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♠ 8時7分 馬南小学校、裏口


 男たちは酷い顔を浮かべていた。憔悴し、その疲れを癒すための風呂にも何十日と入っていない。朝方は人が寝入っており、無防備の状態である……それがゆえに、その集団のボスは朝の四時から物資と金目のモノの窃盗に励んでいた……。

「……あ、ここ、学校か?」

 四人で一グループの彼らは、血走った目を、大きく広がった駐車場の金網から顔を覗かせた。周囲の雑草は綺麗に刈り取られていたが、廃車や倒された木々を伝って、人目を掻い潜る。

 集団の先頭、いかにも悪党と言った目つきの男は、真後ろにいた若い男に合図を送った。若い男は、そのまた後ろの男たちに指で合図を送る。

 四人は、馬南小学校校舎、教務用の下駄箱前をぐるりと見渡した。開きっぱなしの門を潜れば、もしかしたら物資が大量に置かれているかもしれない……。先頭の男はごくりと生唾を呑んだ。

「よ、よし。中をチラ見してから、誰もいないうちに撤収を……」

「ねえねえ、疲れたよアニキ~」

 真剣な表情とは裏腹に、力の抜ける素っ頓狂な声が真後ろから聞こえた。あと数歩前に進めば校舎の中に入れるが、思わず『アニキ』というご身分の男は後ろを振り返った。

「シー! うるせえ、黙って付いてこい!」

「あいよアニキ!!」

「でもよーアニキ~。疲れたし腹減ったし……。今だったらこのツボでさえも美味しく食えちまえそうだぜ……」

 アニキが入る前に、その子分の内の一人、ややぽっちゃりとした体形の男はすでに内部へと歩を進め、ケージに入れられた新緑色のツボを眺め、涎を垂らす。

「バカ! あほ! 間抜け! 敵の本拠地にいきなり入るやつがあるか!」

 アニキはそう言って、ぽっちゃり男の首根っこを掴んで外に引き釣り出す。

「んだんだ。ツボと言えば、サザエのつぼ焼きが食いてえなぁ。ボイル焼きしたサザエを酒、砂糖、みりん、そして醤油で作った煮ダレで味付けして、大葉の上に乗せたらほい、完成だっぺ。あとはぷりっぷりのサザエちゃんをビールでキュッと……ああ~オラ、想像しただけで涙が出そうずら」

 白髪の、もう若くない男は人差し指を立て、食事にありつく自分の姿を想像していた。

「ば、バカ野郎! これ以上俺たちの腹を空かせてどうすんだテメーは!!」

「あら?」

 剣呑な、と言うよりは漫才でも見ているような雰囲気から一変、四人集団の真後ろから、ほんわかとした女性の声が聞こえた。びくぅ、と背中がピンと張る。男たちは後ろを振り返ると、その女性の正体をまじまじと見つめていた。

「どうかされましたか?」

 女は、およそ二十から二十三くらいの年で、いわゆる教会のシスターが羽織るような、ローブを身に着けている。髪の毛や肌はあまり露出せず、慎みやかな雰囲気だ。そのローブの性質上、彼女の身体の形はくっくりと浮き彫り、かなり大きな胸だ。脱げば、きっと彼女は聖職者だなんて誰が思うだろう。身長は小さ目で小柄だったが、それにしたって大きすぎる。

 食い入るように首から提げられた金の十字架を見据えていると、

「どうかされましたか?」

 二回目の質問に、男は慌てて「あっすみません!」大きく股を開き、サイドステップで道を空けた。それに倣って、若い男たちも、シスターに敬意を払うように隅へと移動した。

「お、おい! 女だぜ、女! アニキ! やっちまいましょうよ!」「あのデカパイに、オレの×××を×××……」「オラの若いころを思い出すっぺ!!!」小声でアニキの周りを囲い、久しぶりに見た女の処遇を提案する。

「あら、すみません。ところで、馬南小学校ってこちらで合ってますか?」

「ん? え、あ、はい。問題ないであります」

 まるで海軍兵のように、アニキはピシッと背筋を伸ばし、敬礼をする。

「あらまあ、ごくろうさまですわ」

 女は、いつまでも嗅いでいたくなるフルーティな香りを遺したまま、学校の中へと消えて行った……。

 ポツン、と残された四人は互いの顔を見比べた。アニキ以外の全員は顔のニヤケが収まらない。何故なら……世界が終わり、抗菌物質が投下された後も、『ボス』と呼ばれる男の元で働いていたために、女にうつつを抜かしている場合ではなかった。それに、女は全員、これからの世界で人類を存続させるために必要だから、隔離され、今頃はアメリカのフロリダ辺りで子作りに励んでいると、ボスがそう言ったのだ。

