十五話 まともでした!
貴族の権力と言うのはとても大きなものだ。それはこの豪邸も証明している。
恐らく、今ここで僕が男であることがバレれば恐ろしい目に遭うだろう。
それでも僕は―――
「僕は、マノアです!
えっと、僕は」
「…ああ! 君がそうか!
いやいや、会いたかったよ。セシカが良く話していたからね!」
……あれ? 意外と友好的──
――いやいや、ちょっと待って。セシカさんは今の今まで僕が男だってことは知らなかったから…
「私は貴族と平民は仲良くしてはならないとかそんなことは思っていないから、安心して娘と仲良くしてくれ。今は貴族と平民ではなく娘の友人と娘の父親で居よう。
それにしても、話には聞いていたが君、なかなか可愛らしいじゃないか。私もあと数年若かったら口説いていたかもしれないな! ハッハッハ!」
やっぱり女の子だと思われてる…!
ああ、早く誤解を解かなきゃ…
「あ、あの! お父様!」
声を上げたのは逸る僕ではなく、セシカさんだった。
「なんだい?」
「その…マノアをウチで雇ってくれない?」
「ちょ、ちょっとセシカさん!?」
まさかの先制!?
待ってほしいんだけど。僕のターン回してほしいんだけど。
「雇う? でも、マノア君は一人でお店をやってるんじゃないのかい?」
「そのお店なんだけど…実は、荒らされて工事中なの。」
「…なに?」
「しかも、マノアは今誰かに狙われてる。きっとお店を荒らしたのもその人。
だからここに住み込みで働いてもらうことでマノアをかくまって、ついでに工事中の稼ぎをなんとかしてあげたいと思ってるの。」
「そうか…まあ、使用人の人手が足りないのは私も聞いていたからな。
そう言うことなら構わない。むしろ、是非とも働いてもらいたいくらいだ。店の様子を聞くに、一通りの家事も出来るのだろう?」
「一応は…
でも、そのお話しなんですが…実は、お断りしようかと考えていて…」
「む? 何故かね。」
「僕を雇うのは、あくまでメイドとしてなんですよね?」
「…そうか、君は料理人だったね。コックとして雇えれば良いのだが、生憎とそちらは間に合っている。雇うとすれば、使用人としてということになるな。」
「…僕にはメイドなんて出来ません。だから、お断りしようと思っているんです。
だって、僕は男ですから。」
「………………」
…言ってしまった。
決定的な一言を。
セシカさんのお父様は目を見開いて僕を見つめている。
檄が飛ぶのはいつだろうか。僕はそれを待たなければならない。
「……マノア君。」
「はい。」
「…それは本当なのかい?」
「…はい。」
「………そうか。」
来る。きっと来る。
覚悟はしていてもいざ来ると思うと怖い。でも、目は逸らさない。
「……セシカ、どうしようか。
執事服なんて彼の分は無いぞ…」
「……え?」
あ、あれ?
僕怒られるんじゃないの? なんで雇う方向で話が進んでるの?
「あ、あの…あれ?」
「お父様…良いの?」
「良いも何も…実際、人手不足だしマノア君は困っているのだろう?」
「そうだけど…
お父様、男の使用人でも良いの?」
「別に構わないが。」
?
??
「…旦那様。
旦那様は女性の使用人しか雇っておりませんでしたよね?」
「ああ、セシカに悪い虫なんてつけたくないからな。
断っておくが、決して私の趣味ではないぞ?」
「マノア様はよろしいのですか?」
「……言って良いのかどうか、少し考えていてとぼけていたが…
実を言うとさっきの会話、少しだけ聞こえていてだな…」
………あれ?
さっきの全部聞かれてたの?
