3話 濡れ女対吸血鬼
璃亜の瞳が妖しく光る。その視線は真っすぐに濡れ女の姿を射抜いてる。
洞窟内の空気がじわりと歪む。璃亜から吹き出す形の無い何かがこの空間を埋め尽くしていく。
(この子、急に空気が変わった――――!? これじゃまるでほんとに人間じゃないみたい…………いえ、それどころか――――――)
それは妖気、それも自分の物とは桁違いな強大な気配。目の前にいてもその全体が把握しきれない程膨大な妖気、まるで巨大過ぎる建造物を間近で見てもその全容が理解できないのと同じ様に。
「――――それが、どうしたっていうのかしらぁ? あなたの正体が並みの妖怪を凌ぐ怪物だって事は分かったわぁ。だけど、さっきも言った通り妖怪同士の戦いは相性、環境に左右される所が大きいのよぉ! 海に囲まれたこの状況で濡れ女であるあたしに勝てる奴なんてそうそう存在しないわよ!!」
ボッ! と弾丸の様な勢いで八本の柱の内三本が同時に璃亜に飛び掛かる。
三方から襲い掛かる丸太の様な水流は璃亜が身構えるよりも速く彼女の体を呑み込んだ。
凄まじい水の奔流、華奢な少女の体など枯れた流木同然に流される、その筈だった。
爆発の様な水しぶきが洞窟内を埋め尽くす。
ちょっとしたゲリラ豪雨と変わらない水量が濡れ女の頭上からも降り注ぐが、直ぐにその大雨も収まり視界が広がる。
そこに立っていたのは金髪爆乳の『濡れ女』、そして腰まである白いポニーテールを揺らす赤い瞳の『吸血鬼』だった。
「その姿…………あなたの正体、それは…………」
「ええ、ご想像通り私は吸血鬼。巷では存在自体が伝説とも呼ばれているらしい夜の王…………もっとも、私の場合は限定的な条件のある中途半端な半吸血鬼ですが」
ぱしゃり、と璃亜がゆっくり歩を進め、濡れ女との距離が少しづつ縮まる。
「まあ、あなたが吸血鬼とかいう規格外の怪物だって事は十分に理解したわぁ。でもぉ――――」
残り五本の柱が蠢き混ざり合い、一匹の巨大な龍と化す。
「どっちが勝つかはまた別の話じゃないかしらぁ!!」
ゴバァッ!! と巨龍を象った濁流がその顎を広げ璃亜に襲い掛かった。
「さすがにこの物量と正面からぶつかるのは骨が折れそうですね」
たん、と軽い身のこなしで水の巨龍を飛び越えるとそのまま空中で半回転、洞窟の天井へと脚をつける。跳躍の勢いと重力とが釣り合うその一瞬で足元の状況を見極め把握する。
獲物を食らい損ねた巨大な龍がその身を翻し上を向く。だがその大顎が天井ごと璃亜を噛み
砕こうとした時にはそこに彼女の姿は無く、重力という当たり前の力に吸血鬼の脚力という埒外な力を加え白い弾丸と化した少女が濡れ女の頭上から降り注ぐ。
ドッパァアアアアン!!!! と凄まじい衝撃が周囲を叩く。白髪の少女が降り立った地点を中心に地面はえぐれ、岩肌の下にある砂地まで剥き出しになっていた。
そんな惨状を引き起こした一撃がその身に直撃した濡れ女の姿は跡形もなく消え去り、直前まで彼女が立っていた場所に大きな水溜まりを残すだけである。
白髪の吸血鬼は自分以外の姿が消え去った洞窟内で溜息を一つ漏らす。
「この程度で終わる相手なら、そもそもここまで苦労はしなかったでしょうね」
璃亜が鋭い目つきで足元の水溜まりを睨みつける。
ぱしゃり、と小さな水音が静寂を取り戻した洞窟内に反響し、続けてゴボゴボゴボと浅い水溜まりの表面が激しく泡立ち始める。
見る見る内にあぶくが人の形を造り上げあっという間に元の金髪爆乳の女の姿を完成させた。
一糸纏わぬその肢体、へそ辺りまで伸びるふわりとしたブロンドヘアがその肉体で最も柔らかく最も豊満な部位の先端を辛うじて隠している。
「いくら吸血鬼が馬鹿力だって言ってもあたし相手じゃ何の意味の無いんだけどねぇ。流石にその豹変ぶりにはすこぉし驚いたけど」
「私が馬鹿力だけの脳筋だと思われているのは少々癪に障りますが、あなたの言う相性というものもあります」
「あら、ようやく諦める気になったかしらぁ? さすがの吸血鬼も殴れない蹴れもしない相手には成す術無し、って感じねぇ」
「ええ、私に出来ることは無さそうですから。―――――ねえ?」
そこで璃亜はゆっくりとした動きで半歩、横に移動した。




