第五章⑮
その扉の向こうから聞こえてきたのは、何とも奇怪で気味の悪い音だった。扉越しで弱まっていてもはっきりと分かる。血肉をすするような、普通に生きていたらまず聞かないと思う音だ。
クラインは中をのぞいて、その音の正体を確かめたいと強く願う一方、開けてしまえばもう帰っては来られないのではないかと不安で逃げ出したい衝動にも駆られた。
この扉は、例えるなら開ければ何かを得られるが、代わりに別のものを失うパンドラの箱の蓋だ。
扉を開けば、音の正体がわかる。だが、その代わりにクラインは見たくないものを、信じたくないものを、そのくすんだ双眼に捉えることになるのは確実だ。
だが、その目に捕らえない事には、ネウとライサの身の確認はできない。例えその音の正体が、正体が。
――――ネウであっても。
「あら、クライン」
「ネ、ウか……?」
恐る恐るあけた扉の向こうには、筆舌に尽くしがたい光景が広がっていた。
数人の海賊たちが床に血を流して倒れており、先程廊下で見たような変死体で転がっていた。そのうち何人かは抵抗した後も見られるが、その他ほとんどの男たちは無抵抗のまま殺されたかのようだった。
もし、クラインが地獄というものを一瞬でも垣間見ることができたのなら、間違いなくその光景はこれに酷く相似していることは想像に難くない。
ネウは、その死体たちによって作られた血の海の中央に顕現していた。
その白く細い右手が掴んでいるのは、体中の血を吸われ、げっそりとやせ細り、老人のようになった海賊の抜け殻だ。
初めて会った時にネウに着せた薄手のコートも、返り血を浴びて赤く染め上げられている。そのコートの下の衣服でさえ、所々に赤黒い斑点が浮かび上がっている。
吸血鬼。
そう、これが、この光景が、今のネウと言う存在自体が、どんな言葉よりもそれを体現している。
ネウの瞳は、いつにもまして紅く輝いており、ルビーの宝石に負けるとも劣らず透き通っていた。まるで血がその瞳に生気を宿したかのように。
だがその一方で、その悪魔の如く殺戮を行ったネウが、例えようも無く「美しい」というのも否めない。
されども、可愛げなどはもう欠片ほども残っていない。あるのは、悪魔の取引の様に魅力的な容姿だけだった。
「――ネウ」
クラインは乾いた声で、ネウの名を舌に乗せた。返事は来ない。帰ってきたのは、それまで屍に向けられていた、青白く、快楽に歪んだ顔だった。
殺される。
クラインはネウの真紅の瞳がこちらを向いた瞬間、それを生物の本能で感知した。もう、虫の予感だとか、計算の結果でのことではない。ただ、自分は殺される、という漠然としたずっしりと重い恐怖を四肢で、五臓で、五感で感じとった。
部活の遠征でだいぶ遅くなりました。
すみません。




