3話 濡れ女対吸血鬼②
「?」
突然の行動に首を傾げる金髪巨乳、何か言葉を発するよりも速くその胸の谷間に挟み込まれるように――――冷気溢れる透明な刃が突き刺さっていた。
「あの雪女ちゃんいつの間にか戻ってたのね。ま、だからどうって事はないんだけどねぇ」
自らの胸元から生える冷たい刃を、特に興味なさげに見下ろしながら濡れ女はくすくすと笑う。
「随分と、自分の能力に自信があるようですね。雪女や大妖怪とも称される吸血鬼の攻撃すら物ともしないんですから自身過剰という訳でもないでしょう」
ですが、と璃亜は一度言葉を区切る。
「だからと言って、唯の人間が何も出来ない無力な存在と決めつけるのはあまりお勧めしませんが」
ざん、とサンダルを履いた足が洞窟の岩地を踏みしめた。
陽の沈みきった夜空と真っ黒な海面を背景に立つのはサイドテールを夜風になびかせる女子高生、中原詩織。
ずしりと重量感のあるバッグの肩ひもを両手で掴んだまま大きく振り回す。
「おりゃぁああああああああああ!!」
ハンマー投げの要領でぐるんぐるんと回転し、遠心力を得たそのバッグを雄たけびと共にぶん投げた。
詩織の手を離れたバッグは放物線を描きながら璃亜の頭上を越え、全裸の金髪爆乳へと向かって飛んでいく。
「まだお仲間がいたみたいねぇ――――それがどうしたって話だけど。で、その鞄の中身は何かしらぁ? たとえ爆弾だったとしてもあたし相手じゃ意味もない――――――」
「氷柱ちゃん! やっちゃって!!」
女子高生の言葉に応える様にひゅん、と一本の氷剣が彼女を追い越し空中に飛ぶバッグを一閃した。
丁度、濡れ女の頭の上で引き裂かれたバッグの中から吹き出したのは、白い粉。
狭い洞窟内という限られた空間の中を一瞬で埋め尽くすほどの粉塵。そんなものが自分の頭上で破裂した濡れ女がどんな姿になるかなど想像に難しくない。
「わっぷ!? …………けほ、これは一体何の真似かしらぁ?」
頭のてっぺんからつま先まで粉に覆われ真っ白に染まった濡れ女が初めて険しい表情を浮かべる。
まるで低俗なドッキリ企画のターゲットにされた様な、そんな反応。
「大方、流行りの粉塵爆発? でも起こすつもりなのかしらぁ? けど残念、水を操る妖怪にそんなものが通用すると思う方がおかしな話よねぇ!」
ゾザァ? と濡れ女の足元から立ち上がった水柱が洞窟内の空気をかき混ぜる様に暴れまわった。直接水柱に触れなくともそのかき乱された空気と共に白い粉は散らされ、洞窟内に立ち込めていた白い粉塵の殆どは収まっていた。
「最後の秘密兵器もあっけなく終了しちゃったみたいだけどぉ、今度こそおしまいに―――――?」
そこでふと濡れ女が首をかしげる。彼女が感じたのはほんの僅かな違和感、どこがおかしいと聞かれればうまく言葉に出来ない程小さな感覚。
「この粉、一体―――――!?」
ほんの小さな違和感が危機感に変わるその瞬間
「秘書さん! 思いっきりぶん殴ってください!!」
その言葉が届いた時には既に、吸血鬼は眼前に濡れ女の姿を捉えていた。
「全く、何のためにあの場に置き去りにしてきたのか…………。そういう無鉄砲な所、所長の影響じゃなければいいんですが」
パァン! と至近距離まで近づいていた水柱を裏拳気味の一振りで叩き潰す。
暴れまわる水の柱を掻い潜り、濡れ女の懐にたどり着いた璃亜が硬く拳を握る。
(吸血鬼の名は伊達じゃない、ってことねぇ!! だけど、所詮は物理一辺倒――――十の力が千になった所で濡れ女である私には届かないわよぉ!!)
「――――などと思っている暇があるなら歯を食いしばれ、濡れ女」
「―――――は?」
どちゅん
水張の頬に触れた拳から伝わる感触、先ほどから散々味わったそれとは明らかに異質なものだった。
水気の多い粘土を殴り飛ばした様な音と共に凄まじい勢いで後方へ吹き飛んでいく、今度は人の形を保ったままで。
等身大のブーメランのように景気よく回転しながら飛んでいく濡れ女の軌道上、水の檻に囚われた事務所の所長の姿に気づいた璃亜がしまった、という顔を浮かべる。
「…………あ」
「ブ、ぶごぶ! ごぼごぼがぼごぼがばぁああああ!?」
身動きも取れないまま、誰にも届かない叫びをあげる相一に全裸の巨乳が高速回転しながら突っ込んでいく。
傍から見ればくだらないギャグにしかならないが、実際にはちょっとした交通事故レベルの衝撃が直撃した。




