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二十四話 二章:その六 会敵、疑問、真相は神のみぞ知るところ 前編

前回までの『おれ天』!!

縺輔>縺九>。

 小鳥遊ヴァリは、疲れた足を重たく引きずって控室に帰ってきた。

 使いっ走りにされた気苦労と寝不足の不快感、そしてグロテスクまでに憎しみを募らせた上司であるあの神への恐れ。

 誰にも助けを求められないまま、彼女は一人でそれを全て溜め込むしかなかった。

 そのため、長く気重いため息も仕方ないのだ。


 ヴァリはロッカーの前にあったベンチに腰を下ろす。


「ん~~~~」


 と。彼女は音にもならない呻き声をあげながら、両方の掌を目元に当てて辛い現実から逃れようとする。

 だが、そうとはいかなかった。


 ドドドドドドドド


 聞こえてきたのは、人の足音。

 素早く、重く、そして焦っているようにも聞こえた。

 中央のスタジアムに直結している扉から聞こえてきたそれの主には心当たり、というより当ては一人しかなかった。


「どういうことか、説明してもらおうか。小鳥遊ヴァリ!」


 弾けた弾丸のように扉から飛び出したのは、やはりカナフ・バックドラフト。

 カナフは速度を抑えぬままヴァリを捉え、その肘で彼女の首を抑えて後ろのロッカーに打ち付けた。

 ちょうど喉を押さえつけられるように拘束された彼女は、声を出すことも呼吸をすることも満足にできなかった。


「何の……、話ダ…………?」


「開会式にテトの姿が見えなかった。さっき聞こえた爆発音に嫌な気がして確認していったらどうだ、『神による修正の痕』があった。ナットに聞いても心当たりがないと言う。良いか、小鳥遊ヴァリ。ここからは慎重に言葉を選べ。今や発する言葉の誠実さがお前の命綱だ」


 カナフの腕が発火する。

 今までも苦しかった呼吸が、炎の熱と技と発せられた煙で絶望的になる。


「沈黙か……、良いだろう。ここで焼き殺してや――――――!」


「イジメとは、感心しませんねぇ」


 一人の乱入者の登場で、カナフの炎が消える。

 そこにいたのは中年の男。

 背が高く、筋骨隆々で、快活な笑顔とハキハキとした活舌の良い大声で武装した、ザ・カーストの上位に君臨するような中年の大男だった。

 睨むカナフと、不敵に笑う理事長。

 彼女は拘束していたヴァリを放っぽりだし、問うた。


「誰だ、お前は?」


「理事長ですよ。つい最近この学校にやって来た、理事長です。さては放送を見てないんですね。いけない子だ」


「そういうことじゃあない。私が聞いているのはもっと本質的なところだ。下手な冗談で立場を悪くする前に、正直になったほうが身のためだぞ」


 再びカナフの腕と足から敵意を示す発火が始まる。

 その瞬間、男から笑みが消えた。


「名乗る名など、とうに無くしました。一年前、私が死んで囚われたその日から…………!」


 沸々と煮えたぎる憎しみが、男から漏れ出している。

 筋肉は膨張し、着ていた背広ははち切れんばかり。顔はひどく歪んでいた。


「そうか、お前が……。よもや、テトがまいた種がここまで醜くなるとはな。良いだろう。名もなき死者よ、この大神テトより力を授かった第一の天使、カナフ・バックドラフトがここで相手をしてやろう」


「一つ、貴女は勘違いをしている…………」


 男は、一つ深呼吸をして構えをとるカナフに一歩近づいた。

 一歩、近づいたはずだった。

 瞬きよりも早く、彼は自分の間合いまで詰めていたのだ。

 そして拳を振り上げて、



「私は、神だ。天使如きに敵うものではないッ!」



 二人は激突する。

 だが、轟音は外へ届かなかった。






 ―一方、スタジアムでは―


「ほう……。お前が、あの有名な変態野郎か。確かに顔は良い。そこだけ認めてやる。だが、俺にもクラスを代表している面子ってもんがあるんでな。手加減は抜きで行くぜッ!」


