二十七話 二章:その九 PASCHA
前回までの『おれ天』!!
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俺は、目を覚ます。
復讐にやって来た彼に頭を潰されて、もう二度と来るはずがないだろうと思っていた覚醒は、意外にも呆気なくやって来た。
何となく、辺りを見回してみる。
真っ白。
上下左右前後、全てが何も物体のない真っ白の空間。寝そべって、足で直立できるくらいしっかりとした地面があるのに、一瞬でもそれがないように感じてしまうくらい、何もないうっすらとした白い光に包まれた空間だった。
「そろそろ目が完全に覚めた頃合いじゃあないか、神様よ?」
後ろから声がした。
低く中性的な声だったが、そこから漏れ出す育ちの良さというか、粗暴な言い分とは裏腹にそこはかとない上品さがあったので、大人の女性のものだとすぐに分かった。
「まず、名乗るのが先じゃあないかな?」
俺は振り返りながら問うた。
声の主は、座っていても良く分かるほど背が高く、ファッションには無頓着だと主張するように羽織った古びたトレンチコートに雑にその手を突っ込んではいるがその下に来ているパンツスタイルの背広は高級感のある代物。
整った顔立ちをしていたが鋭い目つきとシルバーの眼鏡によって可愛らしさよりも知的さと厳しさが勝っていた。髪の毛はちょうどうなじが隠れるくらいの長さに纏められているが、特に手入れはされていないようで荒れに荒れていた。
「あんた、そんなにセカセカした人だっけか? まぁ、この際はどうでも良いか……。私はK。仕事上、それしか名乗れない。無礼を許してくれ、創造神テト」
そう言って女性、Kは立ち上がった。
敏腕刑事のような出で立ちの彼女に見下ろされるのはなんだか気が気でないので、俺も立ち上がって視線を合わせる。といっても、5センチメートルほど見下ろされているのには変わらないんだが。
「よろしく、K。その口調だと、俺の事情はある程度知ってる、ということで良いんだな?」
「『ある程度』ではなく、『全て』だ。1から10、AからZまで、『全て』。だから、といっては何だが、世話話も寄り道も説明もなしで話を進めさせてもらう。なにぶん、時間が惜しいからな」
「…………。分かった、そういうことにしておこう」
Kと俺は握手を交わして、歩き出した。
何もない、白くしか光らない場所だが、当てもなくただ話をしながら歩く分には問題ないらしい。
「単刀直入で悪いが、あんたは今死んでいる状態にある。言うなれば、ここは三途の川で、今の私は死者を対岸に届ける船頭ということになる」
Kは歩きながら、淡々と言った。
「死んだ? この俺が? そんなことはない、ここは俺が作った世界だ。神は殺されても転生して蘇ることになってるんだ。三途の川よりも、転生の待合室、という方が正しい」
「それは思い込みだぞ、神様よ。この世界はあんたが思っているよりも、作った物よりも、広く、そして複雑に構成されている自然物だ」
「自然物? どういうことだよ?」
「『説明はしない』と言ったはずだ。ニーチェの言葉を借りる気はないが、『神は死んだ』んだ」
「ニーチェって誰?」
素っ頓狂な質問に苛立ったのか、
「こっちの話だ。余計な質問はしないでくれ」
雑に頭を掻きむしって突っぱねた。
俺よりも長い足を持つKの歩幅は広く、そしてとてつもなく速足で歩く彼女はつかつかと俺との差を広げていった。
この急いでいる感じに、俺は見覚えがあった。
「K!」
俺が何かを思い出したのを察したのか、Kは素直に歩を止めて振り向いた。
彼女は含みのある笑みを浮かべながら、
「何か思い出したな?」
「そうか、やっぱり俺たちどこかで会ってるな?」
「心当たりはあるな。言ってみろ、正解は知っているはずだ」
「…………。セリーナに拉致された、六月。地下にいた彼女を通して」
「よろしい。では、次のステップだ」
教師のようにKは言うと、次は右手が軽くスナップを利かせて指を鳴らした。
すると、Kから数歩先で地面が消えた。
消えた、というよりも崩れて崖のようになった、とする方が正しいのかもしれない。
さっきまでは白く発光していただけの当てのない空間だったのが一変、実体の帯びた、さながら巨大な亀裂の走る南極の銀世界となった。
