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第58話 王城

 翌朝。


 身支度を整えたアレンとリリアは、王城へ向かった。


 晴れ渡った空の下、白い城壁が朝日を受けて輝いている。


 正門の前には、朝から多くの馬車が行き交っていた。


 王城へ勤める文官、各地から訪れた領主、謁見や届け出のために足を運んだ貴族たち。


 様々な人々が城門を出入りしている。


 ヴァルティエ家の馬車が止まると、衛兵が紋章を確認し、姿勢を正した。


「ヴァルティエ領領主、アレン・ヴァルティエ様ですね。」


「はい。」


「お待ちしておりました。どうぞお通りください。」


「ありがとう。」


 軽く会釈を返し、アレンはリリアを伴って王城へ足を踏み入れた。


 その時だった。


「あら……?」


 近くにいた令嬢が足を止める。


「アレン様ではありませんこと?」


 その声に。


 周囲にいた数人の令嬢が振り返った。


「まあ、本当ですわ。」


「王都へいらしていたのですね。」


「お久しぶりです、アレン様。」


 一人が声を掛ければ。


 自然と人が集まってくる。


(……こうなるか。)


 アレンは内心で苦笑しながらも、いつものように柔らかな笑みを浮かべた。


「皆様、お久しぶりです。」


「まあ……。」


「相変わらず素敵ですわ。」


「今日お会いできるなんて思いませんでした。」


 リリアが小さく息を吐いた。


「アレン様。」


「うん?」


「このままでは、いつまで経っても行政棟へ着きません。」


「……それもそうだね。」


 アレンは令嬢たちへ向き直った。


「申し訳ありません。今日は王城に用事がありまして。」


 にこりと微笑む。


 それだけで、令嬢たちの表情が華やいだ。


「では、失礼します。」


 ようやく人垣を抜け、リリアと並んで廊下を進む。


「本当に人気がありますね。」


「噂が独り歩きしているだけだよ。」


「その噂を利用していらっしゃるのは、アレン様ですが。」


「……否定できない。」


 アレンは苦笑した。


     ◇


 行政棟。


 案内された一室では、年配の文官が二人を出迎えた。


「ヴァルティエ卿。本日はどのようなご用件でしょうか。」


「領地の整備について、少し調べたいことがありまして。」


 アレンは向かいの席へ腰を下ろした。


「ヴァルティエ領では現在、街道や水路を含めた整備を進めています。」


「伺っております。領都も随分と活気を取り戻したとか。」


「皆が頑張ってくれていますから。」


 アレンは穏やかに答える。


「ただ、今後さらに整備を進めるなら、他の事例も知っておきたいと思いまして。」


「なるほど。」


「王都では過去にも、大規模な都市整備が行われていますよね。」


「ええ。何度かございます。」


「その計画書や事業報告書を閲覧することはできますか?」


 文官は少し考え、資料目録を取り出した。


「どの年代をご希望でしょう。」


「できれば、ここ二十年ほどを。」


「二十年分ですか。」


「ええ。」


 アレンは少し困ったように笑った。


「一つの事例だけを見ても、それが上手くいったのか分かりませんから。後にどのような変更が行われたのかも含めて参考にしたいんです。」


「なるほど。計画の変更や、後年の整備状況までご覧になりたいということですね。」


「はい。」


 文官は納得したように頷いた。


「承知いたしました。」


 羽ペンが紙の上を走る。


 しばらくして文官が申し訳なさそうに顔を上げた。


「ただ、古い資料は地下書庫へ移されております。」


「すぐには出せませんか。」


「十年以上前のものも含めますと、選別に少々お時間をいただきます。」


「どれくらいでしょう。」


「明日までにはご用意できるかと。」


「十分です。」


 アレンは微笑んだ。


「急なお願いですから。ありがとうございます。」


「いえ。領地整備のためでしたら、こちらもできる限り協力いたします。」


 手続きを終え、二人は行政棟を後にした。


     ◇


 長い廊下を歩きながら、リリアが声を潜めた。


「問題なく通りましたね。」


「うん。」


「二十年分というのも、不審には思われなかったようです。」


「本当に領地の参考にもしたいからね。」


 アレンは小さく笑った。


「全部が建前だったら、もう少し緊張していたかもしれない。」


「それは何よりです。」


 窓の向こうでは、近衛騎士たちが朝の鍛錬を続けている。


 アレンは何気なくそちらへ目を向け、すぐに前へ戻した。


「明日だね。」


「はい。」


 過去二十年分。


 王都の都市整備計画書と事業報告書。


 その中に、東倉庫街が十五年前から変わらない理由が残されているのか。


 それとも、何も見つからないのかまだ分からない。


「最初から東倉庫街だけを探さないようにしないと。」


「ええ。」


「本当に参考になりそうなところも見ておこう。」


 それならら閲覧を申し出た理由にも嘘はなくなる。


 何より、最初から答えを決めて資料を読めば。


 自分に都合のいいものだけを拾ってしまうかもしれない。


「まずは、全部見る。」


 アレンが静かに言った。


「その上で、十五年前に何が残っているのか確かめよう。」


「はい。」


 答えがあると決まったわけではない。


 だからこそ、先入観を持たず、一枚ずつ事実を確かめる。


 明日、十五年前へ繋がる記録が、二人の前に開かれる。


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