第七十七話 (閑話)大人たちは夜に酒を嗜む
少し今回は長めです。
飯も食べ終わって少しケンジたちの遊びに付き合ってやった後、二人は今日は同じ部屋で寝たいと言い出し、俺は今日一人でリンダさんの用意してくれた部屋で寝ることになった。
ケンジたちも寝静まった後、一階の部屋に残ったのは机に向かって何か仕事の書類をまとめているリンダさんと一緒に台所で夕飯の片付けをする俺だけだった。
「リンダさん、一通り片付け終わりましたんで」
「すいません、片付けまでやってもらって……」
「俺、こういうの慣れてるんで気にしないで下さい」
俺は食器を洗い、タオルで拭き終わると食器棚に同じ皿がある場所に種類別にと皿を戻していった。片付けが終わると俺はリンダさんの前にあるものを置く。
「これは……」
「木の実と赤ワインがあったから、サングリア作ってみました」
俺はシチューを煮ている空いた時間に空の牛乳瓶を綺麗に洗い、お湯できちんと煮沸消毒させた後、材料箱から細かく切っておいた色んな色と形をした木の実を詰め、赤ワインを注いでおいた。
まぁ、ちょっと漬けただけじゃせっかくの木の実の味が楽しめないのでちょっとずるい気はしたがスキル【発酵】を使い、アルコール分を活性化させ味に深みを出しておいた。言葉として当てはめるなら“熟成”と言ったところか。
「綺麗ですね……」
リンダさんはサングリアが詰まった瓶を手に取り、うっとりとしたように見とれる。俺は2つの硝子のコップにサングリアを注ぐ。
「あいつらも寝ちゃいましたしリンダさん、一緒に飲みませんか?」
「えっ、でも私まだ書類仕事が……」
「まぁまぁ。せっかく作ったんですし、それにリンダさんみたいに普段働きづめ女性が少しぐらい羽目外したってバチは当たらないですよ」
「そうかしら?」
「はい、それにあの神さまポンコツですし」
「えっ?」
俺の言葉を聞き、一瞬固まったリンダさん。俺は慌てて自身の失言に気づき口元を押さえた。
あっ、いけねぇ!余計なこと喋りすぎた。
「え、あっいや、じょ、冗談ですよ~ッ!やだな、リンダさん~!マジな顔しちゃって……」
「なんだ冗談ですか……。まるで神さまと一度会ったことがあるような口振りでしたので一瞬びっくりしましたよ」
「い、いやだなー!いくら俺が異世界の転生者からだって流石に神さまとなんか話したことありませんよー!」
『本当は一度どころか2回も会っちゃったけども……』
別に神さまに自分たちのことを喋るなと言われたわけではないがこれ以上話すと話が余計ややこしくなって、めんどくさそうだったので俺は黙っておくことになった。
それにあんな泣くと鼻水を垂れ流すような残念なイケメンが神さまだと知ったら、この世界にもいるかもしれない信者が悲しむことだろう……。なんとかその場を誤魔化せたと俺は安堵の溜息をつく。
「でもそうね……。なら、久しぶりにいただこうかしら?」
リンダさんは書類が汚れないよう仕事用の鞄の中へとしまうと、サングリアが入ったグラスをとる。リンダさんが持つだけで中身はただのサングリアなはずなのに、紅く反射して妖艶な美酒に見える。
「ポチさん、あの時はごめんなさい」
「?なんのことですか」
「ほらあの時私……悲鳴をあげてしまったじゃないですか。失礼なことをしてしまったなと……」
「あー、あの時のことですか」
俺の脳裏に人間からスライムに戻った時の情景が思い浮かんだ。確かにあの時のリンダさんの顔はマジでびびってた。
「別に俺は気にしてませんし、あんなん見たらリンダさんが悲鳴を上げても仕方ないですよ」
どうやらそのことを気にしてリンダさんはわざわざ俺たちを引き留めて家に泊めてくれたのかな?今まで冷たい印象しかなかったリンダさんであったが、優しい一面もあるのだなと俺は思った。
「そう言えば、リックやリンダさんたちのご両親は?」
