十九話 二章:その二 夢から覚めなかった神様 中編
前回までの『おれ天』!!
知らない、天井だ…………。
夏休み二日目。
夢と信じたかった何処か分からん僻地への連行は夢ではなかった。
だが、現実だとは到底思えなかった。
決して現実逃避なんかじゃあないぞ。この考えにはれっきとした理由がある。
まず、このビーチの得体が知れないことだ。
『私も今朝家の前にいきなりバスが来てそのまま流されてここに来たから。分かんない』
と。セリーナが言っていたように、ここがどこなのかが全く見当がつかない。
『いきなりバスが来』たとはいえ、ハイウェイを使ったのか、だいたいどの方角に言ったのかで、あの規模のビーチならば見当がつくはずだ。
それなのに、彼女は『分かんない』と言った。
思ったように事が進まないと拗ねてしまう性格だが、普段はどちらかというと頭の切れる彼女が、『分かんない』と呆けた言葉を吐いたのだ。
そしてもう一つ。カナフの思考が正常的過ぎることだ。
今までの彼女を見ればわかるだろうが、カナフは普通のコミュニケーションや礼儀作法には完璧と言って良いが、俺のこととなるとそうとは言えなくなる。
なので、『俺が警察に連行されそうになった』暁には徹底的に交戦してやる、というのがカナフ・バックドラフトという天使だ。
そんな彼女が、
『緊急事態だ』
と警察官を見て言うはずがない。
カナフにはあり得ないほど、常識的過ぎる反応だ。
この二つの事柄から、俺は昨晩『夢だ』と判断した。
まぁ結局夢じゃあなかったわけだが。
「どうすりゃあ良いんだよ、まったく…………」
俺は固い寝床に寝転んで、シミや雨漏りの目立つ天井に吐き捨てる。
いつも連絡が取れるよう寝間着のポケットにしまっていたはずのカナル型イヤホンもないので、この国の管理者であるナットにもコンタクトが取れない。
万策尽きて四面楚歌の八方塞がりも良い所。
漢軍に四方を囲まれた項羽よりはまだマシだろうが、俺一人だけで何もすることがないというのは寂しいもんだ。
「ひーまーだーなー」
そう言って、体をじたばたさせる。
すると、
バゴン!
と、鋭い破壊音がして古くなったコンクリートの壁なり床なりが俺の振り回した肢体によって砕かれてしまった。
だが驚くにはまだ早い。
あちゃあ、とやらかした表情はたちまち怪訝なものとなる。
壊れた部分が、瞬く間に元通りとなったのだ。
なるほど、これで合点がいった。
ここは『夢』ではないが、『現実』でもないらしい。
自分の記憶が作り上げる曖昧な世界が『夢』、神が書き上げた理路整然とした世界が『現実』とするのなら、ここは『俺の記憶を元に第三者の作った理路整然としてそうで曖昧な世界』。
言うなれば、『幻術』の類だろう。
そうと決まれば話は早い。
ここが現実でないのならば、ここで俺が何をしても天界には分からない。
「久しぶりに、動いてみるか」
1,2,1,2。と、おもむろに準備体操を始める。
そして、十分に体を温めてから、俺は壁に向かってスタートダッシュを切った。
鉄筋コンクリートの壁とはいえそう厚くはない。
久々の全力疾走は音速を優に超えて、5秒駆け抜ければ勾留所から10キロメートルの彼方だ。
音速を超えた際に発生する衝撃波が壁を破壊してくれたので、障害物競走を強行突破した俺の体は綺麗そのもの。
少しすれば、焼けてしまった道路や砕けた磯はみるみる元の形へと戻ってゆく。
何も壊れる心配のない、全力で動いても大丈夫な空間。
俺の中で何か吹っ切れた、爽快感があった。
だがそれも、束の間の快感だった。
朝焼けの海から何かが這い上がってくる。
逆光で詳しい見てくれは分からなかったが、人のように見えた。
彼らは纏う服の全裸の状態で、泥酔状態のような千鳥足で俺の方へと近づいてくる。
不気味さに後ずさった俺のことはお構いなしに、彼らはヨタ、ヨタ、と静かにその歩を進める。
そしてひときわ大きな波が磯に被ったその瞬間、濡れた彼らの体に刺々しいヒレと朝陽を乱反射する鱗、顔の三割を覆う大きな瞳が浮かび上がった。
「『深き者ども』…………!」
かの有名な怪奇作家・ラヴクラフトの描いた空想上の怪物たちが、俺の目の前に迫っていた。
―2日前、ヴァリたちの視点―
今日は終業式だった。
セリーナ・ドライランドの襲来から一か月が過ぎたことで、神様からのお仕置きが終わり、ようやくあたしたちに快適な日常が戻った。
そうとなればやることは一つだけ…………。
「「「宴だぁーーー‼!!」」」
そこに一人暮らしのあたしの家がある。
そこに大量のコーラがある。
そこにポテトチップスの山がある。
そこに三人の女子高生がいる。
日々の鬱憤を晴らすための女子会が始まるのは至極全うの、当たり前のことだ。
「ヴァリちゃん。リーダーとしてなんか一言お願い!」
「よっ、ヴァリの屋!」
一か月にも及ぶ極貧生活の反動か、ナリとブーリはキャラが崩れかけている。
「え、エー。今回はお日柄も良く……、ってのは置いといてカンパーイッ!」
「「カンパーイッ! 神さまと日頃の勤労にッ‼」」
まぁ、あたしも浮かれてるのは変わりない。
どうでも良い話で馬鹿みたいに笑いながら、油まみれの手から流し込んだコーラでのどを潤す。
どう考えても不健康なこの宴は、昨日までの日々と比べれば天国みたいなもんだ。
何てったて、その辺に生えた雑草をむしっては、
「これは草だから実質パクチー。これをたらふく食えばインスタ女子と同じもんを食っているので、心が膨れる。実質1000キロカロリー」
とか真面目は顔で言ってたからな。
思い出すと涙が出てきた。
いや、泣いてないし。ポテチの油が目に入っただけだし。
『休みの前日から宴会とは良い身分ですね』
「ヒッ…………!」
感傷の暇を許さないと言った風に、神様の声があたしの頭に響いた。
『話があります。席を外しなさい』
前と同じく、神様の声はあたしにしか聞こえない。
いきなり冷や汗をかき始めたあたしをナリとブーリは訝しんだけれど、
「ヴァリちゃん、嬉しいのは分かるけど情緒は保ってねー」
「そうそう。リーダーたる者、常に凛々しくあるべきだよ。ヴァリちゃん」
もしかして神様、謀った?
