3話 決着
「ちょっといいの? いくらあんたでも水中じゃ追いつけないんじゃ――――」
無表情のままの濡れ女との交戦を続けながら雪女が問いかける。
「勿論、泳いで追いかけるつもりはありませんよ」
吸血鬼はゆっくりと波打ち際へと近づき、そして右脚を大きく後ろに振り上げる。
一瞬の静止、そして――――――――海が割れた。
ズッッパァァァァァアアアアン!! と空気を震わせる速度で振りぬかれたその脚の軌道をなぞる様に白い砂浜はえぐれ、海水で満たされていた空間は左右に大きく引き裂かれ沖に行くほど深くなっていく海底の姿が直接空気にさらされる。
100メートル程向こう――――――逃走を図る異形の姿が激変した周囲の状況に驚き動きを止めそうになるが僅かに体を震わせるに留め、すぐさま逃走を再開する。
「あーなるほどね――――じゃあ、こういう感じでいいのかしら!?」
左右の手にそれぞれ構えた氷剣――――その一本を牛鬼目がけて振りかぶる。そこに――――
「――――――」
ぞるん、と水張の姿が割って入る。そこに彼女の意思は無くただ牛鬼の命令通りに主の逃走を手助けするためだけに立ちふさがる。氷柱の行く手を遮る様に構える濡れ女。両腕の形状を鞭の様に変化させ左右から挟み込むように雪女へと向かわせる、――――――よりも速く。
「おっと、悪いけどお前にはちょっと大人しくしててもらおうか!」
相一の指がスマホの画面上を滑る。瞬時に入力されたコードと対応した術式が展開され、透明で球状の障壁が濡れ女を包み込んでいく。障壁の範囲に収まりきらず切断された伸びかけの両の鞭がばしゃりと砂浜を濡らす。
障壁によって完全に密閉された空間内から脱出を図ろうと、濡れ女が全身を液体化させ激流となって球体の中で暴れだす。徐々に水量、水圧共に上昇していく障壁の内側はまるで回転式の洗濯機の様に激しい流れに満たされていった。
「今だ氷柱!!」
相一が叫ぶよりも速く氷柱の腕は動いていた。
「まかせんしゃい!!」
左右それぞれに構えた氷剣が氷柱の手から放たれる。身動きできない濡れ女の頭上を飛び越え、割れた海の両側へと呑み込まれた――――その瞬間。
バギギン!! と半弧状を描く様に元の状態に戻ろうとしていた大量の海水が凍結する。
「な――――――ッ!?」
水の無い海底が一瞬にして氷のトンネルに囲まれた神秘的な空間に変化する。
目まぐるしく移り変わる周囲の景色に、さしもの牛鬼も動揺を隠しきれない。
「夜とは言え真夏にこの水量をここまで…………。全くあの娘の力も大したものですね」
パキん、と足元に溜まる冷気をかき分け牛鬼の背後に悠然と立つ吸血鬼。
首だけを動かし肩越しに背後を振り返る牛鬼。肩越し、とは言っても人の形から大きく外れた異形の妖怪――――――前から数えて何本目の肩かは判別できないがとにかくその妖怪はゆっくりと視線を後ろに向けた。
サッカーボール程の大きさの眼球を血走らせギョロギョロと璃亜の全身を睨みつける。
「鬼ごっこは終わり、ということでよろしいですか」
「く、そ――――糞がァぁぁああああああああッ!!」
周囲は煌めく氷の洞窟。吸血鬼と牛鬼が再度ぶつかり合う。




