3話 濡れ女の事情
「人間を襲うのにあんたの意思が含まれていないとしたら。襲いたい、じゃなく襲わなきゃいけない理由がある―――――って事か」
「理解の速いお兄さんは大好きよぉ」
「そりゃあどうも。で、重要なのはその先だろ? もったいぶらないで教えてくれねえか、あんたが人を襲わなきゃいけない理由をよ」
相一の言葉に濡れ女の艶っぽい表情から笑みが消え、目が細くなる。
濡れ女が初めて見せる真剣な顔色にその場の空気が一変した。
「牛鬼――――って知ってるかしら?」
牛鬼。
「牛鬼っていえば蜘蛛の胴体に牛の頭したあれだろ」
蜘蛛の躰に牛の頭、海岸に現れ目につく人間を片端から食い殺すと言われている恐ろしく狂暴な妖怪。数多くの言い伝えが古くから残っており、山の様な巨体で毒を吐き疫病を流行らせこの妖怪がひとたび姿を現せば災厄をばらまき村一つが丸ごと消滅したという説もある。
そしてもう一つ、牛鬼の持つ特性として知られているのが
「それで納得がいった。確か牛鬼ってのは濡れ女を使役する力があるって話を聞いたことがある」
「ほんと話が速いわねぇ。お兄さんは妖怪博士か何かなのかしら?」
感心した風におどけて見せる濡れ女に当然だと言わんばかりの態度の相一。
「別に妖怪博士って程じゃねえけどさ。こちとら正真正銘生身の人間なんだ、あんたら妖怪と真っ向からやり合ってたらそれこそ命が幾つあっても足りねえよ。だからできるだけ相手の情報を調べ、策を並べて、たとえ小手先の小細工だとしても一つでも多く準備するんだ――――ま、結局最後は仲間頼りになっちまう事が多いんだけどな」
そう言って自嘲気味に笑う相一を真剣な眼差しで見つめる濡れ女。
「牛鬼を知っているなら分かるわよね。あいつは人間を唯の餌としてしか見ていない、そんな奴がこの海水浴場を本気で餌場にしようとしたらあっという間に辺り一面血の海よ。比喩でもなんでもなく、言葉通りの意味でね」
「えーと、その牛鬼がやばい妖怪って話と濡れ女さんがここで人を襲う理由ってのがイマイチ繋がんないんですけど」
思った以上に深刻そうな空気に恐る恐る手を上げた詩織が問う。
「つまり、放っておくと見境も際限もなく人を喰らいだす怪物の代わりに、人間から死なない程度に生気を吸い取りそれを捧げる事で牛鬼に人間を襲わせないようにしてるってことでしょ…………別にあたしは全部信じたわけじゃないけど」
身体の前で腕を組み険しい表情で濡れ女を睨みつける氷柱。
「それも含めて判断するためにこうして話を聞いてるんだろ。それで濡れ女、あんたの言い分は大体理解した。その牛鬼が好き放題暴れるのを防ぐために自分が泥を被ってまで人間を守ってたって事もな」
「そこまで何でもかんでもノーガードに信じられるとお姉さん逆に心配になってくるんだけど」
「それに関しては全面的に同意します。所長の度を超えた信用馬鹿は今に始まった事ではないですし」
「いやいやこれでも俺なりに熟考を重ねたうえでその人の話に嘘偽りが無いかの判断をだな…………」
二人の女性の呆れた視線に口を紡ぐ。
「と、とにかくだ! これでやる事ははっきりしたな」
「そのようですね」
相一はパンと手を鳴らし席を立ち、あとを追う様に璃亜も腰を上げ軽く背を伸ばす素振りを見せる。
「ちょっとぉ、一体なにが決まったっていうの? 一応言っておくけど牛鬼を倒そうなんて考えているなら無謀な事はやめなさい。吸血鬼の力は確かに目を見張るものがあったわよ、お姉さんが身を持って思い知らされたからねぇ」




