十三話 忘れてました!
レーサさんが立ち去り、しばらく茫然としていた。
でも、ずっとこうしている訳にはいかないと思いとりあえず行動することにした。
まずは壁やドアの破片とか、焦げたり壊れたりした机と椅子とかを片付けた。
次に大工さんのところへ行って壁や床の修繕費を見積もってもらって、家具職人のところで新しい机と椅子の作成費を見積もってもらって。
そして、店の貯蓄と見積もり表を見比べた結果。
(……足りない。)
金銭的にピンチ、というかアウトであることが分かった。
両親が生きていた頃からの貯蓄はあったものの、大規模なリフォームにかかる代金は決して安いものではない。机と椅子は…それと比べれば安いものかもしれないけど、少ない出費ではない。
それに、工事の期間中は店を営業できない。
つまり店の工事が終わるまでに収入ゼロ。莫大な修繕費を払った後で一月以上食いつなぐのはほぼ不可能だ。
(けど…)
他の飲食店で日雇いで働かせてもらう、というのも考えた。
しかし、ちょっと前にこの店の悪評が流れたばかりだ。根も葉もない噂ではあったけど、他の店との関係を悪くするには充分だった。
さっき掛け合ったけど断られてしまったのはそのせいだろう。
「はぁ…」
僕が出来る事なんて、一通りの家事くらいだ。
魔物を倒せるほどの力も無ければ、森の中で自給自足できるだけのたくましさも無い。
僕はこんなに無力なんだなって、痛感させられる。
「マノア…これ、どうしたの?」
「…セシカさん。」
ドアがあった場所から顔を覗かせたのはセシカさんだった。いつものように執事さんもいる。
見られてしまった、と思った。
レーサさんは最初から見られていたみたいだったからともかく…あとは、他の誰にも見て欲しくなかった。いつも来てくださっている常連さんにも、彼女にも。
「僕にもよく分からないんですが…起きたら、この有様でした。
だから、しばらくシーサイドは休業なんです…すみません、せっかく来ていただいたのに。」
「貴女に落ち度は無いわ。
安心して。ノースランダー家の名に懸けて、きっちり犯人を捕まえて弁償させるから。
それまでは私が立て替えてあげる。」
あっさりと言ってのけるセシカさんに、一瞬呆けた。
「立て替え…って、そんなに簡単な金額じゃないんですよ!? それに、犯人探しまでなんて…」
「忘れたの? 私、貴族だから。
お金ならいっぱいあるし、犯人探しに関しても伝手を使えば簡単に出来ると思う。」
「それでも、そう安請負いできる金額じゃないんですって!
常連さんとは言え、さすがにお客様にそこまでさせるわけには…」
「……私は、少しでも早くこのお店を立て直してほしいの。
だって、貴女の料理が食べられないし…ここで働いてる貴女を見るの、好きだから。」
「え…?」
…最近、女の子から好きってよく言われる気がする。
どっちもそういう意味じゃないけど…あんまり軽々しく口にしないでほしい、と思ってしまうのは理不尽なのだろうか。
「投資みたいなものだし、お金は犯人から返してもらうから。
とにかく、今は私に任せて。」
「そう言う訳にはいきません!
店主として、一人の人間として、そういった施しをただ受けるわけにはいかないんです!!」
「強情ね…」
気が引けるどころの騒ぎじゃない。
ここではいと言ってしまったら、人の厚意に甘えるだけの怠惰な人間になってしまいそうだ。それは嫌だ。
「……では、こうしてはいかがでしょう。」
ここまでずっと口を閉ざしていた執事さんが口を開いた。
僕はちょっと驚いて耳を傾ける。セシカさんもちょっとびっくりしていたみたいだ。
「マノア様、我々のところで働いてみませんか?」
「え…でも、それは以前…」
「そうではなく、あくまで一時的に、お店を直すまでの間です。
実は今、お屋敷では色々と重なって人手が足りなくなっている状況でして。どうしたものかと悩んでいたのです。もし働いて頂ければ助かります。
もちろん、お給金も弾みましょう。
無理に、とは言いませんが…」
「………」
恩返しも出来る、ということか。
「それに、自覚が薄いようだけど…
貴女は誰かから狙われてる。姿を隠すという意味でも良いと思う。」
そういえばそんなことも言ってたっけ…
心苦しいくらいの待遇の良さだけど…
他の金策は無いし、その話を断って援助だけしてもらうことなんてできない。
それに、誰かは分からないけど…お店に刺客を差し向けてくる以上この家に居る限り安全は保障できない。今回のお店の破壊もその誰かである可能性は高いのだ。
…選択肢はまたしても一つだけのようだった。
「…はい、これからしばらく、よろしくお願いします。」
選べなくても、道があるだけ救われている。
こうして、僕はセシカさんの家で働くことになった。
でも…この時の僕は忘れていた。
とっても重大なことを伝え忘れていた事、もしくは聞く事を。




