち良い。もう少し疲労がたまっていたら既に夢の中に居ただろう。
「まだ寝ないで。ちょっとお話ししましょう?」
セシカさんもベッドに上がる。
バフッ…
「……あの、近くありませんか?」
そして、僕のすぐ後ろに倒れる音がした。
とにかく距離が近い。あと少し近付けば肌が触れ合ってしまう。
「良いの。近い方が聞きやすいじゃない。
電気、消すわ。消灯。」
部屋を照らす照明が消える。
この屋敷の照明は基本部屋の入口付近にあるスイッチで消すけど、音声でも消せるらしい。僕の部屋もそうなのかな? 後で調べてみよう。
「じゃあ…まず、何から話そうかしら。恋バナ?」
「いきなりですか…」
「良いじゃない。私と貴方だけの秘密、ということで。」
「……」
それ、男の子と女の子じゃ意味無いんじゃ…
そういうのって同性だから赤裸々に打ち明けられるんじゃないの? おかしいのは僕の方なの?
「それで、貴方はどんな子が好きなの? 好きな子っていたの? それってどんな人?」
ガツガツ来るなぁ…
っていうかセシカさんに言うの恥ずかしいんだけど。言わなきゃ駄目?
…駄目かぁ。
「えっと…ちょっと考えさせてくださいね…」
「うん。」
「………」
「………」
「………」
「…………まだ?」
「ちょ、ちょっと待ってください。まとめるので。」
「…そう言って言わないで寝る気じゃないでしょうね。」
…ごめんなさいセシカさん。それちょっと考えてました。
でも、まとまらないのは本当だ。考えてみても思いつかない。
「そうですね…まず、女の子ですね。」
「……それは知ってるけど。」
「え?」
「…何? なんで意外そうなの?」
「いえ、だって…
僕の事、男だって忘れられてるんじゃないかと思って…今日だって、こんなこと頼んでましたし…」
「…もしかして、嫌だった?」
「そうじゃないんですけど…僕、本当に男として意識されてるのかなって…
昔から女の子と間違われて来てたから、自信が無くなってきて…」
「…私は貴方を女の子だなんて思った事………ごめんなさい、最初は誤解してたわ。」
素直…まあ、知ってたけど。
「でもね、貴方が男の子だと知ってからは…一度も、女の子だと思ったことは無いわ。」
「……本当に? 何回も可愛い服を着せようとしてたのに?」
「ええ。それは貴方が可愛いからしたことだもの。
確かに貴方は可愛いわ。でもね、可愛いのは女の子だけじゃなくていいの。」
「…………はい?」
セシカさんが何を言ってるか分からなくなってきた。
「良いじゃない、可愛い男の子が居ても。
女の子だって、かっこいい子もいるでしょう?」
な、なんかすごい開き直り方されてるような……
「可愛いのは女の子だけじゃなくていい。かっこいいのは男の子だけじゃなくていい。
時代は理解に進み始めてる。古い固定概念なんて捨てても良いのよ?」
もうセシカさんの言葉が洗脳みたいになってきた。
でも、どうしてだろう。
強く否定できない。謎の説得力が働く。
………あれ?
「…ところで、何の話でしたっけ?」
思考が逃げた。まるで素手で捕まえられた魚がぬるりと抜け出すように。
「…貴方の好みの話よ。
まあ良いわ、そっちも気になるし…それで?」
「えっと…どこまで話しましたっけ?」
「貴方の好みが女の子ってこと。
…まさか、誰でも良いって事じゃないわよね?」
「ま、まさかそんな訳! どんなプレイボーイですか!」
「…どちらかというと、貴方がプレイボーイに捕まりそうだけど。」
「僕は男だから捕まりません!
…そうですね、やっぱり、優しい人でしょうか。
あと、身長は出来れば僕より小さめで…常に劣等感に苛まれそうなので…
あ、あと可愛い人ですかね。お嫁さんより可愛いとか言われたら立ち直れそうにないです。」
「貴方の好み、全部貴方のコンプレックスから出てるわ…
っていうか、そんな人いないんじゃない?」
「い、いますよ!」
「特に貴方を超える可愛い女の子、本当に居ると思う?」
「いますよ! 世の中にたくさん! セシカさんだってそうじゃないですか!」
「……っ!?」
………あれ?