『御託は良いから早く行きなさい。私も暇じゃあないんですよ』
言われるがままあたしはトイレへ。
そう言えば、考えてること分かるんだっけか?
『さて、邪魔がなくなったところで本題へ行きましょうか。夏休みは何をするつもりですか?』
「何って、いつも通りやるつもりですガ……。あ、もしかしてご褒美として旅行とか用意してくれたんですカ!? だったらあたしフロリダ行きたいでスッ! 本場のバーガー食べたかったんですよネー」
『もしかしなくてもそんな提案はさらさらする気はありません。栄養失調で元からおがくずしかない頭も空っぽになったんですか?』
マジレスされた。
冗談だったのに。
『何を考えてるか分かりますよ』
むぅ…………。やりづらい。
「わざわざ連絡してきたってことは、何かやれってことですよネ」
『まぁ、そうですね。今回は貴女だけでなく、あの二人にもきちんと参加してもらいます。私の指示をしっかりと伝えるように』
そう言って、神様は足元に原稿用紙を落とした。
400字詰めが100枚くらい入った分厚い束の奴。
「なんです、こレ?」
あたしは端っこをつまんで問う。
こまめに掃除しているけれど、トイレに落ちたものをガッツリ持ちたくはない。
『『シナリオ』の下書きに使う紙です』
「ファッ!? し、『シナリオ』って神様と高級な天使しか書けないあれですカッ!?」
『まぁ、これはそんなに大したものではありません。実際に歴史を紡ぐことはできませんしね。私が使っているものを拳銃に例えるのなら、これは割りばしで作ったゴム鉄砲みたいなもんです』
「じゃあ、あたしがこれに物語を書いてモ…………」
『何も起きません。起きるはずもありません』
その言葉にあたしは目を細めて、
「あれですカ。これで村上春樹の読書感想文でも書きましょうカ? 三人でやれば全作品いけそうですネ」
ブラブラと弱った鯉登のように原稿用紙の束を弄んだ。
すると、神様は少し考えた。
『ふむ、貴女がハルキストとは意外でした。その課題は後ほど課しましょう』
「うゲ…………」
墓穴掘った。
毎度のことながらやりにくいんだよなぁ。この神様。
叙々苑奢ってくれなきゃ絶対に関わりたくない人間、もとい神様だぞ。
『冗談はそこいらにしまして。実はこの紙は特別製でしてね、対象を幻術にかけることができます。貴女たちはこれを使ってテトとその取り巻きの気を引いて欲しいのです』
「それって、疑似的な『シナリオ』を書けってことですよネ。それこそ神様の得意分野でハ? あたしたちみたいな下っ端にやらせても良いんですカ?」
率直なあたしの質問に、神様は呆れたようにため息を一つ。
『言いましたよね? 貴女たちは気を引くだけで良いんです。それ以外何も期待していません。私はやることがあるので、そうする時間も惜しいだけです』
あたしは考えた。
今回もまた変な無茶ぶりをされたもんだな。
『うまくやってくれた暁には三人とも叙々苑に連れて行ってあげましょう』
前言撤回。全力でやってやろうじゃあないか。
気がつけば、神様は消えいる。
あたしは頭をこねくり回しながら部屋に戻ると、
「ヴァリちゃん遅かったね。大の方?」
「下品だぞ、ナリ。先にゲーム始めてるよ、ヴァリちゃん」
ナリとブーリがボードゲームをやっていた。
怪奇作家・ラヴクラフトの築き上げたクトゥルフ神話がテーマのTRPG。
どんな話でテトを追い詰めようか、あたしのシナプスが閃いた。
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