十四話 言ってませんでした!
「大きい…!」
僕の店が何十軒…いや、何百軒も入りそうな程広大な敷地と、そこに収まる大きな豪邸。
馬車に揺られ、セシカさんと執事さんに連れられて来たのは店から遠くにあるセシカさんの邸宅。大きさもそうだけど、その豪華さにも語彙力を失った。
「すごいですね、こんなに大きな家…いえ、建物は見たことありませんでした!」
「そう?」
大きな衝撃を受けた僕だったけど、セシカさんにとっては当たり前だ。だって自分の家なんだもん。
…もしかしてセシカさん、かなり偉い貴族なんじゃないかな。
本当にさん付けで呼んでいい人なのかな? 急に怖くなってきた。
「貴女、あそこで働くのよ?」
「そ、そうでしたね…」
圧倒されてる場合じゃない、っていうのは分かるけど。
セシカさんに諭され、少し落ち着くと色々と思うことがあった。
(本当にあんな凄いところで働くんだ。)
とか、
(あんなに広かったら掃除とか大変どころじゃなさそうだ。)
とか、
(他の使用人さんはどんな人達なのかな?)
とか。
期待と不安を行ったり来たりする心。全く落ち着けない。
「着きましたよ、降りてください。」
「あ、はい!」
気が付くと馬車に残っていたのは僕だけだった。
セシカさんと執事さんは既に降りていたけど、全く気付かなかった。僕、緊張しすぎ。
「まずはお父様に話を通しに行くわ。付いて来て。」
セシカさんのお父様。つまり、ノースランダー家の当主。
セシカさんもそうだけど、それ以上の存在に会うとなれば当然緊張もする。偉い人と会う経験なんてほとんどないし…
それはそれとして。
僕を雇用するという話は突然決まったものだ。
以前迎え入れるということで話が進んでいたものの、僕本人の要望によりその話は凍結。現在では白紙に近い状況だったらしい。
だから一から話を通さなければならない。
「はい、お嬢様。」
「………」
ちょっと寂しそうな顔しないでくださいよ…
セシカさんの呼び方だけど、馬車の中で執事さんから言われたことだ。使用人になるのだから、屋敷ではセシカさんのことをお嬢様と呼ぶようにしろと。
ただ、今の表情からも分かる通りセシカさんとしては嫌らしい。じゃなきゃさん付けで呼ぶように言ったりしないか…
「お嬢様、仕方のない事です。
メイドが主のことをさん付けで呼ぶというのはあってはならないことなのです。」
「分かってはいるけど…」
……ん?
「あ、あの、ちょっと待ってください。」
今の会話からおかしな点が聞こえてきた気がするので慌てて話に割り込む。
「何?」
「今、メイドって言いませんでしたか?」
「ええ。間違いなくそう申しましたが…」
「えっと、もしかして僕、女の子だと思われてますか…?」
「「……?」」
分かってない! どっちも!
「…あれ? もしかして違うの?」
そう言えば、一回も言ってなかった気がする。
ある種の通過儀礼となっていた、あのセリフを。
「僕は男です!」
「「………?
………!?」」
何言ってるんだ? みたいな顔をされて、ちょっとしてから驚いたみたいだった。
「……それが本当だとしたら…まずいわ。」
だとしたら!?
確定されてないの!? 断言したのにまだ疑問形なの!?
「ええ、そうですね…」
…まずいってなんでだろ。
しばらく2人で考え込んだ後、執事さんが口を開いた。
「……えーと…マノア様。」
「はい?」
「女性のふりをして頂くことは可能でしょうか?」
「……なんで!?」
なんでそこまで僕を女の子にしたいの!?
その時、セシカさんが前に言ってたこと――
『……メイド服を着せたくなったから?』
――あれもしかして本気だったの!? しかも執事さんも同意見だったの!?
「あ、もちろんちゃんと理由はございます!」
「で、ですよね!? 決してメイド服を着てほしいとかそういう理由じゃないですよね!?」
「はい…実は、お嬢様の御父上なのですが…男性の使用人は私以外雇われていないのです。」
「その理由は、私みたい。
例え使用人でも私に男を近づけたくないとか…そんな理由。」
「私も、信頼が出来るかどうかを厳しい身辺調査や試験でしっかりお調べになり、その後ようやくお嬢様の執事になることができましたから…
人手が足りないとはいえ、男性の使用人を雇うくらいならと他の女性の候補を雇うでしょう。
マノア様がいくら家事の能力に長けていても、それだけは私達にもどうしようもありませんから…」
「………じゃあ僕、諦めます。」
「「え?」」
僕の言葉に目を丸くするセシカさんと執事さん。
次に僕は、その理由を語る。
「そうやって偽って、騙しながら仕事をするなんて、僕には出来ないです。
とんだ詐欺じゃないですか。それこそ、セシカさんのお父様が危惧しているような危ない男なんじゃないですか?
僕は、仕事に嘘はつきたくない。誠意に欠けるようなことはしたくない。
だって…そんなことしたら、僕の両親に怒られちゃいますから。
僕にとって、仕事は大事なものなんです。多分、両親と同じくらい。それは職が変わっても同じです。
これまで頑張ってこれたのは、そういった思いもあったからだと思うんです。僕はそれを無くしたくない。
だから、今回はお断りして帰ります。援助に関しても取りやめていただいて結構です。」
「マノア…」
僕の覚悟は揺るがない。
きっぱりと断った。今日はもう帰って…
「…申し訳ありません。
マノア様、もう遅いです。」
「え?」
「ごめんなさい、そのことをもっと早めに聞いていれば…」
え? 何? 何?
なんでそんなに申し訳なさそうな顔してるの?
「見知らぬ顔だな…誰だ?」
2人が見ていた場所から声がする。
厳かで、やや怒りを抑えているような。そんな声が。
僕は恐る恐る振り返る。
「君だ、君のことだ。君は誰だ?」
そこには、僕を訝しむ男性が居た。
…消去法的に考えれば――
「…も、もしかして、お嬢様の御父上でしょうか?」
「いかにも。それで、君は?」
――やっぱり。
彼は、セシカさんのお父様だった。