僕は今なんてことを言ったんだ!?
い、いや、あくまで比較って言うか一般論って言うか口説くような意味は無いから…
…でも、どうだろう。
セシカさんは僕より可愛いし、優しいし、身長は僕よりちょっと低いし…
………あれ? 半分告白してるようなものじゃ…
「………私は、どう?」
「え、えっと、条件には合ってますね!?」
ああああああああああああ言っちゃったああああああ!!
「で、でも、えっと、タイプだから絶対好きになるって訳じゃないって言うか、えっと、条件が合ってるからって付き合うかどうかは別って言うか…
もちろん、セシカさん好きですけど、そういう意味では…」
「………」
「わゃああああああああああ!?」
背後から抱きしめられる。
気恥しくて向けていた背に伝わってくる体温、彼女の腕で締められる胸。
眠気が吹き飛び、体温が上がる。ついでに心臓も飛び出しそうだった。
「せぇせせっせせセシカさん!?」
「こんなにドキドキしてるのに…好きじゃないの?」
「急に女の子にくっつかれたら仕方ないよね男の子だもん!」
「ふふふ、可愛い。
でも…私も、ドキドキする…」
ああああああああああ良くない! 絶対駄目だ!
「ご、ごめんなさい! また明日!!」
「あ、マノア!」
僕はセシカさんを振りほどき、自分の部屋に駆け戻った。
その夜、眠気を呼び戻すのにかなりの時間を要した。
「……んん…」
朝だ…
眠いけど、早く起きなきゃ。今日も仕事だし…
「おはよう、マノア。」
「しぇぁっ!?」
ベッドの横にはセシカさんが居た。
何故か、少しかがんで。
「ななんでこんなところに!?」
「貴方の寝顔を見に来たの。
昨日、私のお願いを守らないで自分の部屋で寝ちゃったじゃない。」
そう言う彼女はふくれっ面。不機嫌なのは明らかだった。
「そ、それはその…あのままだと色々危なかったって言うか、眠れなくなっていたって言いますか…
お、お許しください…」
「…今日の夜こそは一緒に寝て。」
「お許しくださいっ!」
「………さっき聞いたわ。」
さっきも言ったもん!
「もう一度は流石にまずいです! それこそ、今度こそ…今度こそ…」
「今度こそ?」
「いい、言わせないでくださいよ!
とにかく、一緒に寝るのももう駄目です! 禁止です!」
「……ごめんなさい。
昨日のことは反省してるから…もう、あんなことはしないから…嫌だったんでしょう? 私に、触られるの…」
い、言い過ぎちゃったかな?
流石に凹まれたら罪悪感が…
「い、嫌ではないんですけど…でも、駄目なんです。
なんていうか…えっと…眠れなく、なってしまうんです。
次の日も仕事なのに、全く眠れないのはまずいですし…」
寝起きで寝不足な頭を酷使して出来るだけ無難に、突き放さないように言葉を選びながら言い聞かせる。
「それは…次の日が休みなら問題無いということ?」
「………よ、夜更かしはお肌に悪いそうですよ?」
ついに聞きかじりのどうでも良い情報しか出て来なくなった。
「…お肌の心配をしているの? 良いクリームがあるけど使う?」
「け、結構です!
わ、分かりました、分かりましたから…休みの前の日の夜なら良いですから…」
「本当? じゃあ、お願い。」
迫る時間もあり、とうとう諦めて未来の自分に匙を投げてしまった。
この時の僕はしらなかった。
それ以降、僕が使用人を辞めるまで休みの前の日は毎回セシカさんと眠ることになってしまうことに。
(一緒に)寝れませんでした!
だからタイトル詐欺ではないです。
次回からは新章に入ります。