 男子の部、第二回戦。

 テトは、三年生の柔道部のレギュラーであるらしい生徒と対戦していた。


「くらえッ、『一生懸命部活に精進してるのになんで俺がモテないんだアタック』ッ!」


 恨みはないんだ、と前置きを置いておきながら、彼はテトに向かって個人的な敵意を向きだしに突っ込んでいった。


「ふはははははははッ! 『一生懸命部活に精進してるのになんで俺がモテないんだアタック』とは、真面目に汗を流している俺を横目に女の子たちとイチャイチャしている顔が良いだけの陽キャラたちを抹殺するために編み出された暗殺拳ッ! 相手は死ぬゥ‼」


 と。大層なことを言いつつも、大降りに振りかぶられた拳は隙だらけなことこの上なく。

 テトは軽くステップを踏んで、彼の拳は綺麗に空を切った。


「ほう、なかなかやりおるッ! だが、これは躱せるか―――――」


 彼の言葉か続くことはなかった。

 それもそのはず、彼がバランスを整えて振り返ったその瞬間に、テトのアッパーが彼の顎に直撃したのだ。


「ヌムゥッワ‼」


 男子生徒はものの見事に吹っ飛ばされて、大の字になって空を仰いでいた。


「『神なるテトアッパー』、絶世のイケメンの放つアッパー。相手は死ぬ」


「ぐッ……、見事なり。バタリ」


 彼は気絶してしまった。

 嫌われ者であるテトが勝ってしまったことによって、会場はブーイングの雨あられ。


「なんか、やる気なくしちゃうな。ボク、頑張ったのに…………」


 テト、いやホログラムでテトに化けたナットは、困った顔でそう言うのだった。






 *

 まず、ナットがなぜテトの偽装をしている理由を説明しなくてはならない。

 時間を少し遡ること数刻前、ナットのところに一方が届いた。

 膨大な日本の『シナリオ』を修正する仕事と、テトとの欠かせない交流(ゲーム)

 近くに開催されるであろう『闘技会』に備えて彼女が下界に降りるときに使用する義体(サイボーグ)の手入れに時間をとられて十分な休息が取れていない彼女は、


「んも~、誰だよこんな時間に。ボクは眠いんだよ。このスカポンタンめ」


 と。午前十時に送られてきた常識的な電話に、ぶつくさ文句を言いながら起き上った。

 この時間、彼女は仕事とテトとの予定の合間を縫って仮眠をとっている時間なのだ。


『ナットか?』


 受話器から流れてきたテトの声に、彼女の眠気は吹き飛んだ。


「テトッ!? ちょっと待って、今準備が…………」


 見えるはずもないのに崩れた身だしなみを整えるナット。


『悪い、仕事中なら掛け直すよ』


「いや、大丈夫! ちょうど暇してたから、ちょうど良いくらい!」


『そうか、そいつは良かった』


「それで、なんか用?」


『いや、別に……。君の声が聴きたくて』


 何かが、ナットの胸に突き刺さった。

 いつものテトには見られない、甘い言葉。枯れ果てた砂漠に滴る一滴の水のように、または酷い風邪に処方された薬のように、素早く彼女の体に染みわたって結果を表した。

 ドンガラガッシャン、と。古典的に周囲のものを巻き込んで転んだ彼女の顔は、満たされたニヨニヨとしていた。


「テト、嘘なら嘘って言って良いんだよ~」


『嘘だ』


「嘘かよ」


 上機嫌だった彼女は、先ほど散らかった机に突っ伏した。

 テトと話すときの彼女は、大抵これくらい忙しい。


『実は、頼みたいことがあって…………』


「良いよ良いよ~、ナットちゃんがやったげる」


 だが、チョロインとしての気質を持った彼女は、嘘だとしてもその程度の言葉にすぐ上機嫌になって、頼みごとの内容を聞く間もなく二つ返事してしまう。

 そして、どうしてこうも安請け合いしてしまったのだろう、と後になって頭を抱えるのもいつものことだ。

 数刻後、ブーイングの嵐をスタジアムで受けているこの時この瞬間、彼女はそう後悔しているのだ。



『急にやることができたから、俺の代わりに『闘技会』に出て欲しい』



 ナットがこの頼み事に疑問を持ったのは、この時であった。

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