3話 海中の攻防
酸欠に苦しめられる相一の安否も、金髪爆乳の気配が明らかに人間のものでは無いという事も忘れて氷柱は固まり、小さな声を漏らした。
は? という氷柱の怒りと疑問を含んだ声はゴボ、という泡音となって海面に向かい上がっていった。
(な・ん・でッ!! 毎度毎度あいつに近づく女どもはどいつもこいつも体の一部分が無駄に膨らんでる連中ばっかなのよ!? ていうかあの馬鹿、現在進行形で死にかけてるくせに微妙に鼻の下伸ばしてるのが何よりムカツク!!)
自由の効かない水中でじたばたともがく相一…………と彼にしがみつく謎の金髪爆乳が、わなわなと身を震わせる氷柱の存在に気づく。
(氷柱! 助かった! そろそろ息が限界で――――)
助っ人の登場に僅かな安堵を見せる相一。
ツインテールをゆらゆら漂わせる彼女からは鬼気迫るオーラが感じられるのだが、どういうわけかその矛先が相一に向いている気がしないでもない。
(あれー氷柱さん? なんか俺の方睨んでる気がするんだけど)
言葉を交わすことが出来ない水中で互いに意思疎通を図る手段を保たない二人。アイコンタクトだけのやり取りに限界を感じ始めていた二人の間に滑りこむように割って入って来るものが一人。
『ちょっとぉ、人の事無視して何二人だけで見つめ合ってくれちゃってるのかしらぁ?』
ゾワリ、と。
背筋に怖気が走るような声色で。
するり、と。
蠢く蛇の様な滑らかさで。
一糸纏わぬ女性の姿が二人の間に立ちふさがる。
大事な所こそウェーブの掛かった長い金髪のおかげで隠れているが、その魅惑的なボディラインは微塵も隠しきれていない。
(こんの金髪痴女!! 一体何食べたらそんなでっかくなるのよ!? 羨まし――――ってそんな事言ってる場合じゃなかった! …………とにかくあの女が離れた内に相一が上手く海面に向かえれば)
氷柱は己と対峙する金髪の女、その背後にこっそりと静かな動作で海上へと上がっていく相一の姿を確認する。
『あらあら釣れないわねぇ、もう少しお姉さんと一緒にいてくれもいいんじゃない?』
がくん、と。
海面から顔だすまであと一息といった所で相一の動きが止まる。
(なん、だ!? 何かが足を引っ張って――――――!?)
金髪の女は相一の方を見てもいない。だがその手から伸びる見えない何かが確実に相一を捕らえ、海面から引き離していく。
(ク、ソ――――マズイ、いよいよ、まじで、意識が遠く…………)
僅かに抵抗を見せる相一だったが得体のしれない拘束はそう簡単に解けるものでは無かった。
『はい、おかえりなさい』
あっという間に元の深さまで引き戻された相一を両腕広げて待ち受ける金髪の女。
その指先が相一の体に触れる、その直前。
ズバァッ!! と、唐突に降り注いだ鋭い氷で形成された剣が相一と金髪の女を繋ぐ『見えない拘束』を断ち切った。
『なかなか手荒い事するのねぇ。こっちの彼にも刺さるとこだったじゃない』
そう言って金髪の女はゆらりと氷柱の方へ向き直る。
(ま、多少当たっちゃっていいかなーぐらいの気持ちだったしね。ともかくこれであの女の意識が完全にこっちに向いた、今のうちにさっさと――――)
流石に呼吸を止めていられるのにも限界が来たのか、相一はなりふり構わず海面を目指して手足を動かす。
『だからぁ、お姉さんからは逃げられないぞぉ――――、と』
再び金髪の女の手から見えない何かが水面間近の相一に向かって伸びる。
水中という事もあり目を凝らさないと気づかないが、彼女の手先から相一との間の水流が不自然に歪んでいる事が分かる。それが相一の両手足目掛けて、獲物を追う蛇の様に追いすがる。
だが。
水流を操る変幻自在の拘束具が標的に辿り着く事は無かった。
なぜなら――――
ズバババババァッ!! と、先ほどと同じ透明な剣が天から…………正確には波立つ海面を突き破り夥しい数降り注いで来たから。
『――――っ!? こ、れはぁ――――っ、人を助けるための物量にしては、――――多すぎないかしらぁ!?』
毒づきながらも雨あられと降り注ぐ無数の凶器のその全てを交わしていく。決して素早い動きではない、ゆらりとしかしそれでいて正確な動きで氷剣の軌道から逃れていた。
『ちょっとびっくりしたけれど、一つ一つのサイズがこれじゃあ、お姉さんには物足りないかしら』
両手一杯に抱えた砂利を無造作に放り上げ、その全てを回避するような曲芸じみた光景に氷柱の口元が………………小さく緩む。
(上からの攻撃は囮、派手なエフェクトで視線を釣り上げ本命は――――)
大量に降り注ぎ、しかし狙いを外した氷剣の行方は?
その答えは三人の足元から現れた。
降り積もった雪がいずれ氷となる様に。
数えるのも馬鹿らしく成る程降り注いだ氷剣の表面が海水で一時的に解け、密着した他の剣と密に凍り付き、クジラですら容易く両断出来そうなサイズの一振りの氷剣が金髪の女目掛けて突き上げた。




