第五章⑭
まだ船を手にしていないとき、数年前まで異教徒との勢力争いの激しい激戦地だった死屍累々の平原を駆け回ったこともそう少なくは無い。
「……まさか、な」
クラインは死体の首元の辺りを照らしてみて、無意識に顔が引きつる。
何故なら死体の首には、まぎれもない、野獣に噛みつかれたような鋭い歯型がくっきりと残っていたからだ。
この、切り立った断崖と砂漠、不毛な平野しかないガーボヴェルディ島に、人間をこのような状態にできるような動物は存在しない。
たったそれだけの事実で、クラインは誰がこの男を殺したかを正確に答えることができる。ただし、その答えに相当する人物はクラインが「そうでなくてほしい」と心底願う人物と同じである。
「いや、違う」
目の前にある現状をありのままに受け入れることができず、頭では分かっていながらも、クラインは決して口には出さなかった。
ネウは、もう人間を喰うのは止めたはずだ。だから、あの時俺を喰わなかったんじゃないか。もう、そうしなければ生きていけない自分は嫌だと。
そう強引に納得づけ、クラインは死体を避けて奥へと進む。
いくらか進むと次第に死体特有の、昨日入港した時に臭った、あの独特の鼻をえぐるような強烈な臭いが強くなってきた。この奥には、先程の死体のようなものがさらにあるとでもいうのだろうか。クラインは嫌な予感を覚えつつも、先へ先へと進んだ。
まっすぐと、自分の目の高さに松明を持ち、なるべく遠くを見ることができるように視線も高くした。
耳に入ってくる、肉を踏む、ぐちゃりぐちゃりと、嗚咽をもよおす醜悪な音にも聞こえないふりをした。これだけでもすぐに引き返したくなるようなものではあるが、音だけならば、まだましな方である。
何故なら、クラインの足元にはこの世の地獄が床一面に横たわっており、死体たちはまだ生者であるクラインに向かって、濁った眼の玉で、裂けた口で、血であふれた喉であの世から助けを求めているのだから。
ほどなくしてクラインの前方に木の扉が見えた。クラインはその扉の隙間から明かりが漏れているのが分かると、歩みを早めて扉の前に立ち、耳を当てた。
春休みなんて無かったんです。




