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幻想見聞録  作者: 藤宮周水
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第五章⑱


 あれだけ、長く一緒に商売をして、諸国を渡り歩き、寝食を共にし、どんな暗くも共有してきた、相棒ともいえるライサが今、クラインの眼の前で見るも無残な姿に成り果てているのを見ると、なおさら怒りもこみあげてきた。


「お前……!」


 クラインは腹の底から低く声を押し上げると、瞬時にネウの首を掴み、力の限り強く締め上げた。


 生まれてこの方、クラインが心底激怒したことはほとんど無い。あったとしても、それは幼少時の出来事で、自我が芽生えて、道徳心とやらを教わる少年時代からは全くなかった。


 腸が煮えくり返るくらいの怒りがクラインの感情の全てを支配し、今もこうしてネウの首を掴む腕に力を入れていないと、自身の体が爆散して吹き飛んでしまうのではないかと思うくらい、クラインは怒りの感情に体と心をむしばまれていた。


 こいつだけは、許せない。どんな怒りの感情よりも強い感情が、クラインの思考をさらに過熱していく。


 その一方で、ネウはこれだけクラインに首を絞められているのに、眉をピクリとも動かさず、ただ冷静な顔でクラインを見ていた。


 しかし、突如その表情が不意に和らぎ、ネウは慌てて口を開いた。まるで、たった今悪夢から目が覚めた様に。


「! ま、待ってよ。私はライサを殺してはいないわ。とんだ誤解よ」


「いまさら何を……!」


「まだライサは生きているわ」


 ネウはクラインの腕をつかみ、その手を振りほどこうと、腕に力を込め始めた。


 不思議なことに、こちらよりもはるかに細く小さいネウの腕は、信じられないほどの握力を生み出し、ネウがクラインの腕をつかむ力を大きくする度、反比例してクラインがネウの首を絞める力は弱くなっていった。


 ネウの握力はさらに強くなっていき、腕の骨がきしむ音がするようになってようやく、クラインはネウの力に負け、首から手を放した。


 ネウに掴まれていた方の右腕は不気味なほど赤くむくんでおり、いまだに力が入らない。ネウが一体どれくらいの力で自分の腕をつかんだのかは見当もつかないが、確実にわかるのは、そんな力でさえネウの力のごく一部にすぎないという事だ。


「分かってくれる?」


 ネウは痛む腕を抑えている恐慌状態のクラインを尻目に、呆れた様に言葉を吐いた。


「……いや、もう、何も信じられん。お前は吸血鬼だ。人間を殺すのが、生きがいなんだろう?」


 クラインはネウから目を逸らし、浮浪者が吐くようなうわ言のように、しかしはっきりとそう言って、地面に座るように倒れ、黙った。


今はもはや春ではないのかもしれません。

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