第二話 美惺
おれは斜めに加速して落ちていく。
77階の窓からは警報や怒鳴り声が聞こえてくる。
不思議とおれには重力が働いてないような感覚。
体から溢れる星の光が、おれを夜風に乗せるように運んでいく。建物を囲む高い塀をはるか上空から見下ろし、ほぼ水平に、夜空を滑るように星の軌道へと加速していく──。
塀を超えた先は、地平線の先に見える森に囲まれてる、平原と、線路。
列車は今から走り始めるようだった。おれは列車に吸い込まれるように、その天井に、ふわりと落ちた。
足場が傾いていて転びかけても、列車が汽笛を鳴らしても、おれの感情は揺れなかった。
「兄ちゃんと…出たかった…」
ガタンゴトンと揺れる列車。おれは最後列の車両の端に座っていた。向かい側に1人…筋肉質な男が座っていたが、彼は熟睡してたので当たり前のように侵入できた。
おれはどこに行くかも分からない列車から窓の外を見つめる。
とにかくあの建物から離れたかった。
…窓には薄く、おれの顔が映っている。
茶色の短髪だが、1房髪は長く顎程の高さにまで垂れている。黒い目には白い光が見て取れる。
生まれてから、14年が経過してる。
…この列車、どこに着くんだろう。平原から森へ向かっている。 広い平原にはあの高い施設が不気味に1つそびえ立っている。
周りには小さい駅だけ。
…よく見ると、強力な懐中電灯を周りを捜索してる人達が草原をたくさん歩き回ってる。
…まさか、おれを探してる?
ゾッとした。
おれは心を落ち着けようとしたが、兄ちゃんが目の前で死んだ瞬間がフラッシュバックする。
列車が森に入って、視界が遮られる。それに少し安堵する。
「おい。…聞こえないのか?」
ハッとした。おれはいつの間にか起きていた男と目を合わせる。男は白い歯を見せてニッ、と笑った。
「よかった、聞こえたか。お前、汗だくだぞ。」
男はハンカチを取り出しておれに渡して、横に座る。
白い白衣の下に、黒いシャツ、黒い長ズボンを履いている。
首には、赤いネックレス。
白衣。
おれは心臓が破裂しそうだった。
おれにとって、白衣を来ている人は科学者。…おれを研究する人だ。怖い人達だ。
逃げたいけど体が動かなかった。ハンカチを取り落とす。
男はおれを見つめる。
「…大丈夫か?」男はハンカチを拾った。
その動きをおれは目で追う。
「これか。」
男は息を吐いて白衣を脱いでわきにおいた。おれの見えない方に。
「おれはヘクター。…ヘクター・ブレイドだ。お前は?」
列車が強く揺れる。ヘクターは微動だにしなかった。
「す、スター・ホープ、です。」
ヘクターはおれを見てニッと笑いかけた。
その目に俺を値踏みするような色はない。
「いい名前じゃねぇか。よろしくな。」
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→ヘクター・ブレイド
スター・ホープ。…こいつは明らかにおかしい。
あの研究施設、ホープ研究所をじっと眺めて、汗をダラダラかいて、呼吸も乱し始めた。
俺は眠っていたが、こいつの呼吸で起きた。何度も話しかけたが、4回目でようやくこいつは気づいた。
瞳孔の揺れ、白衣への異常な拒否反応。
それに、この列車に乗るのは俺みたいな施設に用がある医者か、あそこの社員だけのはずだ。
なのになんで、こいつはここに居る?
…まさか。
「寝過ごしたのか?」
俺はスターにそう言った。
「…へ?」
彼はポカんとした表情で俺を見た。
「あ、いや。なんでガ…、子供がここに居るんだろうと思ってな。」
スターは困ったような、ドキリとするような表情をする。俺はそれを見逃さなかった。
俺はあの実験施設には違和感を感じてる。
俺は精神科医としてあの施設の科学者達を診察しにたまに行く。初めは隔離された場所で働くのがストレスだから見る必要があるのだと思っていた。
でも彼らの話をきくと…なんだか違う。まるで何か罪悪感でも感じてるようだった。
ここに来るのは5度目だが、今回は何か違和感の正体を掴めないかとよく施設内を観察したのだが…結局何も見つからなかった。
でも、こいつはもしかしたら施設と関係があるかもしれない。
(精神科医の心得その4…患者を追い詰めない、無闇に喋らせないこと)
『お前、これまで何してたんだ?家は?どこから来た?』そう言いたいのを呑み込む。
「俺は、医者で、今日は精神科医の仕事で来た。あと駅を2つ過ぎた所に住んでる。…精神科医って分かるか?」
スターは首を振った。
白衣をこいつの視界から隠したら、随分と状態が良くなった。森に入ったのもあるかもしれない。
「精神科医ってのは、…つかれて、心を病んだ人に…寄り添って、一緒に前を向く人だ。悲しみも苦しみも共有する。」
俺は彼に向き直った。
「何があったか…教えてくれないか?」
ファンタジー世界だから魔物などもその内登場しますよ




