十八話 二章:その一 夢から覚めなかった神様 前編
前回までの『おれ天』!!
そぉぉぉいッ!!
暦はもう七月の終わり。
気温は連日40度に迫り、季節はすっかりと夏真っ盛りだ。
時期が時期なこともあって、夏休みを前にした教室は遊びに行く予定なりで話題が尽きない。
そんな中、一人ぼっちでつまらない顔をしている男子生徒が一人。
まぁ、俺のことなんだけどさ。
「顔はそこそこ良い方なのに、なんでクラスでボッチなの?」
と思ったそこの不届き者。君のために自己紹介しておこう。
俺の名前はテト。この世界を創造し、それから数千年間休まずにこの世界の歴史『シナリオ』を書き続けてきた、元神だ。
元ってつくのが大事なところ。
俺は神を引退したんだ。小説を書いていた冴えない死者を後釜にして、激務から解放されたわけだ。
それからまぁ色々あって、因縁のある天使たちとこうして修羅の国みたいな学校に通っているんだが、そのことは前までのエピソードを読んでくれ。
本当に、4月からこの何か月は忙しかった。これからやってくる夏休みはその反動で何も起こらないに決まっている。
何? それはフラグだって?
そう言われると急に不安になって来たな。とりあえず、帰ったら『ToL〇VEる』にでも祈っとくか。
*
そうして迎えた夏休みの初日。
1か月も休みがあるのだから1日くらいは、と惰眠を敢行した俺だったが、そこがいけなかった。
「知らない、天井だ…………じゃあねぇぞッ! 何だ、これッ!」
じっとりとした熱気に目を覚ました俺は、いつもの違う光景に寝惚けることなく飛び上がった。
最初に目にしたのは木材で組まれた天井、冷房機器はなく建物が大きく開いているので申し訳なさそうに置いてある扇風機はただでさえ蒸し暑い空気を送り込む魔の機械となり下がっている。
頭にはひんやりとした感覚が残っていたのが気になって振り返ってみると、
「やっと起きたのね、お寝坊さん」
「げっ………、セリーナ」
「『げっ』とは何よ。三日三晩一緒に居た仲でしょー、失礼な神様ね」
「『監禁した』の間違いだろ」
「なるほど、生意気な言葉を吐くのはこの口ね。一教師としてしっかりと矯正してあげる」
座っていたセリーナはそう言って俺の頬をつまみ、ぐりぐりと冷やしてゆく。
彼女の手元には食欲のそそる焼きそば。彼女が羽織っているパーカーから水着が覗いているところから察するに、ここはどこかの海の家だろう。
って言うか、水着ッ!?
水に浸かるための服じゃあなくて、『公序良俗に反しないようにできた(水に浸かれる)下着』、いわゆる水着って奴かッ!
元々顔とスタイルの良いセリーナの水着姿というだけで、そりゃあもう素晴らしいものだ。
もう俺を監禁したとか、敵対していたとか、ナットとカナフにフルボッコにされたこととか、そんなことはもうどうでも良い。
パーカーに隠れて丁度よく色白の生足だけが見えるのもたまらない。
なにより、立った状態で頬をつままれるというこの状況では、ふと視線を降ろすとパーカーから見下ろせる彼女の谷間と水着がなんとまぁ魅力的な光景を演出している。
水着、サイコー‼
「あの、テト…………」
彼女の手が俺の頬から離れた。
表情も心なしか引きつっている。
「声に出てるわよ…………」
「マジで?」
「マジの中のマジよ、神様」
セリーナは笑ってそう言った。
ちなみに、愛想笑いだった。
彼女の手を借りるまでもなく冷え切ってしまった空気を背に、俺はもう一度周りを見回した。
何度確認しても、ここは愛しの我が家じゃあない。海の家だ。
セリーナに問いかける。
「それで? なんで俺がこんなところにいるわけ?」
「あれ? 知ってるもんだと思ってたけど…………」
彼女はきょとんとした顔で問い返した。
凛とした女性の見てくれとは裏腹に少女然とした愛らしい表情だった。
そんなセリーナにドキリとしたが、理性を強くもって持ち直す。
「でも、場所くらいは分かるだろ?」
「さぁ? 私も今朝家の前にいきなりバスが来てそのまま流されてここに来たから。分かんない」
「じゃあ、詳細を知っている奴は? カナフとかナットとか、小鳥遊ヴァリが知っているはずだろ?」
俺の言葉に苛立ちが混じる。
カナフがやってきてから、一か月に一回のペースで何かしらの事件が起こっている。
カナフの襲来。
ショッピングモールの悪党。
セリーナの急襲。