「あんたのいた下界では、住んでいる者全てに思考制限がかけられている。今まで考えにふけようとしても、靄がかかったようになってうまくいかないのはその所為だ」
「すると何か? 俺は、君と話すことによってその制限を解除してもらってるってことか?」
「そうだ。ちなみに、これはこの世界の神であるあんたにしか通用しないやり方だ。最初から世界の理に一番遠い存在であるあんた、のな」
「さっきから含みのあることしか言ってないぞ。時間がないんじゃあなかったのか?」
俺がそう言うと、「それもその通りだな」とKはクレバスに沿いながら歩きだした。
「私の目的は、あんたにかかった『思考の靄』を取っ払うことだ」
「だから、セリーナを送り込んだのか?」
「神様の啓示を受けたジャンヌ・ダルクのように操ってな。まぁ、横着したツケで不完全に終わったわけだが。考えてもみろ、あの女が自力であんたの居場所を見つけられるほど優秀に見えるか?」
確かに、と。俺は納得した。口に出して同意しなかったのがせめてものフォローだとして欲しい。
そんな俺を横目に、Kは続ける。
「そのせいで寄り道は結構したもんだが、最終的にはあんたに直接対面することで万事解決だ。物事、為るようにしか為らんからな」
「でも、どうして俺の『思考の靄?』を取り除きたかったんだ?」
「これから先、あんたが必要になるからだ」
ピタリ、とKが立ち止まる。
彼女の言葉が引き金となって、俺の体に幻術の中で作り上げた鎧の姿が具現化した。
格好を恥じるよりも、Kの言葉とこの現象に疑問がいった。
「『必要』って、何に?」
「それはまだ言えない。少なくとも、今分かっていることは『下界に降りて、神と名乗るあの超人を始末する』のがあんたのやるべきことだ」
「それはダメだ!」
俺は叫んだ。
始末する、この言葉に俺は咄嗟に拒否反応を示したのだ。
何も、俺に彼を倒す覚悟がないわけじゃあない。彼がカナフやナットを手にかけようとすれば容赦なく立ち向かう自信と覚悟があるが、彼をただの脅威として扱うことに、俺は負い目を感じていたのだ。
「彼は悪くない。彼がああなってしまったのは、俺に原因があるんだ」
ゾンビになった家族を庇うモブキャラになる気はさらさらない。
俺は、自分の都合で彼に『神の仕事』を押し付けて、何も教えることなく消えた。彼はさぞ不安で辛かっただろう。
ただでさえ激務で、不真面目な俺の後任として仕事をする羽目になった彼は「完璧にこなす」という期待に真面目に答えようとしたのだろう。
それに耐えられなくなって、壊れた。
元凶になった俺を恨むのは当然のことだ。
『神』となったことで自分に備わった新しい力を使った復讐なんて、誰だって思いつく。
俺の蒔いた種なのに、それが害になるからって無慈悲に切り捨てることなんて、俺にはできない。
あるとすれば、
「責任をとる、これしかない」
「奴は、もう一度あんたを殺そうとするぞ」
「それでも、そうするしかない。誠意を示して、その上で抵抗するしかない」
邪魔はさせない、と俺は強くKを睨んだ。
見下されようとも、俺の決意は彼女の下にはないはずだ。
「そうしたいならそうすれば良い。私に止められる道理はないのだろう」
Kは笑って言った。
計画的な性分だろうに、予想外の反応を見せられた俺は戸惑ってしまう。
「私は、あんたの過去を全て知っている。現在ももちろん分かる。だが、未来に至ってはある程度のことしか分からない。あんたが何を考えて、どう行動しようが、所詮は『為るようにしか為らん』」
「ありがとう、K」
「礼は必要ない、これも仕事だからな」
俺は、クレバスの先に立つ。
見下ろす先は、光のない奈落の底。
これからそこに落ちようというのに、不思議と恐怖は感じなかった。
「幸運を祈ってるよ、創造神テト」
「次に会えるのはいつかな?」
「分からん。分からんが、必ず会える。その時は無理難題を用意してやるから覚悟しておけ」
「ははっ、期待してる!」
そう笑って、俺は身を投げた。
いや、意気揚々と飛び上がった。
マントをなびかせて、クレバスの先にある荒ぶる神のいる下界の底へ。
もう俺に、迷いはない。
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