二十三話 二章:その五 臨時文化祭『闘技会』 後編
前回までの『おれ天』!!
なんていうことでしょう~
「いやぁ、久しぶりですねぇ。貴方に会えるのを待ち望んでましたよ」
目の前の大男、新任の挨拶をしたばかりの理事長が言った。
「悪いけど、どこかで会った? 全く身に覚えがないんだけど…………」
「ひどいなぁ、私ですよ私。忘れられては困りますねぇ」
彼はそう言うと、背広の胸ポケットを探り一切れの紙を取り出した。
「見覚え、ありませんか?」
取り出したのは、ただの紙じゃあなかった。
誰よりも多く長く触れて対面したはずの紙きれ。それはまさに神が『シナリオ』を書くときに用いるものだった。
先日ヴァリが神から譲り受けたという下書き用の原稿用紙ではない。正真正銘の紙のみしか扱えない世界の歴史を紡ぐ紙だ。
俺の頭に、たった一人思い当たる人物が浮かび上がった。
「もしかして、君か? 俺から神を引き継いだ作家希望の…………」
「ええ、そうです」
「そうか、久しぶりだな。もうすぐ一年が経つけど元気そうで何よりだ。いや、違うな。あんな激務が続く仕事なのにこんなに溌剌としているのは凄いってことだ。何より、君に会えてうれしい」
居場所がバレた。
唐突で予想外の非常事態には変わりないが、俺は混乱のせいか心の中に浮かんだ、同窓会で大して仲良くもない奴に出会った時のような取り繕いの嬉しさを必死に態度で示していた。
が、
「他に、言うことはありませんか?」
当然、流れないわけで。
今までの溌剌とした笑顔と活舌の良い大声が嘘だったと錯覚させるほど、冷たく平坦な口調で、彼はそう言った。
「…………」
俺は気圧されて何も言えなかった。
「それだけですか? まさか、この世を創造し数千年間も歴史を紡いできた神であろう貴方が、この程度のことを言葉にできないと? たった一言の謝罪や贖罪の一つもしてくれないとは……。何故天界の彼ら彼女らはそんな貴方をそんなにも崇拝していたのでしょう。それなら、私の方が幾分かマシだったでしょうに…………」
彼の口調は変わらなかったが、一つ一つ言葉を発してゆくほどに強く憎悪に満ちたものになっていた。
彼は、怒っている。
体が震え、性分に合わない憎しみと怒りを前面に押し出すほどに、激昂しているのだ。
「何故、私は貶されなければならない! 人としての人生を閉じて、何か別の存在になれば自分は新しい道を見出せると思っていたのに……、貴方に神という重責をいきなり負わされた挙句、天使たちには使えない、テト様の方が優秀だった、と蔑まされなければいけないのか!
確かに、私は貴方よりも出来が悪いかもしれない。だが、生来から持ち合わせてきたこの生真面目な性分とあきらめの悪さでなんとか見返してみせると思っていたのに……、天使たちはいなくなった貴方を惜しんでそのほとんどがこの下界に降りて探しに行ったではありませんか!
私は許せない…………!
自分の都合で右も左も分からない私に全てを押し付けた貴方を許せない!
私のことを欠片も知りたがらないくせして私のことを分かったように蔑む天使たちが憎い!
これも全て貴方のせいだ。貴方の傲慢で手前勝手な心とわがままが生んだ結果だ。それなのに、どうしてそんなに楽しく過ごしているのです!? 私はこんなにも苦しいのに、どうして貴方は何も感じようとはしてくれないのです!?
ただ一歩、私に歩み寄ってくれるだけで良かったのに、どうして…………!」
彼の魂の叫びがこだました。
全てを言いきったであろう彼はわなわなとその場に膝を折って、その大きな掌で顔を覆い尽くしている。そこからは、涙が数滴漏れ出していた。
「大丈夫か…………」
俺は跪いた彼に歩み寄って、震える肩に手を乗せる。
その瞬間、彼の剛腕が差し出された手を捉えた。
「この私に……、触れるんじゃあない……!」
憎悪に潤んだ瞳が、俺を見つめる。
そして俺の手を捉えた彼は怪力に任せてそのまま俺の手を握り砕いた。
激痛に顔が歪むが、彼は隙を逃さまいと手を握っていない方の腕、右腕を振りかぶって俺の左膝をぶん殴った。
「ぐッ、あああああ!」
筋肉、靭帯、骨、全てを粉々にしたこの一撃で俺は地面に膝を折った。
彼はさらなる追撃を目論んだが、大きい予備動作の隙間を縫ってまだ無事の左腕から繰り出される渾身の拳を彼の顔面に当てて、うまく引きはがすことに成功した。
「くそ……! このままじゃあマズい…………」
引きはがしたとは言っても、俺と彼の間合いは3メートルもない。幻術下の勾留所から脱出した時のように、全力で壁をぶち破って逃げるしかない。
なんとか右足だけの蹴りだしでトイレの壁を破り、その場からの撤退をした。
速度にして時速1000キロメートルほど。
全速力の2割ほどしか出なかったが、これも尋常じゃあない速度だ。離れるのには充分と思われた。
だが。
彼の健脚は一瞬で追いついてみせた。
300メートルもの上空で、跳躍で伸びきった俺の右足を掴むと、メンコを切るようにして地面へと投げつけた。
途轍もないGに抗えずに俺は地面に墜落、起き上る時間も与えてはくれなかった。
彼は俺の目の前に着陸すると、渾身の拳を振り下ろした。
一発目。
二発目。
三発目。
四発目。
回数が重なってゆくごとに防御に回した腕は粉々に砕けてそのまま顔面に彼の万力を込めた拳が襲いかかってくる。
何回目か数えることをやめた時には頭蓋骨は砕け、瞳がつぶれ脳漿が飛び散るのを薄れゆく感覚で捉えるしかなかった。
俺という肉体から「頭」という機関が跡形もなくなくなっても、俺は死んではいなかった。
当然、頭部を完膚なきまで消し去ったのだから、彼は勝利を確信している。
「やったぞ……! ついに、私は、やり遂げたんだ! これで、私は神に正真正銘の唯一神として世界に君臨できる……! いや、まだだ。こいつを慕う天使たちはこの世界にたくさんいる。少なくとも、ここに三体の天使がいる」
俺の返り血をその体にかみしめながら、彼は当たらな決意を反芻する。
「彼女らを、片付けなかれば…………」
新たな神は、歩み出した。
そこには一切の妥協も情けも迷いもない。人間性を一切持ち合わせていない、冷酷で絶対的な神の歩みが、そこにあった。
俺は、それを止めることはできなかった。
もう自分が何を考えているのかもわからなくなってきたが、漠然とした後悔とカナフやナットへの謝罪が俺の中に残っていた。
そうして、その後悔を最期に俺の意識は世界から消えてしまうのだった。
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