もうこんな時間なのにご両親の姿をまだ俺は一度も見てなかった。リックやリンダさんもまだ若いのというのにこんな時間にも帰ってこれないとは一体どんな仕事をしているのだろう?俺はつい気になってしまい、リンダさんに質問してしまった。
「両親は……もう、とうの昔に亡くなりました」
「えっ……」
「仕事の帰りの道中、モンスターの群れに襲われてそのまま……。この世界に生きているなら仕方ないことです」
「そっか……」
残酷だが、この世界の自然の摂理はこうなっている。こっちの世界には交通事故などで死ぬ人なんてほぼいないが、モンスター絡みでの事件で死んでしまうことが圧倒的に多かった。
始まりの村の悪食豚頭だって、本来は俺とケンジがいなければ村人たちは悪食豚頭たちの餌食になり、村ごと綺麗さっぱりなくなるという未来を辿るはずだった。それがただ『俺とケンジ』がたまたま巡り会ったから変わったというだけの単純な話だ。
こちら側ばかりが狩るだけではなく、あちら側も生きるため必死なのである。
顔色をひとつも変えずリンダさんはそう言うと、サングリアを一口飲み「美味しいです……」と静かに微笑みを浮かべながらひと言呟く。まるで何処かの酒のCMみたいで様になっていたが、その笑みには少し陰りを感じた。
「それでリンダさんは冒険家に?」
「確かにモンスターが許せなくて、冒険家になったのも理由の一つでしたが一番の理由は報酬が良かったからです」
「なんか意外ですね……リンダさんがそういう理由で冒険家をやり始めてたなんて」
「当時の私はまだ16歳になったばかりの小娘でリックもまだ生後3週間ぐらいの赤ん坊でした。そんな私を雇ってくれる親切な店なんてこの国には何処にもありませんでした」
「でも、叔母夫婦がいるって……」
「はい、叔母さんたちも勿論声をかけてきてくれました。でも、そうなるとこの家は手放さなければいけません」
雷の魔石が入っているという照明器具が黙って俺とリンダさんを淡い光で照らし出す。
「いやだったんです……。この家が唯一亡くなってしまった母と父と私を繋ぐ、思い出の場所だったので……。それにまだ小さなリックにも母と父のことを忘れて欲しくなかった」
そこにあるアーモンド色の瞳には迷いや躊躇いなどの感情は一切なかった。
「強いんだな、リンダさんって」
「別にそんなことはありません。ただ必死だっただけですから」
そう言うと少し強張っていたリンダさんの顔が柔らかくなり笑っていた。その姿を見て俺も安心し、サングリアを口に含む。うん、木の実などの酸味やフルーティーさがワインに染み出ており、すっきりとした味で飲みやすくうまい。
「ポチさんって、変わってますよね」
「え、そうですかね?」
「えぇ、変わってます」
クスクスと俺の顔を見ながら笑うリンダさん。俺、そんな変なこといったかな?
「大体この話をする前に皆さん必ず『ごめん』と謝ってきて、ここまで話すこともないのですが……。室長以外、初めてですね」
あー、確かにダルクスさんならニコニコとあの穏やかそうな笑みをしながらもズカズカと聞いてそうだなぁ~……。俺はリンダさんの言葉に思わず苦笑いを溢しながら酒を飲む。
「でも、人生なんて何があるかなんて分からないしそれを一々謝ってちゃきりないだろ。それにリンダさんにとってはその記憶は大切なんだろ?なのに逆にそれを謝っちゃう方が失礼だと思ったんだけど」
「そうですね。私自身はあまり気にしてないのに謝られても困っちゃいますね」
気づけば俺のコップの中のサングリアはなくなっていた。すると、リンダさんは立ち上がり俺のコップに注ごうとサングリアが入った牛乳瓶を持つ。
「もう一杯、私に付き合って貰えますか?」
「そりゃ、もう喜んで!」
俺とリンダさんはもう暫く酒を酌み交わした。まだ夜は始まったばかりだしこれぐらいの贅沢は別にいいよなイケメン神さま?
俺は心の中で天界にいるはずのあの、残念な神さまにそう語りかけた。
一方、天界の方……。
ミカエル「くしゅん!」
『風邪かな?』




