二十六話 喜びました!
彼女は僕の耳元で囁くと、クリストニーに向き合う。
「セシカ、様…どうしてここに?」
彼は驚いているようだった。
畏まった態度からして、恐らくセシカさんの方が立場…というか地位は上なのだろう。
「ウチの使用人が貴方に引っ張られていくのを見たって聞いて来たの。
さっきまでの話、全部聞かせてもらったわ。貴方が彼のお店を荒らさせたのね。」
「……」
苦々しい顔をして俯くクリストニー。
しかしそんな彼に躊躇なく、セシカさんは続ける。
「…今回、貴方を呼んだのは貴方との婚約の話についてって言ってたけど…実はもう一つ確かめたいことがあったの。
それが、彼のお店を荒らした首謀者だったかどうか、ということ。
どうやって正直に言わせようか、考えてたけど全部マノアがやってくれて助かったわ。」
…そうだったんだ。
クリストニーを呼んだのは、セシカさんだったんだ…
だから、あの命令は。
黒幕と思われる人物に、僕を会わせないための配慮だったんだ。
僕に危険が及ばないようにするために。
僕を、守るために。
男心として、女の子に守ってもらうことに複雑な気持ちはあるけど…
でも、それ以上に嬉しくて、頼もしかった。
守られている、ということが。
「逃げられるとは思わないことね。
貴方が雇った実行犯はもう捕まえてるわ。貴方の家を調べれば証拠も出てくるでしょう。」
「それが、それがなんだってんだよ!
ちょっと気に入らない店があったから暴れる、そんなことそこらの狩人でやってることだ! そんな程度でで…っ放せ!」
静かに追い詰めていくセシカさんに、逆上するクリストニー。
掴みかからんばかりの勢いだったけど、すぐさま執事さんが彼を取り押さえた。
「それは狩人への侮辱?
気に入らなかったから暴れる狩人なんてごく一部。全員が全員そうだと言う訳ではないわ。
それに、貴族がそんなことをしていいと思ってる?
平民の、その中でも下層程度の者と同じことを。
民を導き、助けるべき私達が。
そんなことをしている時点で、貴族失格よ。」
セシカさんが言ってるのは選民思想からくる理屈じゃない。
店長と店員、どちらが問題行動を起こした方が事が大きくなるか…ということだろう。
「………」
説き伏せられたクリストニーは執事さんに取り押さえられたまま脱力している。
抵抗する気は失せているみたいだけど、執事さんは拘束を続けたままだ。
「この件は貴方のご両親にも伝えるわ。
覚悟しなさい。余罪も全部調べ尽くして、裁判に出してあげるから。」
「…………」
そこまで言ったら、さっきみたいに逆上して襲ってくるんじゃないかと思ってたけど…
今の彼には、そんな気力は無いようだった。
あの後、クリストニーはどこかに連れていかれた。
それがどこかは分からないけど…きっと、彼の未来は明るくないだろう。
それだけは分かった。
「ごめんなさい。
少し目を離してしまったばかりに、あんなに恐い思いをさせてしまって。」
「いえ、僕が早く部屋に戻らなかったから、あんなことになってしまったのであって…別に、セシカさんは悪くないですから。 謝らないで下さい。」
その夜、僕は部屋に訪れたセシカさんに頭を下げられていた。
そんなことをする必要は無いのに…っていうか、悪いのは僕なのに。
「むしろ悪いのは僕ですから、ごめんなさい。
えっと、その…やっぱり、部屋に瓶と壺置いておくべきでしたね…」
「あ、あれは私の悪ふざけだから、真に受けないで。」
部屋から出ないように言われた後、ふと排泄はどうするのか気になって訊いてみたら答えられた案。
あの時は全力で反対したけど、結果的に考えればそれも悪くない提案だったかもしれない…と本気で思う。
「まあ、鉢合わせたことは一概に悪かったとは言いませんけど…」
「どうして?」
「だって、もし彼と鉢合わせしなかったら僕は何も知らないままこの一件が終わってたかもしれないじゃないですか。
いくらなんでも全部セシカさんにまかせっきりと言うのは申し訳ないですし…それに、僕だって何かしたかったんです。
それは首謀者への憤りもありましたけど、僕の為に頑張ってくれてるセシカさんになにかしてあげたいと。
余計なお世話だったかもしれないですけど…ちょっとは役に立ったみたいで、実はちょっと嬉しかったんです。」
「マノア…」
セシカさんが浮かべたのは、少し辛そうな、けど、嬉しそうな複雑な表情だった。
「無理はしなくていいの。
危ない目に遭う必要は無いの。
もちろん、その気持ちは嬉しいけど…」
「僕も嬉しいんです。セシカさんに色々してもらったことが。
だから恩返しがしたいんです。もっと貴女の役に立たせてください。
僕に出来る事なら、なんでもやりますから。」
「…そう。なんでも、やってくれるの?」
「はい。
…あ、でもお店を辞めてほしいとかは止めてください。それは出来ない事に含まれる事ので…」
「そんなこと言わないから安心して。
そうね…」
そ、そこまで真剣に悩まれると…僕そんなに役立たず?
確かに家事しかできないかもしれないけど…
「どうしても今すぐじゃないといけない、と言うことではないですから。
思いついた時で良いですよ。」
「…いえ、ちょっと待って…
…じゃあ、今日は貴方と一緒に寝ても良い?」
「………はい?」
寝る? ナンデ?
「お友達と一緒の部屋で寝るってお泊りみたいじゃない?
お話をしてたらいつの間にか片方が寝ちゃってて、それで仕方なくもう片方も眠って…ずっと前に本で読んでて、一度やってみたかったの。
…あと、貴方抱き心地良さそうだし、寝顔見たいし…」
「そうですよね、友達としてですよね……最後なんて言いました?」
ちょっと理解できない声が聞こえたような。いや聞こえてない聞えてない。
「…駄目?」
「………」
時々思うんだけど、やっぱりセシカさんってそういうコトには無頓着だなぁ…
その行動が信頼からくるものなのかどうなのか、段々自信が無くなってくる。
でも、
「…わかりました。
でも、内緒ですよ? 特に、お父様とお母様には。」
些細な事でも、それでセシカさんが満足するならしてあげたい。
出来ないことじゃないし、そういうコトに関しては僕が何もしなければ良いわけだし…
…お父様とお母様に知られるのは恐いけど。最悪人生終了しかねない。
「…分かったわ。
じゃあ、今から寝るから部屋に来て。」
「え!? 今からですか!?」
「あんなことがあって疲れたでしょう? 時間を置いたら先に寝ちゃうんじゃないかと思って。」
「そ、そうですね…」
確かに、今日は特に仕事をしてたわけじゃないのに疲れたように思える。精神的に疲労したからだろうか。
まあ、ちょっと話してすぐに寝ちゃえば良いかと軽く考え、僕はセシカさんに付いて行った。