まだ三回しか起きてはいないが、回数を重ねるごとにその規模は大きくなっているのは無視できない事柄だ。
そして、セリーナと話していると何か忘れているような感覚が溢れてくる。
デジャヴュがいつ見たものなのか、と自分の記憶の中を探りまわっているような気持ち悪い感覚に縛り付けられてくる。
そのことを無視しても、確かに俺の心を揺らしている「これから何かが起きるのかもしれない」という直観が静かに焦りを生んでいた。
「テト。ちょっと落ち着いたら?」
尋常でない俺を心配してセリーナは手を伸ばしたが、俺はそれを弾いて海の家から飛び出した。
柔らかく滑らかな砂。
大きく雄大な波音。
幼くはしゃぐ若者たち。
慣れないリゾート地の雰囲気に当てられて眩暈がしそうになったが、燃えるような赤毛を持つカナフをそこから探し出すのは難しいことではなかった。
「カナフッ!」
「おお、テト。ようやく起きたのか。今ちょうど昼食のBBQをしているところだ。待ってろ、今テトの分を焼いてや、ルワッファアアア‼」
呑気なことを抜かすカナフの手を強引に掴み、彼女を引きずるようにして人気のない場所へ走った。
そうして行き着いたのは高い岩々がそびえる磯。
二人とも人間ではないので息は上がっていない。
「い、一体人気のない場所に連れ込んで何をしようというのだ。ダメだ、テト。私たちにはそう言うのはまだ早い。いいや、ダメというだけではないんだ。私は全く構わない。テトがそうしたいのなら喜んでそうしよう。ただ、もうちょっと段階を踏んでからというか…………」
カナフは勝手の赤面して、モジモジしている。
「カナフさん。ふざけてる場合じゃあないんだ」
流石の俺も、空気を読まずに自分の世界に入り込む彼女の態度に苛立ちを隠せない。
「? じゃあなんでこんなところに連れ込んだというのだ?」
「別に深い意味はない。俺は、君に聞きたいことがあるだけだ。誰も邪魔ができないところで、な」
「だったら、それは悪手だったな。今の疾走で酷く目立ってしまった。私の連れもすぐに追いつくぞ」
「いいから。一体、ここは、何処なんだ?」
俺は冷静を欠きながら彼女の詰め寄った。
俺の影に隠れたカナフの顔が余計に赤くなる。
「えっ……と、ここは…………」
カナフの言葉が詰まった。
赤くなっていた面は引っ込んで、大きく見開いたその目は何かやらかした時のそれだった。
「まずいぞ、テト。緊急事態だ」
背中からヒリリと殺意を感じる。
本能が振り返るな、と騒いでいたが勇気を出して恐る恐る振り返ると、
「ついに本性を現しやがったな、モヤシ野郎」
見慣れた顔があった。
見慣れた、というより何かと見る機会のある顔だが。
後ろに立っていたのは毎度カナフを口説こうとやっきになっている生徒の先頭になっている、スクールカースト上位らしい男子生徒だった。
名前は知らない。だって名乗ってこなかったんだもん。
彼だけなら何ともは思わなかったが、彼と一緒に居る人間がマズい。
彼は警察官を連れてきていたのだ。
「君は、この娘に何をしようとしてるんだね?」
警官が問う。
「なんて言えば良いか分からないんだけどさ…………。とりあえず! 俺たちは何も問題ないよ、お巡りさん。ノープロブレム! はははははははは」
沈黙。
正しくは笑い声は俺だけのもので、程なくしてそれはため息になった。
「お巡りさん。こいつ、DV男で有名なんです」
「なるほど、それでは連行しよう」
彼の鶴の一声で、待ってましたと言わんばかりに勢いよく俺の腕に手錠が回る。
手際よく俺はパトカーに放り込まれて、あれよあれよと勾留所の中へ。
そこで俺は気がついた。
あぁ、なるほど。こいつはあれだな。悪い夢だな。
良く思えば矛盾が多いもんな。
だっておかしいだろ、朝起きたら海の家にいて美女と戯れて、ちょっと事情を聞こうとしたら警察に捕まるなんて。
話が繋がらないじゃあないか。物語として破綻してる。
よって、これは良くできたありきたりの夢だ。
「こんな時はさっさと寝ちまうのに限る」
そう呟いて、俺は横になる。
不思議と、すぐに意識は遠のいた。
*
翌朝、珍しく目覚めが良い。
悪夢を見た日は変に目が覚めるからな。これで一件落着、と思ったその瞬間、俺は目を疑った。
「知らない、天井だ…………」
夢じゃあ、なかった。
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