は、恥ずかしい…ちょっとカッコつけてたみたいだったし、もちろん本心なんだけど、本心だからって言うか…
「君がとても誠実な人間だということは分かったからな。
いや、実に素晴らしい志だった。是非とも腐った貴族連中に聞かせてやりたい言葉だったよ。」
「ほ、褒めないでください! 余計に恥ずかしくなってきちゃいます!」
「私は誇っても良いと思うのだがなぁ…」
「…お父様、デリカシーというものをもっと勉強して。」
「えっ…いや、私は…いや、なんでもない…」
…そう言えば、さっき言おうかどうか考えてたって言ってたね。
一応デリカシーは持ち合わせているのかも。結果はともかく。
「セシカ、段々お母様に似てきたな…ちょっと前に全く同じセリフを聞いたぞ?」
「………」
黙っている執事さんの目すら冷たいように見える。
どんどん空気が悪くなっていくことにまずいと思ったのか、中断していた話題を再開する。
「とにかくだ! とにかくマノア君は決して邪な人間ではないと分かったから雇用条件に関しては合格だ! 君ならセシカに手を出したりしないだろうからな!」
「……」
冷めた視線は止まない。
「それより、本当に君に着てもらう服が無いんだ。どうすれば…」
「以前用意してたメイド服で良いんじゃない?」
用意してたの!?
そこまで準備されてたんだ…断ったのがちょっと申し訳なくなってきたな…
…いやいや正気に戻れ僕! 用意されてたのはメイド服だぞ!
……あれ? サイズはいつ測ったんだろ。僕測ってもらってなかったはずなんだけど…
「流石にそれは…可哀想だろう。」
「絶対似合うから大丈夫。」
「そういう問題じゃないんだがなぁ…」
…さっきは敵になっちゃってごめんなさい。お父様、ちゃんと常識人だった…
パン、パン
「例の彼女の服、持ってきて…」
セシカさんがものすごく見過ごしちゃいけないことしてるような気がする。
止めようと思った時には遅かった。セシカさんが手を叩いた瞬間に現れたメイドは既に消えていて、残ったのはすまし顔のセシカさんだけだった。
「今日測定しても一日二日で仕上がるようなものではないからなぁ…」
「そうよね。やっぱり選択肢は一つだと思うのだけど…」
勘弁して!
いや、でも…本来はそのメイド服すら無いはずなんだよね…
今回は前のこともあって用意されてたけど、普通今日から働きますと言っても最初から使用人用の服があるはずもない。
ましてや男の使用人は執事さん一人。執事さんの服だと大きすぎだから着れないからお借りすると言うわけにも…
「お持ちしました。」
「ありがとう。」
…後ろから聞こえてきた会話は聞かなかったことに――
「お父様、どう?」
――なんか頭に付けられた!?
あれかな。メイドさんがよくつけてるカチューシャとか…
「似合ってはいるが止めてあげなさい。ものすごく嫌がってるじゃないか。」
ああ、最初の感想が無ければ完璧でしたよお父様!
っていうかセシカさん力強い。カチューシャを抑えてる腕がさっぱり動かせない…!
「どのみち今はこれしかないのだから、着てみるだけ着てみたら?」
「嫌です…! それは絶対に越えちゃいけない一線だって分かってるんです…! お店に立った時からずっと!」
物心がついた頃、父さんから言われた言葉だ。
『良いかい?
お店に立ったら、売るのは自分じゃなくてお料理にすること。大きくなっても、絶対に忘れるなよ?』
「僕が売るのは…僕自身じゃない…!」
「…!」
少しづつ、セシカさんの腕が上がっていく。
「例え使用人になったとしても…!
僕が売るのは、あくまで労働力…! 人として失ってはいけない、なにかまでは売れません!」
こんな場面で出てくる台詞じゃない。
心のどこかでそう思っていても、僕は真剣だった。
既に腕は押しのけられ、カチューシャは僕の頭から離れている。
…勝った。
勝てたんだ…僕は…
……女の子の、腕に…
「マノア様、泣かないでください…」
「そ、そんなに嫌だった? ごめんなさい…」
僕は…無力だ……
弱い(確信)