第70話 違和感
夕暮れ。
王都へ戻ったヴィオレットは屋敷へ戻ると、そのまま情報室へ足を運んだ。
扉を開けると、すでに数名の者たちが待っている。
火災現場とオルブライト商会、その周辺へ散っていた者たちだ。
「お帰りなさいませ。」
「報告を。」
ヴィオレットは席へ着くより先に促した。
一人が前へ出る。
「本日、兵による現場検証が始まりました。焼け残った帳簿が数冊、確認されております。」
「内容は?」
「東倉庫との取引記録が含まれております。」
ヴィオレットの視線が止まる。
「例の焼印は?」
「はい。焼印の付いた荷についても、記録が残っております。」
東倉庫。
焼印。
そして、オルブライト商会。
これで三つが繋がった。
少なくとも、荷が東倉庫からオルブライト商会へ運ばれていたことは、焼け残った記録からも裏付けられる。
「他には?」
「通常の帳簿では確認できない取引も、いくつかあったようです。」
ヴィオレットは僅かに目を細めた。
「取引相手は?」
「そこまでは、まだ。兵も現在確認を進めております。」
「そう。火災の原因は?」
「まだ発表されておりません。」
「商会主は?」
「焼け跡から遺体が発見されたという以上の情報は、今のところ出ておりません。」
「分かりました。」
ヴィオレットはようやく椅子へ腰を下ろした。
「王都の反応は?」
「オルブライト商会が、裏で不正な取引を行っていたのではないかという噂が広がっております。商会主も亡くなっておりますので、これで終わったと考える者も少なくありません。」
「……終わった。」
ヴィオレットは小さく繰り返した。
商会は焼け、商会主は死んだ。そして焼け跡からは、東倉庫との繋がりを示す帳簿まで見つかった。
それだけを見れば、オルブライト商会が裏で何らかの取引を行っており、その事実が火災をきっかけに露見した。
そう考えることもできる。
けれど。
「……妙ですね。」
その言葉に、部屋にいた者たちが顔を上げる。
「何がでしょう?」
「話が、綺麗すぎます。」
ヴィオレットは机の上へ置かれた報告を手に取った。
「十五年前から、東倉庫では同じ焼印が使われていました。」
「はい。」
「そして現在、その印が付いた荷はオルブライト商会へ運び込まれていた。」
「確認しております。」
「ですが、オルブライト商会が十五年前から関わっていたとは限りません。」
一人が小さく頷く。
「十五年前から続いていると確認できているのは、東倉庫と焼印の方ですね。」
「ええ。オルブライト商会へ荷が運ばれていたのは事実です。ですが、それがいつから始まったのかは分かっていない。」
今、確認できているものと、推測しているものを混ぜてはいけない。
「ならば、オルブライト商会が失われても、十五年前から続いている何かまで同時に消えたとは限りません。」
部屋に静寂が落ちる。
「それなのに、今、表へ出ているものだけを見れば、すべてオルブライト商会で説明できてしまう。」
東倉庫との取引。
通常の帳簿にはない取引。
焼印の付いた荷。
そして、それについて何かを知っていたかもしれない商会主は、もう死んでいる。
「……まるで、オルブライト商会だけで話が終わるようになっている……と?」
一人が慎重に口を開く。
ヴィオレットはすぐには答えなかった。
「そう決めつけるのは早いでしょう。火災がただの事故だった可能性も残っています。帳簿が焼け残ったことも偶然かもしれません。商会主の死についても、別の意図があったとはまだ証明されていません。」
そこで報告書を机へ戻す。
「ですが、調べる価値はあります。」
「承知いたしました。」
「火災の前後で、変わったものは?」
「従業員については確認を続けております。負傷者も含め、大半は所在を確認できました。」
「確認できていない者は?」
「数名おります。ただ、火災後の混乱もございますので、逃亡したとはまだ判断できません。」
「そのまま確認を続けてください。」
「はい。」
「取引先は?」
「火災を受け、今朝から商会へ人を寄越した取引先が複数ございます。反対に、表立った動きを見せていないところも。」
「それだけでは判断できませんね。」
「はい。」
主を失った商会へすぐに確認へ向かう者もいれば、状況が分かるまで待つ者もいる。
どちらも商人として不自然ではない。
ならば、別のところを見る。
「刀傷の男は?」
ヴィオレットが尋ねると、僅かな間があった。
「……まだ確認できておりません。」
ヴィオレットの目がゆっくりと上がる。
「こちらで最後に確認したのは?」
「火災の前です。」
「火災後は?」
「一度も。」
「オルブライト商会にも?」
「はい。」
「東倉庫にも?」
「確認されておりません。」
「……。」
ヴィオレットは黙った。
左頬に古い刀傷のある男。
東倉庫へ出入りし、オルブライト商会にも姿を見せていた。
さらに、こちらの尾行へ気付き、逆に動きを探ったことさえある。
その男を、火災が起きてから誰も確認できていない。
「偶然でしょうか。」
「分かりません。」
ヴィオレットは即答した。
姿が見えない、それだけで、火災に関係しているとは言えない。
たまたま王都を離れているのかもしれない。
別の仕事で、東倉庫や商会へ来ていないだけかもしれない。
けれど、確認する価値はある。
「刀傷の男を最優先で探してください。」
「承知いたしました。」
「東倉庫とオルブライト商会だけを見ないでください。宿屋、酒場、馬屋、城門。王都を出た可能性も含めて確認を。」
「はい。」
「ただし、見つけても接触はしないでください。あの男はこちらの尾行に一度気付いています。今度は絶対に悟られないように。」
「追跡のみですね。」
「ええ。居場所と、誰と接触するのか。それだけで構いません。」
「承知いたしました。」
全員が一斉に頭を下げ、それぞれが情報室を後にしていった。
やがて、部屋にはヴィオレットだけが残された。
机の上には、いくつもの報告が並んでいる。
オルブライト商会。
東倉庫。
焼印。
焼け残った帳簿。
死亡した商会主。
そして、姿を消した刀傷の男。
商会は燃え、商会主は死んだ。
焼け跡には、商会の裏取引を示す記録まで残った。
それでも、十五年前から続いているものの正体は、何一つ分かっていない。
「……終わったように見えるだけ。」
ヴィオレットは小さく呟いた。
もし誰かが、オルブライト商会ですべてを終わらせようとしているのなら、追うべきなのは、焼け跡だけではない。
そこから見えなくなったもの。
ヴィオレットの視線が、刀傷の男について記された一枚の紙へ落ちる。
「……次は、あなたですね。」
その夜。
王都の各所で、一人の男を探す者たちが静かに動き始めた。