「ボスは俺たちに、この世が均衡を保ち始めたころには再び金が必要になるっていうから、最優先で金目のモノを集め、現金を財布から奪ったり、死人の袖から頂戴したりしていた……」

「「「アニキ……?」」」

「撤収だ。今起きたことを大学病院に戻るまで忘れるな。ボスに報告するまでが、俺たち……『Alive(いきのこり)』の使命だからな」


♠ 8時15分 馬南小学校、校長室


「で?」

 この世に蔓延る産業廃棄物、あるいはクソの掃き溜め、またはそれらを集めて一つの形として成り立つ存在そのものが、目の前で辛辣な返事をする狭川校長である。下の名は知らん。

 えらっそうに校長という立場の人間にだけが与えられた横長の机に両肘を当て、平べったい、ブッサイクな顔面の前で手のひらを重ねている。眼鏡の奥に光るその瞳は、ドブの中のように薄ら汚く、黒かった。

「で、ではなく……。昨日、信也くんが給水塔で噛まれました。そのことを伝えるために足を運んだのです」

 偉そう、ブサイク、そして臭い、EBK狭川の前でこうして立たされる、この学校の教職員にもあたる僕は、時折レヴェッカの後姿を一瞥した。彼女は笑顔を振りまいているが、後ろで組んだ手首には血管で浮き出ている。こうして狭川の前で立たされるのも甚だ苛立っているのだろう。

「ふむ。給水塔を管理していた米陸軍の兵士たちは全員死に……そこで発見された少女を保護、そして帰り際に、未処理の感染者によって、わが校の大事な生徒が怪我をした……。ああ、これは由々しき事態ですねえ、ううん……どうしてくれちゃおっかなぁ」

 狭川は立ち上がろうと踏ん張ったが、そのはずみでブッと腸が緩む。平気で肉ばかり繰って来た彼の肛門から、当然のような異臭が立ち込めた。

「死ね」

「うん? 何か言ったかね?」

「なんでもありません」

 レヴェッカは涼しい顔をしながらそう言った。

「ああ、すべてが良くないね、すべてが。キミたち陸軍だから信じたって言うのに。安否を確認するために派遣したのに、信也くんまで被害を被るだなんて……これじゃあ本末転倒だよ、レヴェッカくん。あ、四字熟語はちょっと難しかったかな?」

「最初に決めた目標が本筋からずれてしまい、他の目的と変わっていること、でしょうか……」

 怒りのマークを額に浮かべるレヴェッカの代わりに、僕が応える。「そうだよそれ! その通りだ!」ビシッと狭川は短い腕を伸ばし、唾を飛ばしてきた。

「キミたち陸軍が給水塔を管理していたまでは良いけどサ……これは、大失態だよ、ねえ。馬南小学校に派遣したキミたちの目上の存在――ええっと、誰さんだっけ?」

「マルコ・ジーニアス曹長……。彼には昨夜の内に無線によって報告済みです」

「で? なんと? 殺処分? ブヒw」

 狭川は可愛らしく小首を傾げていた。

「冗談だよ☆ 冗談。で、キミたちの上官はどうすると?」

「――――このことは内密にするとのこと。陸軍内でもみ消すようです」

 狭川の鬱陶しいニヤケ面から、余裕が消えうせる――。

「え……? レヴェッカさん、それって、」

 レヴェッカは、いとも容易くそう言った。聞き捨てならない、と言わんばかりの喧騒で「な、なにぃ! 人が十三名も死んだんだぞ!」レヴェッカの前にずいっと顔を近づけて、臭い息をまき散らす。

「ペンタゴンには日本の政治家や権力者、それに経済を支える投資家が数多く滞在しています。二名の日本自衛隊の犠牲者が出たからには、それを黙秘するのは至極当然であると思われますが……」

「ば、馬鹿モン……! そんなのが通じるとでも、」

「思います。この終わった後の世界では、それがまかり通ってしまうでしょうね」

 狭川は額に皺を寄せ、思い切りレヴェッカを突き倒そうと腕を伸ばした。だが、ちょっとレヴェッカが重心を後方に引くと、重たい狭川の身体は彼女の真後ろに置かれている棚の方へと向かって行った。一瞬の出来事に、僕はまばたきをするのも忘れた。

「へぶっ!」

 狭川は素っ頓狂な声を上げ、ギリギリ書類の入った棚の前で静止する。

「……公務執行妨害だ」

「どうぞ、告発でもなんなりしてもらって構いません」

「このことは、これから行われる全校朝会で包み隠さず、全員の前で宣言するからな――猪狩信也の足のことも、すべて、すべて……ッ!!」

 ぴりりと張り詰めた空気――それを打ち破るのは、ガチャリという重いドアの開く音だった。

「あらぁ……? お邪魔だったかしら?


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