十六話 困りました!
「すまない…本当に、すまない…」
…ドアが閉まる。
最後の防波堤は完全に決壊した。
最早時間は無い。分かってる。
でも、やっぱり…
「嫌だなぁ…」
それも、自分は売らないを言った後で。
あの後セシカさんのお母様が来て、僕を見たお母様はセシカさんに加勢した。
僕の抵抗もお父様の弁護も虚しく、結局僕はメイド服を着用して業務に励むことになってしまった。
お父様は僕の部屋に案内した時も申し訳なさそうにしていた。さっきの力ない謝罪はちょっと心にきた。
「はぁ…」
あてがわれた部屋は広い。
着替える前に少し部屋を見て、時間稼ぎをするのも良いかもしれない。
一時的な逃げに徹する自分が情けなく見えてくるけど…
…もう考えないでおこう。
(それにしても…広い部屋だなぁ。)
部屋は僕の家の私室より大きい。
壁が物凄くきれいだ。うっかり傷や汚れを付けてしまったらどうしよう。と心配になる程。
こんな部屋が余るほどあると考えると、ノースランダー家の財力に恐れを抱いてしまう。
昔両親が溜めに溜めた貯金を見せてくれたことがあったけど、この家の資金と比べたらどれだけちっぽけなんだろう…
…それより、今は部屋を調べよう。
さすがに調度品は無いけど、家具は一つ一つが高そうだ。タンスもベッドも、クローゼットも。
タンスにはヒラヒラしている服が入っていた。
前の部屋の主の物だろう、相当なうっかりさんだったらしい。
こんなに高そうな服を置き忘れるなんて…よっぽどのお金持ち? でも、使用人の部屋って言ってたし…よっぽど稼いでたのかな?
ベッドはふかふかだ。ベッドメイキングは既にされてるみたいだけど、もしかしてメイドさんがやってくれたのだろうか。先輩に働かせちゃったことになるのかな。
………残るは。
「…っ!」
意を決してクローゼットを開く。
そこには事前に説明されていた通り、メイド服があった。
用意周到なことに予備がある。少なくともこの服の分は働かなきゃなぁ…
『じゃあ、貴方は私達に服を無駄に作らせたということ?』
お母様の重い一言が蘇る。
あのお言葉には全く言い返せなかった。主に気迫で。
僕からすれば勝手に作られたみたいな感じだったけど、それを言えば状況を悪くするのは明白だ。
働こうとしているのに、そんなこと恐れ多くてできない。
「………」
そろそろ現実逃避も限界か。
服を脱ぎ、意を決して一着手に取る。
「………………………」
そしてフリーズ。
困った。ものすごく困った。
着方が分からない。
当然、僕は女物の服なんて着たことはない。あってたまるか案件だ。
とは言え、セシカさんやお母様が使用人の服の着方なんて知ってるかどうかわからないし、お父様は論外…むしろ、知ってたら距離を置くことになるだろう。多分。
となると…メイドさんから訊くしかないか。
そう思い、一度脱いだ服を着直そうとした時。
ガチャ
「マノア、着替え終わっ…」
…………
「…ご、ごめんなさい。」
……………
だだだ大丈夫、女の子が男の子着替えを見ただけだから! 逆だったら大問題だけど今はその逆だからつまり大問題じゃないってことだ。うん。それに全裸って訳じゃなかったし背中しか見えてなかっただろうし、でも振り向いたからちょっと胸が見えたくらいで男の胸なんて恥ずかしくないから大丈夫だしだしだしあああああ…
……何も起きてなかったことにしておこう。ドアは開かなかった。セシカさんもいなかった。オーケー。
服を着直して何食わぬ顔で部屋を出る。
「あ、あのね、さっきはごめんなさい。」
「……別に、良いですよ。」
わざとじゃなくて事故だったし。
…わざと僕の着替え中に入る意味が分からないけど。
「それより、近くにメイドさんは居ませんか?」
「近くのメイド…」
…なんで僕を見るのかな。
「…まだ着てないのね。」
「着方が分からなかったんです…だから、他のメイドさんに教えてもらおうかと。」
「そういうこと…
なら大丈夫。私、聞いたことあるから。」
なんだ、セシカさん知ってたんだ。
なら軽く教えてもらって――
「じゃあ教えるから、部屋に入って脱いで。」
「――どうして!?」
「どうしてって…何? 廊下で脱ぎたいの?」
「そうじゃなくて、口頭で教えて頂ければそれで良いんですよ!」
「説明しながら着せてあげた方が早いから。
それに、貴方は別に良いって言ってた。」
確かに言ったけど…そう言うことじゃない。
…でも。
「…そうでしたね、では、お願いします。」
恥ずかしい気持ちが無いわけじゃないけど、近くにメイドさんは見当たらない。
僕が出歩けば迷子になるだろう。
セシカさんに呼ばせるというのも気が引ける。だってセシカさんは貴族だ。
決して対等な相手じゃない。丁重に扱わなければならない。
それだけは、忘れてはならない。
「へぇ…男の人の体ってそうなってるのね…」
「あ、あんまりジロジロ見ないでください…」
前に後ろに横に、あらゆる角度から全身を見られる。
下着は穿いているとはいえ、そこまで見られるとすごく恥ずかしい。
「あ、おへその場所もちょっと違う。」
「え? そうなんですか?」
僕も女の人の体なんて見たことが無いので、おへその位置が違うの気付かなかった。
「ええ、女の子の方が高いみたい。ほら。」
「み、見せなくて良いですから!」
「そう…」
とっさに顔を逸らす。
なんでこうも抵抗なく男に肌を見せられるのだろうか。
…使用人に着替えをさせるから、抵抗が無かったのだろうか。
でも、ここの使用人って執事さん以外皆女の人って言ってたような…
じゃあ、もしかしてあの執事さん……いや、別に良いんだけど。もしそうだとしてもそれも仕事なんだし。
「…ちょっと触ってみて良い?」
「そろそろ着替え方を教えて頂けませんか!?」
おさわり厳禁。それは使用人であれば男も女も同じかもしれなかった。
「それもそうね、じゃあ、次の機会に…」
…次が無いように何としても今覚えよう。
「じゃあ、まずは―――」
初めて見た男の体に興味津々だったセシカさんも、着方を教える時は普通だった。むしろ、何かされると思っていたことを謝った方が良いかもしれない。
「ありがとうございました!」
「ええ、分からなくなったらまた言って。」
(…すみません、それは遠慮させていただきます。)
僕は一度教えてもらった後、セシカさんを帰して部屋に残り、一人で何度か練習して着方を習得した。
クローゼットの横にある大きな鏡を見て、
(よし、これでバッチリ。
結構似合って―――)
―――うなだれた。
書き溜めが無くなりました!
ここまでストックが持ったのは初めてだったり。




